57 みらいへ!
市長の演説が始まる。
まぁ、多分、たいした内容じゃない。この市の発展のためにこうしますよ、あーしますよ。開発しますよ。人を呼び込むための目玉となるようなものを作りましょうって話だ。最後の作りましょうくらいか、大事な話は。
……。
だが、俺にはその話の殆どが頭に入ってこない。
それよりも気になることが……。
市長の演説が終わり、そのまま質疑応答の時間に変わる。
「質問ですが、市長の息子さんは二人とも湖桜高校に通っているそうですね」
何処のマスコミだろうか。市長の演説とは関係のない質問のようだ。
「ええ、そうですね。それが何か?」
「いやぁ、だってねぇ」
この質問者は、市長に質問がしたい訳ではなく、ただ貶めたいだけのようだ。まぁ、確かに市長の子どもが底辺の高校に通っているっていうのはイメージ的にあまりよろしくないよな。
「なるほど。私はそういった負のイメージを払拭したいのです。だからあえて、二人を湖桜高校に入学させました」
「それは子どもを道具として扱ったということですか」
市長と質問者の会話は続く。なかなか愉快なことを聞いているようだ。
「私が強制したことはありません。二人は自分の意志で私に協力してくれているのです」
「どーだか」
質問者の態度はかなり悪い。周りの反応は……質問者に対して怒っているような感じだな。どちらかというと市長の味方が多い感じだ。
「おい、さっきから聞いてればその質問はなんだ」
「そうだ。どこの村のもんだ。この町におれんようにするぞ」
「市長はイメージ改善のために頑張ってるのに、それに協力する子どもたちも立派じゃあないか」
「そうだ。市の発展のために頑張ってくれているのを邪魔するなんて余所もんだな」
おー、タイミングを計っていたかのように市長への擁護が湧いてきたな。
「いや、自分は、その、ただ、疑問に思っただけで……」
市民の勢いに気圧され、質問者が逃げ出す。
「皆さん落ち着いてください。全ての人に認められることが難しいのは分かっています。ですが、私は、私の行動によって、結果によって、答えを出したいのです!」
市長が自分に酔ったような言葉で力説している。それに合わせて市民の皆さんも熱狂している。あー、おーおー、まるで何処かの宗教の教祖のようだな。
「坊主、あまり面白くなさそうだな」
刑事のおっさんが話しかけてくる。
「ええ。そういう刑事さんも面白くなさそうな顔をしてますよ」
「はは、そう見えるか」
ま、この市長は胡散臭すぎるよな。
ああ、そうだぜ。
本当に胡散臭い。
「ところで刑事さん。あの市長、新田安彦の子どもの名前、カオルって名前じゃないか?」
「坊主、よく知っているな」
「ええ。俺の学校の先輩で、俺のツレですから」
「なるほど。それで友人の親を見に来たのか」
俺は首を横に振る。違う、そうじゃない。そうじゃあない。
「そのカオル先輩なんですけどね、最近、学校に来てないんですよ」
「そりゃあ、何処か遊び歩いているんじゃないか。あの市長には悪いが、通っている学校が学校だからな」
「おいおい、刑事さん、そりゃあ酷いぜ。さっきの質問者と同じ偏見、偏見ってヤツだよ」
「あー、すまんすまん。俺くらいの年齢になるとな、どうしても悪校だったイメージがなぁ」
このおっさん……。
ちょーっと頼ろうかな、っと思ったが、いまいち頼りにならないかもしれない。うーむ。
はぁ。
「刑事さん、あんたが追っている事件が今日のことに関係があるのなら、遠野虎一って男を探ってみると良いぜ、んじゃ、そういうことで」
「お、おい、坊主、そりゃあ、どういう……」
俺は刑事のおっさんにそれだけを伝えて熱狂している市民の塊に突っ込む。
上手く流れを読み、隙間を通り抜け、市長の前まで突き抜ける。
さあて、ご対面。
俺は市長の前に飛び出す。
「ちょっと、君、そこの君! 舞台に出たら駄目だよ!」
市長の秘書なのかスタッフなのか分からないが、男が俺を止めようとやってくる。その、こちらを掴もうと伸ばしてきた手をひょいと躱す。
そして、市長の目の前に――
新田安彦の目の前に立つ。
「君は誰だい?」
新田安彦の言葉。
誰、か?
そうだな。俺は誰なんだろうな。
「カオル先輩の友人です。市長の話に感動しまして……是非、握手をしてください」
俺はそう言って手を伸ばす。
「ああ、そうか。あの子の友人だったのか」
新田安彦が俺に手を伸ばす。
握る。
握手だ。
そう、握手だ。
感動の握手だなぁ。感動的なシーンだなぁ。俺はその握った手に力を入れる。
新田安彦の顔が一瞬だけ苦痛に歪む。が、すぐに笑顔に戻る。おー、凄い、凄い。演技派だ。
そして、俺は呟く。
「岩美安彦」
その名前を呟く。
「な……」
新田安彦は驚いた顔で俺を見ている。
「仮面が剥がれ落ちているぜ。ほら、スマイル、スマイル」
周囲に聞こえないよう小さな声で話しかける。
「お前は誰だ」
「誰だろうな」
笑う。唇の端が持ち上がっていくのを感じる。
「そ、その笑い方は……」
「今度、お住まいに遊びに行っても良いですか?」
俺は出来るだけ天使のような微笑みを意識しながら話しかける。
「あ、ああ。待ってるよ」
新田安彦が笑顔を取り戻し、だが、若干引きつった笑顔のまま答える。
俺は握っていた手を離す。
そして、そのまま、その場を去る。
市長、市長かぁ。
時の流れを感じるな。
長い、長い時の流れを、俺が――前世の俺が生きていた時代が過去になってしまったことを嫌でも感じてしまう。
権力、か。
力、か。
でもさ、所詮、市長だぜ? いや、市長だって凄いもんだよな。普通じゃあなれないよ。凄いことだ。でもさ、ちょーっと、スケールが小さくないか。せめて大臣とかさ。もっと、こう、裏の権力を握っているとかさー。国を動かすくらいのさー。
なんだよ、その程度になりたかったのかよ。
何だかさ、凄くがっかりした。
お山の大将じゃねえかよ。
かつての粋がっていた俺と一緒だ。
小さな山の頂上で粋がっていた俺と一緒だ。
はぁ……。
安彦、俺を殺してまで得たかったものがそれなのか。俺を裏切ってまで手に入れたものがその程度なのか。
俺は、お前の兄貴分として、がっかりだよ。




