41 ぐうぜん!
「有馬君、おはよう」
江波だ。
A組の江波守がわざわざ俺のクラスまでやって来て何の用だろうか。
「江波じゃん、どったの?」
俺は手を上げて挨拶を返す。俺はちゃんと挨拶が出来る子だからな。
江波は髪を掻き上げ、大きなため息を吐き出す。そして、そのまま俺の机の上に一枚の紙を叩きつける。紙? 違う、写真だ。
「これは? 何の写真?」
「有馬くぅん、もう頼んでいたことも忘れたのぉ?」
江波は笑いながらそんなことを言っている。だが、その目は笑っていない。
「江波、分かってる。分かってるよ。言ってみただけさー」
江波は髪を掻き上げたまま大きなため息を吐き出している。演技が抜けてるなぁ。正体がばれたことで気が抜けているんじゃないか。
「で、こいつは?」
写真には細目の――狐目の男が映っている。俺と同い年くらいだろうか。随分と若い男だ。もう夏も間近でくっそ暑いのにロングなコート姿だ。こんな厚着で頭がおかしいのか。
……。
いや、違うのか。この写真が撮られたのが冬場だから、厚着なのか。となると、この写真は最新のものじゃないってことだよな。
「この人が例のアレをしてるみたいだよ」
江波の言葉は要領を得ない。周囲に他の生徒がいるからか? 聞かれると不味いのか? いや、でも、ここは湖桜高校だぜ。湖桜高校の生徒が聞いたところで理解することも出来なければ気にもしないだろう。
まぁ、とにかくだ。
「この狐目が薬……あー、例のアレに関わっているってことだよな?」
江波が肩を竦め、頷く。
「で、こいつは何処に居るんだ?」
「さあ?」
江波は首を横に振っている。
いやいや、それが一番重要でしょうが。それが分からなかったら意味がない。馬鹿じゃね!
「いやいや、それが一番重要じゃね!? 馬鹿じゃね!」
「声に出ているからね」
江波は肩を竦めたままだ。
「分かって貰うためにわざと口に出したんだよ。で、居場所が分からないのは分かったけどさ、じゃあ、この写真は何処から手に入れたんだよ」
「さあ?」
江波はとぼけている。答える気はないってことか。もしかすると居場所も知っているのかもしれない。
つまり、俺に渡せる情報はここまでってことか。
まったく、真の仲間になってくれたと思ったのに、これだ。いや、江波の目的は裏から湖桜高校を支配することだ。だったよな? つまり、それに利用出来そうってことか? だから、俺に渡せる情報は写真までってことか。この態度――何か状況が変わったんだろうな。
しかし、この写真一枚でどうしろって言うんだよ。この写真を見せてまわる? 俺は警察じゃないんだぜ。うーん、困った。
「バカイチ、邪魔だぞ」
そこへ雷人が通りかかる。あー、そういえば雷人の席って俺と同じ一番後ろ――窓際の一番後ろだったな。ここは通り道、か。いや、でもさ、わざわざ俺のところを通らなくても、回り込めば良いじゃないか。まったく、コイツは。
「はいはい、雷人、おはよう、おはよう。ちゃんと挨拶してやるから、わざわざ俺のところまで来なくても大丈夫だぞ」
「な! だ、誰が!」
雷人が拳を構える。ホント、面倒臭いヤツだよ。
「あー、有馬君、それじゃあ、僕は教室に戻るね」
江波がこの場から離れようとする。
「ん? クソイチ、コイツは……あー、A組の、名前何だったか、まぁ、どうでもいいか」
雷人は構えた拳をおろし、江波の方を見てポリポリと髪を掻いている。顔くらいは知っているって感じか。江波は上手く立ち回っているようだな。
「あー、江波、ありがとう。助かったよ」
「うん、それじゃあね、有馬君」
江波がC組の教室を出る。
「何でA組のヤツがクソイチに……ん?」
「何だよ、俺がA組のヤツと知り合いだったらおかしいのかよ」
「その写真、お前、竹原さんの知り合いだったのか」
「竹原って誰だよ。あいつは江波……って、ん?」
俺は雷人を見る。そして机の上を見る。
写真。
「おい、雷人。お前、この写真の狐目野郎と知り合いなのか!」
「あ? お前、竹原さんを狐目呼ばわりするんじゃねえよ」
「いいから、教えろ。知っているんだな!」
俺は席を立ち、雷人に詰め寄る。
重要なことだぜ、これはよー。
「あ、ああ。アラタさんの副官をしていた人だぜ」
アラタ? ああ、新田先輩のことか。その新田先輩の副官って、いや、副官って何だよ。連中のグループには階級があったのかよ。軍隊か何かかよ。って、そこは重要じゃない。
「雷人、何で、お前が……」
「あ? 俺に見込みがあるってことで目をかけてくれてるんだよ、悪いかよ」
は?
何を言って……。
俺は江波が出て行った方を見る。あ、あの野郎。江波が手を引いた理由はコレか!
雷人に絡んできて利用出来そうだと思ったから手を引いたのか!
抜け目ない!
「あ、えーっと、悪くない。悪くないよ。で、雷人君」
「あ? 気持ち悪い喋り方するんじゃねえよ。キモいんだよ、このキモイチが!」
「雷人君、この竹原さんとやらに会うことは出来るかなー?」
俺は雷人の言葉を無視して手をこすり合わせる。
「あ? 何で俺が……」
「いいから、いいから。頼むよ。よし、お願いを聞いてくれるなら……」
「ゴミみたいなボールペンは要らねえよ」
俺はポケットに入れようとしていた手を止める。
「いや、頼むよ。会わせてくれるなら雷人をボコらないからさ」
「おい、ふざけんな」
「ふざけてない、ふざけてない。会わせてくれるまで雷人をボコるよ」
「あ? おい、言っている意味、分かってんのか」
「分かってるぜ」
俺は雷人を見て笑う。唇の端を持ち上げ、笑う。
「あ?」
雷人が俺を見る。どうやら、まだまだ立場が分かっていないようだな。
へいへい、かかってきな!
だが、雷人は動かない。
大きなため息を吐き出し、嫌そうな顔で眉間に拳を当てる。
「お、おい、雷人……」
「あ? 分かったよ、会わせてやるよ。これで貸し借りは無しだからな!」
「え? いや、貸しはあっても借りはないだろ」
ないじゃん。
「あ? 会いたくねえのかよ。殺すぞ」
「殺人鬼!」
「ふざけんな、死ね」
ま、まぁ、とにかく、だ。
これで何とかなりそうだ。
この写真の狐目野郎、竹原だったか? こいつに会って、どういうつもりか問いただしてやる。背後に居るヤツもたたき出さないとなぁ。
こいつぁ、忙しくなるぜ。




