42 せんきょ!
えーっと、ここか。
俺が向かったのは何処にでもあるチェーンのハンバーガーショップだ。百円でお釣りが貰える値段設定はお小遣いの乏しい学生にはありがたいよな。
入り口に置かれた道化師の人形に手を振りながら入店する。
そのまま二階へ。何か注文して食べたいところだが、この後のことを考えて我慢する。
二階の奥ではちょっとやんちゃな感じの連中が集まっていた。正直、普段なら近寄りたくない、関わりたくないような連中だ。お店には、こういう連中って迷惑だよなぁ。まぁ、何も頼まない俺も迷惑な客かもしれないけどさ。あー、何も頼んでいないから客ですらないか。
他の客は連中に近寄らないよう離れた場所で小さくなって食事をしていた。まぁ、近くで食べてて絡まれでもしたら怖いもんな。
その関わりたくない連中の方へ歩いて行く。今日は俺も私服だ。引き籠もりが長かったからろくな私服を持っていない。以前の太っていた時のだぶだぶのトレーナーかジャージくらいしか持っていない。まぁ、そういうワケで普段の俺は湖桜高校のブレザー姿が多いんだけどさ。だけど、まぁ、さすがにブレザーを着続けるには暑い季節になってきた。それにさ、今日は湖桜高校の生徒だとバレたくない。
というワケで今日はジャージ姿だ。楽ちんで動きやすくて最高じゃん。でも、まぁ、そろそろ半袖シャツを解禁した方が良いか。
「おい、止まれ」
「ンだぁ? 何処の餓鬼だ。殴られてぇのか」
けんかっ早そうな坊主頭とドレッドヘアーが絡んでくる。いきなり威圧から入るとか、うんうん、君らはそういうキャラクターが似合っているよ。
「竹原って人に用があってきたんだけど、この中に居る?」
連中を見回し、とりあえず聞いてみる。
「あ?」
「お前みたいな餓鬼が竹原さんに何の用だよ」
坊主頭とドレッドヘアーが俺の進路を塞ぐように動く。何だかなぁ。ここはお前たちの事務所じゃあないんだぜ。ハンバーガーショップの一角を占拠してイキがるとか、ここら辺が餓鬼の限界だよなぁ。
「いや、チミたちみたいな雑魚だと話にならないんですわー」
俺は坊主頭とドレッドヘアーを無理矢理押しのける。そして、そのまま集まっている連中の方へ歩く。
「おっ、な」
「こ、こいつ。ふざけろ!」
俺に押しのけられ、構って貰えなかった坊主頭とドレッドヘアーが殴りかかってくる。すっとろい拳だ。雷人の十分の一以下の早さじゃないかな。
俺はその拳をひょいっと避ける。そして、殴りかかってきた坊主頭とドレッドヘアーの方へと振り返り、素早く握った拳を……。
「待て!」
そこで大きな静止の声がかかる。俺は坊主頭の顔面寸前で拳を止める。
そして、声のした方へと振り返る。
「自分が竹原ですよ」
そこにはハンバーガーショップの長椅子に深く腰掛けたサングラスの男がいた。夏が近い、そこそこ暑くなっているような季節なのにロングコートだ。いくら店内でエアコンが効いているからって、その格好は暑くないのか?
……。
よく見ればじゃらじゃらと良く分からない鎖を結びつけているそのロングコートの下はTシャツ一枚に通気性の良さそうなズボン姿だった。うん、暑いんだろうな。我慢してまでロングコートとかコスプレか何かか。
「あんたが竹原か」
「こ、こいつ竹原さんを呼び捨てに!」
ロングコートの竹原の取り巻き連中が俺を睨む。だが、竹原の指示待ちなのか襲いかかってくる様子はない。
「そうですよ。それで、何の用ですか?」
「ああ、聞きたいことがあってね。その格好、暑くないのか?」
とりあえず一番に聞いてみたかったことを聞いてみる。
「こ、こいつ」
「竹原さんに聞いてはならないことを……」
「いや、俺も気になる」
「ああ、俺もどうかと思っていたンだよ」
取り巻き連中がぼそぼそとささやきあっている。えーっと、あまり人望がないのかな?
……。
ちょっとした沈黙が流れる。
「暑いですよ。これで満足ですか」
ロングコートの竹原が答えてくれる。暑いのかぁ。じゃあ、なんで着てるんだよ!
「あ、ああ」
こうもはっきりと答えられると返答に困るなぁ。
って、違う、違う。俺はそれを聞きに来たワケじゃない。
「なぁ、あんたはこの薬を知っているんじゃないか?」
俺は竹原の方へ例の薬を投げ渡す。それを受け取った竹原がニヤリと笑う。
「なるほど。ここに来た理由は商談ですか。この薬があれば君みたいないじめられっ子でも逆襲が可能ですからね」
ん?
誰がいじめられっ子だよ、誰が……。
……。
!
あー、この薬を使っていじめっ子の雷人に復讐をするか……って、なるかよッ!
「はぁ。んで、いくらだ?」
値段を聞いてみる。
「これだけですよ」
竹原が指を一本だけ立てる。
「一万か」
微妙な値段だな。俺の言葉を聞いた竹原が笑う。取り巻き連中も笑っている。
ん?
「桁が違いますよ」
桁が違う?
「なんだ、と。そんな薬一個が十万だって言うのかよ」
だが、竹原は首を横に振る。
「それで売ってもいいんですけどね、千円ですよ。一個千円です」
へ?
千円?
いやまぁ、薬一個の値段と考えたら充分高い。高いけどさ、でも、何だ、その値段設定は。
そんな値段だったら簡単に買えるじゃないか。
!
簡単に買える。そうだよ、簡単過ぎる。
これは……俺が思っていたよりもヤバいかもしれない。こんな薬――力が増して痛みを感じなくなるような薬が千円のはずがない。元々は組で扱おうとしていたような代物だろ? それがこの価格ってことは、バックには俺が思っているよりも大きな存在が居るのかもしれない。
これはまずったか。
餓鬼の喧嘩の延長か、あっても何処かの組の下っ端構成員を増やすための行動くらいに考えていた。だが、コイツはもっと大きなことかもしれない。
何か良く分からない謎の組織でも動いているのか。マジかよ。そんなのは漫画の世界だけでやってくれ。
どうする?
一度、撤退するか?
それともとりあえずこの竹原ってのを締め上げるか。
いや、でも暴れ回るのはお店に迷惑がかかるしなぁ。
「!?」
俺がそんなことを考えている時だった。
「お前たちだな」
俺の背後から声がかかる。慌てて振り返ると、そこには学生服の少年が立っていた。手には細長い包みを持っている。
誰だ?
「今日はお客さんが多いですね」
竹原はそんなことを言っている。いやいや、ここはお前の店じゃないだろ。ハンバーガーショップを占拠して何言っているんだよ!
学生服の少年が手に持った細長い包みからそれを取り出す。
それは木刀だった。
あ、えーっと、この少年は誰だ? 何が起きているんだ?




