38 おくすり!
眼鏡先輩が俺が捻り上げた方と逆の手を動かす。
「まだだ、まだ僕たちは終わりじゃない!」
さっき無念とか呟いていたヤツの言葉とは思えない。情緒不安定なのか?
そして、眼鏡先輩がブレザーのポケットに手を突っ込む。てっきり反撃してくるのかと思ったが意外な行動だ。
「いやいや、先輩、変な行動はしないでくださいよ」
俺は捻り上げた腕に力を入れる。本当に折っちゃうぞー。
「ぐっ。だが、僕たちは負けない。不良を倒し、秩序を取り戻す!」
眼鏡先輩は良く分からないことを言っている。倒すって、倒すの意味が分からないな。喧嘩で勝つってことか? いやいや、それで何がどうなるんだ? 不良って呼ばれる生徒を学校に来ないようにさせるのが目的か? それを一生徒でしかない、この眼鏡先輩がやってどうなるんだ?
ここは高校だぜ? 義務教育じゃあない。学校からしたら生徒の数が減ったら学費が取れなくなって大変だろう。学校側にとってはマイナスじゃん。ホント、この眼鏡先輩は何がしたいんだ?
眼鏡先輩がブレザーのポケットから何かを取り出す。
何だ?
「力を!」
それは何かの錠剤だった。
何だ? この眼鏡先輩は何をしようとしている?
眼鏡先輩が錠剤を飲み込む。
「お、おい、眼鏡先輩、今、飲み込んだのは何だ?」
「これは僕に力を与えてくれるものだ! お前たちを倒すための秘密道具だ!」
眼鏡先輩の瞳が充血していく。
何だ、何だ?
「うぉぉぉぉぉ!」
眼鏡先輩が大きく目を見開き、その血走った目でこちらを睨み、叫ぶ。おいおい、何だよ、それはさー。
「これが力だ!」
眼鏡先輩が血走った目のまま腕を動かす。そう、俺が捻り上げている方の腕だ。何処にそんな力を隠していたのか、なかなかの怪力だ。だが、そんな無理をすれば……。
ボキリっ。
眼鏡先輩の腕が折れる。
「無理矢理外す!」
眼鏡先輩が叫んでいる。いやいや、無理矢理折って関節を外すとか痛いだろ。痛くないのか?
……。
「あ、あれ?」
その眼鏡先輩が何か困っている。
「先輩、どうしました?」
聞いてみる。
「外れない……」
……。
あ、そっかー。
この眼鏡先輩、関節を外せば関節技から抜け出せると思っていたのか。いやいや、馬鹿じゃないか。折れようが俺は腕を掴んだままだし、極めたままだ。何をしようとしたのかと思えば漫画の読み過ぎじゃあないか。
……はぁ。この先輩は、もう! ホント、仕方ないなぁ。
俺はそのまま眼鏡先輩のもう片方の腕を取り、極める。眼鏡先輩の自爆で折れた方の腕を極めておく必要がなくなったから仕方ないな。うん、これは仕方ない。
「あ、がっ」
「もう片方も折れたら両腕が使えなくなっちゃいますよ。降参してください」
強く腕を極める。
「その程度、効かない! この薬は痛みを消してくれる。そして僕に強力な力を与えてくれる!」
へー。
はー。
さっき飲んだ錠剤、か。すっごいなー。魔法みたいだぁ。
って、そんな便利な薬があるかよ。漫画じゃああるまいし、大方、興奮剤か、痛み止めか……その程度だろう。何処で手に入れたか知らないが、騙されてるぞ。プラシーボだよ、それ、思い込みだよ。
「あー、はいはい。凄いっすねー。で、折っていいんですか?」
「くっ、は、な、せ!」
放すかよ。馬鹿じゃないのか。
「はっ! 会長!」
「よくも会長を! 叩き潰す!」
そこで女子二人が動き出す。
「会長を、はなせ!」
可愛いと評判の湖桜高校の女子制服が筋肉ではち切れんばかりになっている女子が動く。そのムキムキの腕で殴りかかってくる。
俺はとっさに、その眼鏡会長先輩を盾にする。
豪腕から繰り出された拳が眼鏡先輩の眼鏡に炸裂する。
「ぐぼぁ」
ひしげる。眼鏡が凹み砕ける。どんだけの怪力だよ!
「よ、よくも会長を!」
「叩き潰す」
「いやいや、殴ったのキミだから、ちみたちだよー!」
女子二人が殴りかかってくる。
「秘奥義! 会長バリアー!」
俺はとっさに眼鏡先輩を盾にして防ぐ。眼鏡先輩が殴られる、殴られている! ボコボコだ。
「会長を盾にするとは卑怯な!」
「叩き潰す!」
何だか一人は盾にしている眼鏡先輩を容赦なく殴ってないか? 微妙に恨みがこもっているような……じゃなくて!
「おいおい、会長を殺す気かよ。会長、ボコボコじゃん」
「やめ、やめ……」
眼鏡先輩は何か呟いている。
何か良く分からない薬を飲んでパワーアップなんてぇのは漫画の世界の中だけなんだぜ。もう、ホント、これで終わりで良いよな。
「あー、お二人さん、ちょっと待て」
「不良の言葉には耳を貸さない!」
「叩き潰す!」
……。
狂戦士かよ。いや、アマゾネスか。もう何でもいいや。
「眼鏡先輩、あー、会長か。会長側の勝利条件って何ですかー?」
「ふ、不良が、秩序、もって、こうどう……」
顔が腫れてトレードマークだった眼鏡がボコボコな先輩は喋り難そうだ。かわいそうに……。
「はーい。理解しましたー。おーい、雷人」
俺は雷人に呼びかける。
「あ? 何だ、裏切り者のクソイチ」
成り行きを見守っていた雷人が俺の方を見る。何処か恨みがましい目だ。何だ、俺が裏切ったのを根に持っているのか。いや、そもそも俺とお前って仲間同士じゃないじゃん。
「お前、番長だろ? 三年の先輩を倒すほどの番長だよなぁ」
「んだと、あぁ!?」
「番長のお前が仕切って、カツアゲと理不尽な暴力は止めさせろ」
「あ?」
「あ、じゃねえよ。約束しろ」
「んで、俺が!」
「それが番長だろ。それにさー、カツアゲも恐喝も暴力も犯罪だ。警察のご厄介になるようなことは止めろ。餓鬼じゃないんだからさー」
いや、俺たちは餓鬼だけどさ。
「んなこと出来るかよ!」
「出来るだろ。要は線引きだ。やって良いラインと駄目なライン、なんだかんだで賢いお前なら分かるだろ? お前がやらないと終わらないんだよ」
「……ちっ」
雷人は舌打ちしている。が、多分、これで雷人は分かっただろう。
「くっ、そんな……不良の言葉、が……」
「まぁ、もう少しくらいは様子を見てくださいよ。それで駄目だったら雷人がゴミクズだったってだけですから。その時は、そこの雷人ごと不良を叩き潰せば良いんですよ。俺も先輩を手伝いますから、ね」
眼鏡先輩ががっくりとうなだれる。
ま、ここら辺が落としどころか。
背中が痛いし、俺はもう疲れたよ。これで終わりで良いよな?
俺は眼鏡先輩の腕を放す。
「折れた腕、早く医者に行った方が良いっすよ。んで、そこの女子」
「叩き潰す!」
「いや、潰さなくて良いから。机片付けるぞ。表の連中も使ってすぐに終わらせるぞ」
はぁ、これで解決か。
まぁ、この程度の事件は湖桜高校なら良くあることだ。大きな事件じゃない。
うん、たいしたこと無いぜ!




