58 あばよっ!
市長が安彦だった。
前世の俺を殺し、名字を変えて市長になっていた。
そして、カオル先輩たち兄弟の父親だ。あの安彦が親になっている。カオル先輩の年齢を考えれば、俺を殺してから、すぐ、か。
何があったのか。
何故、俺を殺す必要があったのか。
その答え、か。
……。
俺は夜を待ち行動を開始する。
俺の前世の終わりの場所、そして、今の俺に繋がる場所。ここに答えがある――答えがあった。
はっ、だけど、だ。正直なところ、今の俺にはあまり興味は無い。そこに秘められているのは、どうせ、くだらない理由だ。今の俺は遠野虎一ではなく、有馬太一として、ここに立っている。だが、遠野虎一という男が、何故、殺されないと駄目だったのか、その無念を晴らすために、そして、俺の学校に、俺の友人に、俺に、喧嘩を売ったことを後悔させるために――俺はここに居る。
ここ――プリンセスタワー建設予定地。何とも可愛らしい名前の建設物だ。どうやら、この市の市長さんは、この可愛らしい名前の建物をこの市のシンボルとして、中心として、ここを高級住宅地にしたいようだ。
市長演説では、そういう話だったな。
……。
そして、ここは俺が先代のクソババアから無理矢理押しつけられたビルが建っていた場所だ。俺はクソババアから譲り受けたビルをただの仮宿代わりにして喧嘩修行をやっていた。俺からすれば、ただの、その程度の場所だった。
ああ、その程度でしかなかった。無かったんだよッ!
分かってみればなんていうことは無い。俺の持っていたビルが、土地が、欲しかったヤツが居たんだろうな。ただ、それだけの単純なことだ。
前世の記憶を持つ俺だから、すぐに分かったことだ。本気で調べていれば分かっていたことだ。俺は過去の事件を追うことにばかり目を向けていて、今がどうなっているかを調べていなかった。
盲点だったというか、ただの間抜けだったというか……。
土地が欲しい。その持ち主の俺が邪魔だった。そして、俺は天涯孤独の身で、財産を相続させるような相手が居なかった。なんつー、簡単な話だ。
俺が死んだ後、ここにあったビルは、土地はどうなった? 一度、国に返されたんだろうか? そして、市の運営に委ねられた? 詳しいことは分からない。色々言われていた事件、騒動、全てが、この土地の権利に関することだったんだろうな。
……そして、この土地を狙っていたものの思惑通りに話は進んだのだろう。安彦は、それに利用された。いや、もしかすると、元からそれが目的で俺に近づいて居たのかもしれない。何年もかけて、な。
その見返りが、見返りを得た結果が、新しい名前、立場、そして市長という地位。
安彦、イケメン市長とか呼ばれてご機嫌だな。もう初老だろうに若作りを頑張っているんだろうな。立場があるってぇのは大変だなぁ。
俺は立ち入り禁止の看板を無視して敷地内に入る。外装はすでに完成しているようだ。この市には不釣り合いな馬鹿みたいに高い建築物。高級住宅地のシンボルとなるように作られた高層ビル。
これで人が来なかったら大変だよなぁ。人死にが出ている――前世の俺が死んでいるような場所をシンボルにするとか、縁起が悪いよな!
まぁ、そういう事件も、事件があったことも、時の流れが全て忘れさせていくんだろうな。それだけの年月が経っているということだ。いや、それだけの年月が必要だったと言うべきなんだろうか。
俺は高層ビルへと歩いて行く。
「君、君、ここは立ち入り禁止だよ!」
建物に近づいたところで声をかけられる。あー、まぁ、いくら完成前だといっても、さすがに警備員くらいは配置しているか。
「あー、自分は市長の息子さんの友人で、市長に呼ばれたんです」
「こんな夜更けにかい?」
警備員が俺の方へと歩いてくる。
その警備員の片方の手は不自然な形で背中へと回されていた。
……。
はぁ。
「ええ。そうなんです。今、市長は上に来てますよね。確認してください」
「嘘じゃないだろうね。分かった確認してみよう」
警備員は、そう言いながらも俺の方へと近寄ってくる。確認に向かわず、俺の方へ近寄ってくる、か。
何をするつもりなんだろうなぁッ!
そして、警備員が動く。背中に隠していた、それを――特殊警棒を使い殴りかかってくる。
俺は警備員の特殊警棒を握った手を掴み動きを封じる。そして、そのまま一歩踏み込み警備員の顔に掌底をたたき込む。警備員が鼻血の線を描いてのけぞりながら倒れる。
「俺みたいな子ども相手にいきなり襲いかかってくるとか、穏やかじゃないなぁ」
警備員が血の吹き出す鼻を押さえて転げ回っている。俺はそれを見ながら警備員が落とした特殊警棒を拾う。よく見れば特殊警棒の握り部分にはスイッチが付いており、何やら大層危険な感じだ。
スイッチを入れる。
特殊警棒の先端部分がパチ、パチッと楽しい音を奏でている。
「おー、こりゃあ怖い」
スイッチの入った特殊警棒を転がっている警備員に当ててみる。
バチンと大きな音を立て火花が飛び散った。見れば警備員は白目をむいて動かなくなっている。
死んではいない。ショックで気絶しているようだ。
おー、おー、これは怖い。スタンロッドか。非常に危険な武器だなぁ。こんな危険な武器は俺が預かっておかないとな!
この建物の中にどれだけの警備員が潜んでいるか分からないから、このスタンロッドは有効活用させてもらうとしよう。
武器が手に入るとか、うん、幸先が良いな。
これも俺の日頃の行いだろうか。
さあ、勇者の武器を片手に楽しい楽しい塔の攻略だ。




