53 こわすぜ!
「例の薬の出所を教えて貰おうか」
お尻を押さえた間抜けな格好の頬傷が睨むような目でこちらを見ている。どうやら素直に答える気はないようだ。
「どうやら、まだまだ足りなかったようだな。今度は本当の本当にお前のお尻を真っ二つにするぜ」
「いや、たいっちゃん、普通は最初から割れてるよー」
カオル先輩が少し呆れたような目で俺を見ている。いやいや、何故、さっきと同じツッコミを……分かってるからね、そこは分かってるからね! これは脅しだから!
「いやいや、カオル先輩、分かってて言ってるんですからね。そこを突っ込むのは無粋ですよ」
カオル先輩が肩を竦める。ホント、マイペースな先輩だぜ。
って、ん?
頬傷の男が何処か驚いたような――困惑しているような顔でカオル先輩を見ている。
「カオルって名前とその女みてぇな容姿……」
そして、頬傷の男はそんな言葉を続けた。
!
ヤバい。
「あ?」
カオル先輩の威圧するような濁った声。
俺は動く。とにかく、早く動く。
キレた顔で頬傷の前まで動いていたカオル先輩を後ろから羽交い締めにする。って、早えぇよ。ワープしたのかよ。一瞬でコイツの目の前まで動いてるとか、あり得ない早さだ。キレて動くって分かっていたから対応出来たけどさ、知らなかったら追いつけなかったぞ。
「カオル先輩ストップ、ストップ」
「あ!?」
カオル先輩のこめかみの血管がピクピクと動く。おー、おー、完全にキレてらっしゃる。でも、このまま、コイツを潰されるのは困るんだって。せっかくの情報源だ。潰すのは全ての情報を手に入れてからだ。
って、え?
強い力で引っ張られる。
羽交い締めにしているのに、その俺ごと引き摺られる!?
や、ヤバい。なんて馬鹿力だ。
「カオル先輩、落ち着いて、落ちついて。コイツは名前のことを言ってないから、容姿のことだから、あんたもそうだよな、な?」
俺は必死にカオル先輩と頬傷に話しかける。頬傷は驚いた顔で何度も頷いている。これで容姿の場合でもキレるってパターンだったらお手上げだぞ。
……。
カオル先輩の力が弱まる。
「あー、ごめんごめん。勘違いしたよー」
カオル先輩の顔に笑顔が戻り、にこやかな顔で笑っている。
セーフ、セーフだった。
って、ホント、厄介な先輩だな。他に地雷は埋まっていないよな。俺からすると女みたいな名前って呼ばれた程度で怒るってのもどうかと思うんだけどなぁ。別に女みたいでもいいじゃんってさ。それでキレるとかさ、まるで女が悪いものみたいだよな。まぁ、でも、誰にだって譲れないことはあるし、過去に何かそのことでキレるほどの出来事があったのかもしれないし、外野の俺が勝手に『その程度のこと』なんて言ったら駄目か。
「で、おっさん、どういうことだ」
「誰がおっさんだ」
頬傷の男がショックを受けたような顔をしている。おっさんって呼ばれるのはショックなのか。いや、その気持ちは分かる、分かるぞ。俺も前世の記憶があるからな。おっさんって呼ばれるのは急に年を取ったみたいで嫌だったなぁ。
ああ、分かる。
「で、おっさん。カオル先輩を知っているのか」
だから、ちゃんと、おっさんって呼んでやるぜ! 自分がやられて嫌なことだから嫌がらせには最適だな!
「そいつともう一人には手を出すなって言われていただけだ」
頬傷のおっさんはカオル先輩の先ほどの行動に気圧されたのか、ショックを受けた顔のまま素直に教えてくれた。
もう一人ってのは新田先輩のことか。こういったスジの方々からも手を出すなって言われるほど新田先輩とカオル先輩は恐れられているのか……。
って、そうじゃない。これはそういうことじゃないぞ。
よく考えろ、俺。
……。
「ちっ、そういうことかー」
カオル先輩が顔に手を当てている。
そういうこと、どういうこと?
いや、それよりも、だ。この頬傷のおっさんには聞き出すことがある。
「で、何故、薬をばらまいた。何が目的だ? それに、その薬の出所は?」
「は! 金のために決まってるだろうが。薬をばらまいて、そいつらを、たまにちょこちょこっと医者に診せれば大金が貰えるんだからな!」
医者に診せる? って、何処の医者でも良いワケじゃないだろうな。コイツらの用意した医者か?
「薬なんてタダでばらまいても良いって言われているくらいだからな! ボロ儲けよ」
……。
コイツらの目的は人体実験か? 薬の効能、結果が知りたいから破格の値段でばらまいていた、と。
誰が、何のために?
何のために、は人体実験か。じゃあ、誰が?
コイツらは金目的で使われたに過ぎないだろう。裏には何がある?
「おっさん、やけに素直に喋るな。で、その薬の出所は?」
「ああ、そいつはな……」
頬傷のおっさんが俺の後ろを見る――見ている。
ん?
はっ!
俺は慌てて振り返る。
「死ね!」
そこには拳銃を持ったサングラス野郎が立っていた。いや、サングラスはぐちゃぐちゃになっているから、元サングラス野郎か。
コイツ、復活してやがった!
頬傷のおっさんがペラペラと喋ったのは時間稼ぎか!
だが、元サングラス野郎が持った拳銃から俺に向けて弾が出ることはなかった。別に弾切れだったワケじゃない。
弾は、ぱあんと良い音を立てて発射され、天井に穴を開けている。この元サングラス野郎が天井に向けて撃った?
違う。
雷人が、その拳を元サングラス野郎にめり込ませていた。そう、雷人が元サングラス野郎の行動を阻止していたのだ!
……。
まぁ、死ねとか言ってから撃とうとするようなヤツだもんな。雷人でも何とかなるくらいの雑魚だってことだよなぁ。
「上路さん、拳銃をものともしないなんて、さすが!」
ドレッドヘアーが尊敬のまなざしで雷人を見ている。
……。
あー、そういえば、雷人だけでなくドレッドへアー君も居たな。二人とも……うん、すっかり存在を忘れていたよ。




