52 げんそう!
「な、何をするつもりですか!」
竹原が叫ぶ。
「いや、何をするって……半殺し?」
「待ちなさい。話を聞きなさい。聞けば分かるはずですよ」
竹原は何か言っているが、それを無視して歩いて行く。
「待て、待て、待ちなさい。止まれ」
この手のさ、口が上手そうなヤツの話を聞いては駄目だ。俺は耳を貸さないぜ。
「そもそも、自分が何をしたと言うんですか。あなたの不利益になることは何もしていない!」
「いやいや湖桜高校に薬を広めたでしょ」
「それが何だというのです!」
開き直っているなぁ。カオル先輩との約束だから、仕方なく半殺しにしようと思ったけどさ、普通に遠慮無く半殺しで良いか。
「待て、待て、待て、もう少し話を聞け、聞いて、聞いてくださいよ」
「話なんてないだろう。舐められた終わり、だから潰す。それだけじゃん」
「いや、あなたは理由が気になっていた、そうでしょう?」
「あー、もう面倒になった」
そう面倒になったのだ。コイツがどんな理由で行動していたか知らないが、もう面倒だ。半殺しにしてから改めて聞き出せば良い。
「つ、強くしようとしただけですよ。自分は、鍛えようとしただけです」
「あーそー」
「知らないのですか、この薬には筋力増強の効果があるんですよ」
「はいはい」
「それだけではありません。副作用のない薬です。それでも不安に思う人たちのために、ちゃんと定期的な検診もしていたんですよ。薬を与えた人たちからは感謝されていたくらいですよ」
「それで?」
「だ、だから、敵対する必要がないでしょう? 科学的に、そう、科学的に強くなるように薬を投与していただけですよ」
「つまり、ドーピングだよな」
「何を言っているんですか。薬で強くなれるなら、しかも副作用がないなら、それが簡単で良いでしょう。薬に頼ることは恥ずかしいことではありません。自然に――そう、戦い続けて強くなる天然の格闘家なんて幻想ですよ。食事の栄養バランスを考えることや筋トレ……この薬は、それらの延長ですよ!」
幻想……か。
「格闘家の幻想、それを追い求めるのが浪漫だろ」
「何を古くさいことを! ……あ、いや、だからですよ。良かれと思ってやったことで、そう、感謝されてますよ!」
「言っていることが良く分からない。いや、だってさ、あんたさ、最初に混乱させるために広めたって言っていたじゃないか」
「そ、それは……」
それに、だ。そんなに優れた薬だっていうのなら、何故、竹原自身が使っていない。語るに落ちるとはこのことだな。
ま、会話するだけ無駄だったな。とりあえず両腕の関節を外しておくか。
俺は竹原の腕を掴むために手を伸ばす。
!?
ぐにゃり。
掴んだ竹原のロングコートの腕の部分が潰れる。空っぽ? 腕が入っていない? 袖だけ?
「馬鹿め」
ロングコートの中から――内側から奴の手が伸びる。そして、その手にはスタンガンが握られていた。
……。
……。
「え?」
竹原が驚いた顔で俺を見ている――俺は、スタンガンを膝で弾いていた。立った状態のまま、俺は片方の膝を抱えるように持ち上げ、スタンガンを弾いた。柔軟を頑張っているからな、これくらいの動きは楽勝さ。
「スタンガンはさー、スイッチを入れるためにワンクッション必要になるからさー、それで動作が少し遅れるからさー、対処が間に合うんだよなー。それに、だ。先端部分しか電気は通っていないからな。そこに触れなければ怖くないんだよ。勉強になったな」
ま、これが催涙スプレーとかだったなら、ヤバかった。何か隠しているだろうなとは思っていたけどさ。ま、俺には届かなかったな。
「な!?」
驚いた顔の竹原の腕を取る。そして、その肘部分に俺の腕をあて、そこを軸にして逆側に曲げるように回す。
「がっ!」
竹原が叫ぶ。
「靱帯がヤバいことになるから、真似したら駄目だぞー」
ヤツの腕が変な方向に曲がっている。ぶらんぶらんとな。
次は、と。俺は竹原の膝を斜めから急な角度をつけて蹴る。それだけで竹原の足は変な方向へと曲がった。うんうん、これ、結構、コツがいるんだよなー。
「打撃でもさー、上手くすれば関節は外せるんだぜ」
「は、ひ、何を」
「何をって、分かるだろ? 喧嘩を売られたから買っただけ。そして、今、竹原さんはさー、半殺しになっているだけなのさー」
「ば、馬鹿なことを! やめろ」
「いや、ホントさ、最近の湖桜高校って舐められすぎじゃないか? そう思うよな。だから、ここらで分かって貰おうと思っただけだよ、うんうん」
「や、やめろ。半殺しのレベルを超えている! 殺す気か!」
うーん、暴力で食べている人とやり取りをしていたにしては脆いなぁ。そういった世界に踏み込んで、これって、うーん、これも時代の流れなんだろうか。
その後、六回ほど関節を外したところで竹原は泡を吹いて気絶した。
「あー、ドレッド君、後で彼を病院に連れて行ってあげなさい」
「あ、ああ。お、お前、い、いや、あんた、容赦ないな。どんびきだよ」
「ん? 正当防衛だから仕方ないじゃん。だって、見ただろ? スタンガンで襲われそうになったんだぜ。怖い怖い」
「ぜってー、嘘じゃん」
ドレッドヘアーからの突っ込みが入る。何というか、コイツ、ホント、馴れ馴れしいな。良い性格をしているというか……孤高を気取っている雷人とは大違いだ。
その雷人は、うわぁ、という感じでちょっと引いた目で俺を見ていた。あー、うん、俺もちょっとやり過ぎたかなぁって反省しているぜ。だから、大丈夫だ!
と、まぁ、竹原はこの程度で良いか。
湖桜高校に喧嘩を売っただけだからな。コイツはこの程度で良い。
さて、と。
俺は寝転がっている頬傷の男のところまで歩く。
……。
普通に気絶しているな。俺の回転蹴りが綺麗に決まったからなぁ。
「ほら、起きろ」
折れた机を枕に寝転がっている頬傷の男のケツを思いっきり蹴り上げる。
「あー、あー、お尻が真っ二つに割れちまったなー」
「たいっちゃん、普通は最初から割れてるよー」
カオル先輩が少し呆れたような目で俺を見ている。いやいや、何故、そんなツッコミ!?
「う、くっ」
そこで頬傷の男が目を覚ます。うむ、俺の一撃が効いたようだな。
「よぉ、目が覚めたか」
「あ!?」
目覚めた頬傷が睨むようにこちらを見る。
「お前……」
と、そこで頬傷が自身の尻を触る。そして、何故か絶望の表情で俺を見る。
ん?
「まさか……」
ん?
いやいや、コイツ、何を勘違いした? 違うからな。誤解だからな!
「あー、コホン、えーっと……」
と、とりあえず、コイツから薬の出所を聞こう。
うん、そうしよう。




