32 ばかばか!
「んだと。この特攻服の良さが分からねぇのか」
「あ? 学校に着てくるんじゃねえよ」
雷人と特攻服野郎がにらみ合っている。一触即発ってヤツだな。それにしても、この二人、性格がよく似ているというか、分かり易い不良って感じの性格だよなぁ。
「あ? 常在戦場って知らねえのかよ。俺は常に戦場だぜ!」
ここは戦場じゃないよな? 学校だよな? 高校だよな?
「はっ! 覚悟だけは一人前だな!」
雷人が特攻服野郎の言葉に返すように叫ぶ。だから、ここは高校だっての。戦場じゃあない。こいつらだけ別世界の空気を作ってやがる。
「俺の実力も一線級だぜ。学校でのんびりやってるようなお坊ちゃまとは場数が違うんだよ」
特攻服野郎が唾を吐き、特攻服の袖をめくる。おいおい、廊下に唾を吐くなよ。
「んだと!」
まず動いたのは雷人だった。
雷人が一歩踏み込み、右のストレートを放つ。
「!」
たくっ!
コイツらはさ!
俺は間に割って入り、雷人の拳を受け流す――拳の甲で受け、回転するように受け流す。
って、ちっ、重い。雷人の拳が重い。以前よりも早く、鋭く、重くなっている。受け流して逸らすのも一苦労だ。
「だらっ!」
今度は特攻服野郎が動く。体を回すような喧嘩キックだ。型も何も無いデタラメな一撃。
俺は動く。
特攻服野郎の軸足と蹴り足の間に自分の足を突っ込み、そのままその軸足を蹴り払う。支えを失った特攻服野郎が体勢を崩し、転けそうになる。が、無理な格好をしているはずなのに、耐え、体勢を立て直す。
何だ? 異常に体幹が優れているのか?
まぁ、とにかく、だ。
「喧嘩は止めようぜ」
俺は二人を止める。
「んだと?」
「あ?」
俺の言葉に二人が反応する。声をハモらせて仲良しさんみたいだ。
「だからさ、もうすぐホームルームが始まるぞ。喧嘩なら後にしろよ」
時間を考えろっての。朝一から喧嘩をおっぱじめるとか元気が有り余り過ぎだよ、コイツらはさ。
「は? んなことで俺が止められるかよ! そっちの坊ちゃんはどうだか知らねえがよぉ!」
「んだと! 誰が坊ちゃんだ、この野郎!」
二人はにらみ合いを始める。
はぁ。
もう知らね。
勝手にやってろよ。
俺は教室に戻る。
あー、あの特攻服野郎が雷人とやり合ってくれたおかげで席に座れるじゃん。いやぁ、良かった良かった。
ホームルームが終わった頃、二人は戻ってきた。
何故か肩を組んで楽しそうに笑い合っている。
「やるじゃねえかよ。こんなボコボコにされたのはよぉ、久しぶりだぜ」
「俺の拳にそれだけ耐えた馬鹿野郎はお前が初めてだぜ」
「はっ! シャークレイドの一番槍だぜ、俺は。気合いと根性のステージが他とは違うんだよ」
「だな。それは俺も認めるしかない」
何だか認め合っている。う、うーん。
「俺はシャークレイドの一番槍、倉吉兼次だぜ」
「俺は上路雷人だ」
「三年の番長を倒した一年の噂がよぉ」
「おい、それは……」
「ああ、分かってるぜ。俺はお前の言うことを信じるぜ。だけどな、喰らってみて思ったが、お前の拳なら勝っててもおかしくないと思うぜ」
俺はおかしいと思うぜ。だってさ、雷人はちゃっかり挑んで負けてるじゃねえかよ。駄目じゃん。それに、だ。この特攻服野郎を倒し切れてないのに、それであの新田先輩に勝てると思ってるのか? 俺が奥の手を出してギリギリ勝ったような先輩だぜ?
んで、それはそれとして! 何でコイツら仲良しになってるんだよ! 訳が分からない。
「あ?」
その特攻服野郎が俺の席の前に立つ。
「んで、お前がその席に座ってんだ? 俺が言ったことが分かんなかったのか? 俺をなめてると……」
うるせー。
俺は席を立ち、特攻服野郎の顎を目掛けて掌底を放つ。威力よりも早さを重視した一撃。特攻服野郎は余裕の表情で俺の掌底を受ける。あー、タフネスさとか、気合いと根性には自信があるタイプなんだろうな。
だがっ!
俺の一撃は脳を揺らす。
「あ、あ?」
特攻服野郎が目を回し、白目を剥いて倒れる。
はぁ、ホント、このクラスは馬鹿しかいないのか。
「おい、こら、バカイチ!」
その馬鹿筆頭が、この雷人だよな。うん、間違いない。
「誰がバカイチだ? あ? あまりふざけたことを言っていると、そこに転がした馬鹿みたいにするぞ」
「んだと!」
俺は大きくため息を吐き出す。
「あー、もういいよ。俺が弱らせたから一撃で倒せたとか言いたいんだろ? もう面倒だから、それでいいよ。だから、雷人、もう自分の席に戻れよ」
俺は手を振り、雷人を追い払う。
はぁ、馬鹿同士で意気投合して何がしたかったのやら……。
こいつは――この特攻服野郎は、このままここに転がしておこう。保健委員が勝手に空いている教室にでも放り込んでくれるだろ。
たく、安彦の件を調べようと思っていたのに、朝から邪魔されてばかりだぜ。




