39 くろまく!
「いよぉ、江波!」
俺はA組の江波守を探し声をかける。
「あ、有馬君。どうしたの?」
江波はいつもと変わらない調子で話しかけてくる。
どうしたの、か。
「なぁ、江波。江波ってさ、漫画とかで主人公の戦いを見守っていて解説をするような役をしてそうな感じだよな」
「突然何を言い出すのさ。それ、モブってこと? 酷いな」
「いや、モブじゃない。ある意味主人公よりも重要な役割のキャラクターだぜ」
「へー、そうなんだ。それで、それがどうかしたの?」
俺は肩を竦める。
「そうあって欲しかったって話だよ」
俺は江波を見る。背が低くて存在感が薄い、湖桜高校に入ったのが間違いじゃないかと思うような容姿だ。それこそ、江波自身が言ったようにモブ……漫画などの背景に描かれている、群衆の一人って感じだ。
「ねぇ、有馬君、さっきからどうしたの?」
「いやな、江波、入学式の時のことだよ。なんで、俺に声をかけてきたんだ?」
「え? それは有馬君が、この学校に居そうにない普通の人ぽかったから……」
あー、確かに、その時も江波はそんなことを言っていたような気がする。
「あー、確かに、確かにな。でもさ、その時も思ったんだが、俺と雷人がやり合っていた姿を見ていなかったのか? いや、結構、騒がしくしていたから見ていたよな?」
「それが、何?」
「いやな、あの時、入学式の時さ、なんでA組に入る予定だった江波がC組として集められた俺の隣に座っていたのか、ちょっとおかしいなと思っただけだよ」
「え! 席なんて……たまたまだよ」
江波は何かを誤魔化すように笑っている。だが、その目は笑っていない。
「雷人が一年のトップに選ばれた時、やって来たのはA組のヤツだった。A組の中で雷人を知っていて、それこそ雷人に目をつけていたヤツがたきつけたとしか思えない」
「それが僕だって言いたいの? でも、その頃には上路君は二年を倒したって有名になっていたじゃないか」
俺は首を横に振る。
「いや、俺は疑問だったんだよ。なんで、『雷人が倒した』ことになっているのかってな。あの場に居た連中が流す噂にしてはおかしくないか?」
「それで?」
江波は俺を見ている。
「湖南高校の連中が襲ってきた時もそうだ。江波、十人くらいに囲まれていたよな」
「そうだね。とっても怖かったよ」
「あの時、俺は背後から不意打ちを受けた。で、情けないことにそのままボコられたワケだが、その時、江波、お前どうしていたんだ?」
「怖くて震えていたよ」
「何で俺だけボコられたんだろうな?」
「え? 知らないよ。有馬君が強そうだったからじゃないかな? 僕みたいな弱そうなのは後でどうにでも出来るって……」
「あー、確かに、そう考えることも出来るよな。でもさ、認めたくないことだが、俺もそう見えるらしいんだよなぁ」
「有馬君、何が言いたいの?」
「ヤツらの仲間ではなかったんだろうが、何か交渉中だったんじゃないのか?」
「ふ、うーん?」
江波は首を傾げている。
「江波、お前、ちょっと色々と詳しすぎるよな。俺が知りたいことをすぐに答えてくれるんだもんな。ホント、頼りになるよ」
「そう? ありがとう」
「ああ。まるで何かの思惑があって誘導しているかのように、すぐに答えてくれて助かったよ」
「それで?」
江波は口元に笑みを浮かべている。
「それだけさ」
「そう。僕の名前から思い込みで言ってない?」
あー、名前、か。
「いや、それは違うぜ。俺は知らなかった。ついこないだネットで調べるまで知らなかったよ」
「へー、意外だね。何の関係があるのか知らないけど、例の事件を調べていたんじゃないの?」
……。
それも知っているのか。
抜け目がないな。
「あー、そうだよ。その事件を調べていたから、知ったんだよ」
「この町に住んでいて江波組を知らなかったんだ」
「ああ、知らなかったよ。昔のことは知ってるんだけどな、あいにくと引き籠もっていたからさ」
「有名な事件なのに?」
「らしいな。当時を生きていなかった、二十歳そこそこくらいの人でも知っていたくらいだからな」
「そうだよ、凄く有名なんだよね。だから、すぐに僕と組が繋がっている、なんて考える人がいて困るんだよね。まー、でも、僕の弱っちそうな姿を見れば、すぐに勘違いだと納得してくれるんだけどね」
江波は肩を竦めている。
俺は図書館に行った後、自宅のパソコンで運送会社のことを調べた。そこで出てきたのは裏に地上げなどの暴力を生業としている連中の姿があることだった。そしてその組の名前――それが江波組。当初は弱小だったが、ある時を境にメキメキと力をつけてのし上がったようだ。どうりでネット上に運送会社の名前が載っていないワケだ。
「で、江波は、その江波組の跡取りなのか?」
江波は肩を竦めたまま苦笑する。
「そ、跡取りだよ」
江波は髪を掻き上げ、地味目にセットしてた自分の髪を乱す。
「その江波組の跡取りさんの目的は?」
「はぁ。簡単なことだよ、この馬鹿高を三年で支配下におけって言われているのさ」
江波はやれやれという感じで大きなため息を吐き出している。
「僕はね、見ての通り喧嘩は得意じゃあないんだよ。じゃあ、出来ることは限られるよね」
「なるほどな。それで誰か適当なヤツにトップを取らせて裏から操る、か」
「そうだよ。有馬君はこの馬鹿高らしくないよね。僕に辿り着けるヤツがいるとは思わなかったよ」
「お褒めにあずかり光栄です、だな」
俺は江波に笑いかける。
さて、と。
俺の推理は間違っていなかった。
だが、問題はここからだ。




