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04 おっさん!

「おっさん、今月いっぱいでバイトを止めるからな」

「うんあ、何を言ってやがる」

 新聞にチラシを差し込み、配達の準備をしながら、おっさんに伝える。この部屋には俺とおっさんしか居ない。自分のノルマ分を勝手にやって、勝手に配達するだけなので、他の連中はもっと出てくるのが遅い。俺も普段は遅い時間に来るのだが、今日はおっさんに挨拶をするために早く出てきたのだ。


「学校行くんだよ、学校」

「学校だと? 何の冗談だ」

「冗談じゃねえからな。本気だよ。今年の春から高校生なんだぜ、俺はさ」

 おっさんがまじまじと俺の顔を見る。


「いや、本当だからな」

「幼い容姿のヤツだとは思っていたがよぉ、中坊だったのかよ。ここに来た時よりは随分とマシな体型になったのに止めるのは勿体ないんじゃあねえか」

「何言ってやがるんだよ。高校生だぜ、高校生。もっと割に合ったバイトが出来るってぇの」

 俺の言葉におっさんは肩を竦める。


「雰囲気がよぉ、お前の雰囲気がよぉ、俺の後輩に似ていたからな。これからもこき使ってやろうと思っていたんだがな」

 おっさんの言葉に俺は思わず転けそうになる。

「似てたら扱き使うとか、おっさんとその後輩は、どんな関係だったんだよ」

「奴隷だ」

「奴隷かよッ!」

 思わず大きな声で突っ込んでしまう。


「いや、言い間違えた。相棒だ」

「そうかよ」

「まぁ、奴隷寄りの相棒だな」

 おっさんは飄々とした態度でそんなことを言っている。その後輩とは随分と仲が良かったのだろう。好きなことが言える仲というか、そういう感じだったのかもしれないな。


 そんなことを話している間に自分の分のチラシを差し込み終える。

「じゃ、配送行ってきます」

「随分と早いな」

 おっさんはもう少し話したそうにしていたが、こちらも仕事だ。

「一年近くやってるからな。もう慣れたよ」

 ささっと行って、ささっと配って、ささっと帰るんだぜ。俺には高校入学に向けてやることが――やるべきことが山積みなんだ。



 今日の担当は四区画だ。走って、走って、走り込んで新聞を配る。区画は多いが実際に配る家の件数はそれほどでもない。一区画、十から二十ほどだ。走ることがメインになってからは、距離があっても件数が少ない区画を中心に回して貰うよう頼んでいる。


 俺がこのバイトをやっているのはお金のためというよりも、走るためだからな。


 二時間ほどで配り終え、営業所に戻る。すると、おっさんが冴えない顔で煙草を吹かしていた。

「おう、戻ったか」

「戻ったよ」

「しかし、お前は、横はそれなりになったが背はちっこいままだな」

「うるせぇよ。成長期だから、背はこれから伸びるんだよ」

 おっさんが笑いながら、ぷかぷかと煙を吐き出している。


「おっさん、煙草は健康のために止めた方が良いぜ」

「あいつもそんなことを言っていたがな、俺は健康のために煙草を吸ってんだよ。吸わねえとストレスで不健康になるからな」

 あいつ、か。


「おっさん、その相棒とはどうなったんだ?」

「ああ、あいつなら事故で死んだ。絶対死にそうにないヤツだったんだがな。外国に喧嘩修業行くような馬鹿だぜ? それが事故であっさりだ。今でもひょっこり帰ってくるんじゃねえかって思っちまうよ」


 帰ってくる、か。死んだ人間は帰ってこないよ。死んだら終わりだ。まぁ、俺みたいな前世の記憶があるヤツはいるかもしれないけどさ、でも、それだけだ。


 俺は遠野虎一じゃあない。遠野虎一の記憶を持った有馬太一だ。記憶があるだけの別人だ。


「で、おっさん、しょぼくれた顔してどうしたんだい?」

「ああ。お前に言われたからじゃねえけどよ、この営業所を閉めようかと思ってな」


「!?」

 は?


 おっさんの突然の言葉に、思わずゴクリと唾を飲み込む。


「俺が辞めるから……じゃないんだよな?」

「餓鬼が気にするんじゃねえよ。元々、そんなに儲かってなかったんだよ、ここはよぉ。お前みたいなのを雇って人件費を安く上げても、無理があったんだよ。最近はそういうことにもうるさくなってきたしな、良い機会だったんだよ」

「この営業所を閉めたら、今、配っている人んちはどうなるんだよ」

 おっさんが煙草の煙を噴かせる。


「他の営業所が何とかするだろ」

 勝手なおっさんだ。

「おいおい、そんなんで良いのかよ」

「お前も今日までで良いぞ。ほら給料だ」


 おっさんからヨレヨレの封筒を受け取る。普段なら二千円が入っているだけなのだが、今日の封筒は少しだけ分厚かった。

「おい、おっさん……」

「俺によぉ。今度、孫が出来るんだ。孫が出来るのに、こんな仕事出来ねえだろ? 他の仕事も中止だ」

 このおっさんにも、ろくでもないことをしている自覚くらいはあったのか。安い賃金ですねに傷があるような連中を働かせていたからな。まさに奴隷だったぜ。


「おっさん、それでどうするんだよ」

「俺ももう、おっさんじゃねえ、ジジイだ」

 おっさんが煙草を投げ捨て、踏みつける。


 じじい、か。


 そうだよな。


 そうなのだ。


 俺が死んでから二十年が経っている。二十年だ。二十年だぞ。


 それがどれだけ大きくて、長い年月だったのか。俺は気付かないようにしていた。分からない振りをしていた。


 おっさんがじじいになるだけの年月だ。


 色々、変わっていて当たり前だ。


 そうか、そうだよな。


 おっさんから受け取った封筒を握る。なんだかなぁ。ホント、なんだかなぁ。


 このおっさんに孫が出来て、じじい、か。


「ケンのおっさん、長生きして孫に元気な顔を見せろよ。だから、煙草も止めろよ」

 俺はおっさんに手を振り、その場を後にする。


「はん、うるせぇ……って、おい、お前に俺の名前を言っていたか? その呼び方、お前……」

 そんなおっさんの声が聞こえた気がした。

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