50 ほんもの!
「そいつらは裏切り者ですよ」
竹原は落ち着いた声でソファの頬傷に話しかけている。
「おいおい、それを信じろと? まぁいい。この勘違いした、ナメ臭った餓鬼どもを叩き潰す。その間に納得できる言い訳を考えとくんだな」
それだけ言うと、ゆっくり頬傷が立ち上がる。
ぬらり……って、デカい。
二メートル近いんじゃないか。背が低めな……あくまで低いワケじゃない、普通サイズの俺からするとうらやましいくらいの身長だ。
「おい、そこの餓鬼に現実を教えてやりな」
頬傷がサングラスを顎で使う。
「はい、兄貴」
サングラスが席を立ち、腕を鳴らしながらこちらへと歩いてくる。ニヤニヤとした顔――暴力になれた、暴力を振るうことに喜びを覚えるタイプのようだ。
「なぁ、あんたんとこの上は知っているのか?」
「あ?」
サングラスが顔を斜めに傾け、ずらしたサングラスの向こうから睨んでくる。
「お前じゃねえよ、そこの兄貴分に聞いているんだよ。上は知ってるのか?」
「餓鬼、何が言いたい」
頬傷が俺の方を見る。
「薬を広めているのはあんたのとこだろう? それを上が知っているかって聞いているんだよ」
頬傷が笑う。
「面白い餓鬼だ。度胸だけはあるようだな。だが、それを聞いてどうする。上が欲しいのは金だけよ」
金、か。フロント企業だろうし、そんなことだろうと思ったぜ。ああ、例の薬を広めているのはコイツらで間違いなさそうだ。
でも、どういうことだ? 薬は一粒が千円だったよな。得られる金額が――しのぎとしては割に合ってないんじゃないか?
どんな絡繰りが、裏があるんだ?
まぁ、でも分かったこともあるな。薬を広めているのはコイツらの独断だ。つまり、コイツらをここでぶちのめしても上が出てくる可能性は低いってことだ。
舐められたら終わりの世界だからな、普通は面子を気にする。コイツらを叩きのめしても上からどんどん兵隊が現れるだろう。それこそ、俺が倒れるまでな。見せしめってのはそういうものだ――だが、馬鹿が馬鹿なことをやった結果だったら?
つまりは、そういうことだ。
これで心置きなく竹原だけでなく、この暴力で生きている連中もぶちのめせるな。
……。
「カオル先輩」
「たいっちゃん、分かってる」
次の瞬間だった。
玄関横に作られた給湯室と思われる場所から隠れていた男が現れた。手にはお盆にのった熱そうなお茶を持っている。
カオル先輩がそのお盆を蹴り上げる。お盆の上のお茶が飛び、現れた男の顔面に炸裂する。男が苦痛に呻き転がる。
ここまでが一瞬。
俺も動く。
こちらへと近寄ってきていたサングラスの男を殴りつける。まだ会話が続くと思っていたのか静かに待っていたサングラスの男の、そのサングラスごと殴る。サングラスが歪み、割れた破片が画面に刺さる。男が痛みに呻く。俺はそのまま足を払い転がす。
はい、一丁上がり。
見えている人と机の数が合わなかったからな。何処かに隠れていると思ったぜ。
これで残りは――
「残るはあんただけだぜ」
頬傷が笑う。そして上着に手を入れ、その中からそれを取り出す。
!
思わず息をのむ。
「餓鬼のくせにやるじゃねえか」
それは拳銃だった。マガジン式のハンドガンだ。
「どうだ、驚いたか?」
「いやいや、反則だろ」
洒落にならない。法律違反じゃん。こんな簡単に拳銃が手に入るとか――いや、簡単ではなかったのかもしれないが、それでも、だ。パッと拳銃が出てくるとか。それが手に入るとか。警察は仕事してるのかよ!
さあ、どうする。
「あー、撃ったら音で大変なことになるんじゃないかな。それに死体の処理も大変だと思うよ」
とりあえず会話で牽制する。
「ああ、大変だな。だがな、処理できないワケじゃねえ。大変を上回ることがあるって知っとくべきだったな」
ま、マジかよ。となれば、アレかッ!
アレだな!
「あー、その拳銃、セーフティが……」
「セーフティロックか。そうだな、ありがとうよ、外しておく」
頬傷がセーフティロックを外す。
あ。
「そう怯えるな。良いことを教えてやる。この口径の拳銃じゃあ人は死なねえよ。当たり所が悪くない限りは、な! 豆鉄砲だ。当たると死ぬほどイテぇからショック死するかもしれないがな」
あ。
コイツ、拳銃になれてやがる。
「じゃあ、死にな」
頬傷が拳銃を構える。標的は俺だ。
「カオル先輩、音がしたら頭を守って伏せてください」
「たいっちゃんはどうするのさ」
「狙いは俺みたいだし、何とかします」
俺は拳銃を見る。頬傷が引き金にかけた指をゆっくりと動かす。
銃口。
狙いは――見える。
頬傷が引き金を引く。
俺は踏み込む。
思っていたよりも小さな炸裂音。
頬を銃弾がかすめる。こ、コイツ、頭を狙って来やがった。殺す気で撃ってやがる。
次々と引き金が引かれる。俺は銃口を見て、弾道を予測し、踏み込みながら避ける。恐れず、しっかりと見て、踏み込めば――出来るッ!
八発の銃弾。全てを躱す。
そして、頬傷の元へ。頬傷が引き金を引くが銃弾は出ない。
俺は大きく踏み込む。そして、拳を頬傷のボディにたたき込む。頬傷の体が曲がる。
コイツの背が高くて頭に届かなかったからな。
俺はまわる。頬傷の体が曲がり、下がってきた、その頭に回転蹴りを放つ。
頬傷が吹き飛ぶ。
頬傷が並んでいる事務机に突っ込み動かなくなる。うん、回転は正義だぜ。回転の力を足せば、俺の力は何倍にもなるんだぜ……多分。
「お、お前は何なんだ!」
静かに戦いを見守り、こちらの様子をうかがっていた竹原が叫ぶ。
「湖桜高校最強の男だぜ」
竹原に指を突きつける。
「ふ、ふざけないでください。お前のような雑魚が……」
「いやいや、今、俺が、この危ないおっちゃんを倒したの見たよな? どう見ても雑魚じゃないじゃん」
「アラタならまだしも、なんで、こんな雑魚が計画を……」
雑魚、雑魚、と。しつこいヤツだ。
「竹原さん自身は、どれだけ強いのかなー。俺、すっごい興味あります」
俺はゆっくりとソファの竹原の方へと歩いて行く。いやぁ、楽しいな。
「さあて、全て吐いて貰うぜ。後で、そっちで寝転んでいるおっさんにも聞くからな。嘘を言ったら大変なことになるぜ」
やっと追い詰めた。
さあ、キリキリと白状するんだぜ!




