46 おいかけ!
俺は、今、尾行をしている。
物陰に隠れ、そろりと少しだけ顔を覗かせる。
……居る。
ヤツはこちらに気付くことなく、のしのしと歩いている。行き先が決まっているのだろう。
さあ、何処に向かうつもりだ。
ヤツが向かっているのは繁華街だ。ヤツの服装を見る。
ん?
何処か――そう、ちょっとだけ普段よりもおしゃれな格好をしている。
どういうことだ!
どういうことだッ!?
尾行する。
ヤツは何かに気を取られているのか、気になることがあるのか、注意力が散漫になっているようだ。これなら、俺が気付かれることはないだろう。
しゅたっ、しゅたっと建物と建物の陰に隠れながら追いかける。俺の動きは端から見ればかなり怪しい行動だ――だが! 気配を消している俺を見つけられるヤツなんて、そうそういないだろう。だから、怪しくない。
「たいっちゃん、何をしているのよー」
背後から声がかかる。
ひっ!
思わず振り返る。
「よっ! たいっちゃん」
そこに立っていたのはヘッドフォンを首にかけたカオル先輩だった。
俺はすぐに自分の口元に指を立てる。
「しー、しーずかに、しずかにお願いします」
「へ?」
そのまますぐにヤツの方へと向き直り、気付かれていないか確認する。
……。
ヤツはこちらに気付かず目的地を目指してのしのしと歩いている。良かった。気付かれていないようだ。
「へー、で、何をしているのかなー?」
カオル先輩が俺にのしかかるように物陰から顔を覗かせる。
「いやいや、先輩、見つかる、見つかる」
「へー、ほー、誰を尾行してるのかなー」
カオル先輩は楽しいことを見つけたような顔で額に手を当て、キョロキョロと周囲を見回している。いやいや、そっち方向には居ないから。
って。
「いやいや、カオル先輩も知ってるでしょ。雷人、上路雷人ですよ」
「へー、そういう名前だったんだ」
そう、俺が尾行しているのは雷人だ。
これが俺の奥の手。
あの木刀君の乱入で見失ってしまった竹原とやらを追いかけるための最終手段だ。湖桜高校に薬をばらまいた男、竹原――あいつは何故か雷人にご執心だ。
つまり、その雷人を尾行していれば、何処かで接触してくるはず。これが俺の奥の手。なんて完璧な作戦。
というワケで尾行だぜ。
「先輩、これは湖桜高校のメンツがかかった重要なことなんで、静かに、静かに頼みます」
「よっしゃー! まっかっせてー!」
「いや、だから静かにしろっての!」
「いやいや、たいっちゃんの方が声が大きいって」
カオル先輩は俺の方を見てニヤニヤと笑っている。
「はいはい、追いかけますから」
俺と何故か増えたカオル先輩の二人で雷人を尾行する。
繁華街、か。不良だなぁ。いや、陽の者と呼ぶべきか。
ん?
「おいおい、たいっちゃん」
その雷人が――合流する。
誰、だ。
……。
「あれ、女の子だよな」
カオル先輩の声に思わず無言で頷いてしまう。
そうだ。雷人が合流したのは女の子だ。誰だ?
というか、湖桜高校の生徒が女と会ってるんじゃねえよ! 違うだろ、違うだろ! 駄目だろうが、それは駄目だろうが! 雷人、番長だよな。番長はもっと硬派に生きろよ。それは裏切りだろうがッ!
雷人がその女の子と一緒に何かのお店に入る。
何の店だ。
カオル先輩とお店の前まで駆ける。そのまま滑るようにブレーキをかけ、店を確認する。
「こーひー、しょっぷ?」
俺は思わず呟き、カオル先輩の方を見る。そのカオル先輩は、なぁんだという表情で店を見ている。
「えーっと、先輩、喫茶店とは違うんですか?」
「あれ? たいっちゃん、入ったことない? んじゃ、案内するよ」
「あ、はい。すいません、よろしくお願いします」
カオル先輩と二人で店の中に入る。
中にはケーキなどが並んだケースが見える。えーっと、ケーキ屋さん?
「たいっちゃん、こっち、こっち」
カオル先輩の言われるがままにレジカウンターへ。
「これと、これね。店内で、で、ほいほいっと」
て、手慣れている。
いやいや、俺の時代にはなかったよな? こんな店、無かったよな? いやいや、俺の時代って今が俺の生きている時代だってぇの。
じゃなくて!
いつの間にか俺の手にはアイスコーヒーとサンドが握られていた。
「たいっちゃん、あそこだ!」
って、お、おう。
そうだ。
雷人だ。雷人だよ。俺は雷人を尾行していたんだった。
ん? 一緒に居る女、何処かで見たことがあるような……いや、気のせいか?
「こっちこっち」
カオル先輩と二人で隠れるように座る。くそっ、席が空いていないから、雷人の近くに座れなかった。たく、何だよ、あのノートパソコンを広げたり、本を読んでいたりするような連中は。食べたらすぐに帰れよな! って、ん? よく見れば学生の姿も見える。部活帰りなのか学生服で飲み物を飲みながら席を占拠している。
……。
も、もしかして、それが普通なのか。ここの普通なのか。
俺が間違っているのか……。
ひ、引き籠もっている間に時代は変わったなぁ。
って、そうじゃないそうじゃない。
まずはコーヒーを飲んで落ち着こう。雷人が話している内容は分からないが……って、何で俺は雷人のデートを観察しているんだよッ!
俺は、雷人が、あの竹原ってヤツと接触すると思って尾行していたはずだろ。こんな出歯亀をするために尾行していたワケじゃない。
……。
はぁ、とりあえずサンドでも食べよ。
コーヒーとサンドで結構な値段だよなぁ。んで、こんなに高いのに学生が多いんだよ。今の学生はお金持ちなんだな。
囓る。
あ、割と美味しい。
感動するほど美味いってワケじゃないけどさ、この値段でも、これなら、まぁ許せるかって味だ。
あー、でも量が欲しいな。
元重量級の俺としては量が欲しくなってくる。
……。
って、あれ?
気がついたら雷人が一人になっていた。
「あー、えーっと、カオル先輩、女の子、何処に消えました?」
カオル先輩が肩を竦める。
「何だか泣きそうな顔で店を出て行ったよ」
ん?
おー。
つまり、だ。
雷人のヤツ、振られてやんの! やべぇ、からかいに行きたい。
凄くからかいに行きたい。いや、これ、行って良いんじゃあないか。
行くべきだろ。
俺が迷っていると、雷人が席を立った。帰るのだろうか。
「どうする、たいっちゃん」
「もう少し追いかけます」




