29 いんねん!
拳を前に出し、構える。
「!」
洗ったが鬼のような形相のまま飛んでくる。そう飛んできた。
蹴りが飛ぶ。
「!」
飛んできた蹴りに合わせて、こちらの蹴り足を合わせる。蹴りと蹴りがぶつかる。俺はそのまま軸を回し、蹴り上げる。
「!?」
だがその足が掴まれる。相手の動きが速い。俺はとっさに伏せるように体を回す。
「!」
体を回した上からお構いなく関節を極めようとしてくる。そのまま背筋を使い跳ね返す。
両手を地面に突いて転がるように飛び距離を取る。
拳、蹴り――打撃は危険だ。掴まれるのは不味い。
「!」
洗ったが腰を低く落とし、こちらへと突っ込んでくる。俺は跳び箱を跳び越えるように洗ったの背に手をつけ乗り越える。だが、乗り越えようとした足を掴まれる。
そのまま地面へと投げられ叩きつけられる。とっさに受け身を取るが衝撃を殺しきれない。
そして、転がったこちらへ洗ったが馬乗りに――迫る拳。
「!!」
とっさに弾く。
マウントを取られたッ!!
次の拳が迫る。弾く。殴られる。弾く。殴り返すが抑えこまれ、殴られる。防ぐ。不味い、不味い、不味くないか!?
「!!」
次々と拳が飛んでくる。捌ききれない。防ぐ。防いだ上から拳が叩きつけられる。
俺は足を持ち上げヤツの腰を浮かせる。そのまま足をねじ込み体を反らす。浮いた隙間から這い出る。
こちらが抜け出さないようにヤツの手が伸びる。とっさにその手を掴み極める。だが、相手はその極めたはずの手をさらに突き出す。抜ける。極めたはずが極まっていない。逆にこちらを掴もうともう片方の手が伸びる。
「!」
蹴り上げる。
逃げる。
距離を取る。
転がるように飛び、そのまま飛び起きる。ヤツへと向き直る。
「先輩、散々殴ってくれましたね」
鼻の片方を押さえ鼻血を飛ばす。はぁ、散々、好き放題に殴られたぜ。
「!」
洗ったは動かずこちらを睨んでいる。
「はぁ」
俺は大きくため息のように息を吐き出す。殴っても掴まれたら終わり、か。ならよー、掴まれるより早く殴れば良いよな。
俺は腕に巻いていたパワーリストを外す。
「いいのか」
洗ったは睨むような目のままこちらを見ている。俺はにらみ返す。
「何が?」
「それ、重りだろう? 軽くなって良いのか?」
軽くなって良いか、だと? 良いに決まってる。決まってるんだよ。
殴る。
俺の拳が、こちらの腕を取ろうとしたヤツの手を抜ける。
パシン。
ヤツの顔に拳が当たる。早くなっている。俺の拳は確実に早くなっている。負荷がなくなったことで早くなっている。
パシン。
パシン。
次々と拳が当たる。ヤツは俺の拳を掴むことが出来ない。
当たる。
当たる。
ヤツが動く。
こちらの拳を受けながら――喰らいながら殴りかかってくる。
お構いなしかよッ! 不味いッ!
拳が迫る。
ヤツが狙っているのは俺の顎だ。俺は顎を引き、ヒットポイントをずらす。だが、まともに喰らう――喰らってしまう。
俺の体が後ろに下がる。それだけの威力を持った一撃だった。
ふぅ。
俺は息を大きく吐き出し殴りかかる。
パシン。
ヤツの顔に拳がヒットする。だが、それだけだ。ヤツは俺の一撃を受け止め、それを無視し拳を突き出す。
うごっ。
ヤツの拳が俺の腹にめり込む。体が浮く。
よろよろと後退する――してしまう。
「これで分かっただろう?」
「な、何がだ?」
「拳が軽いんだよねー」
ヤツは――洗ったは元の調子に戻っている。
「もう終わりだよ」
「終わり?」
ヤツはふざけたことを言っている。
「説明しないと駄目?」
こちらを見て微笑んでいる。
「俺はまだ立っているのに随分と余裕だな」
「そりゃあねー。もう饅頭君の底が見えたからさー」
ヤツは腕を首の後ろで組み口笛でも吹きそうな様子だ。
「へー。それは是非教えて欲しいね。俺の底を、さッ!」
殴りかかる。その拳を途中で止め、足を動かす。蹴り上げる。拳はフェイントだ。その拳を見ているヤツには、この蹴りは避けられないはずだ。死角からの蹴り。
……。
だが、俺の蹴りはヤツの手によって止められていた。
なんだ、と!?
死角からだぞ。見えていなかったはずだぞ。
「これが限界だよねー」
「そうかよッ!」
俺は蹴り足を引こうとする。だが、動かない。掴まれている。そして、そのまま持ち上げられる。
「お、っとっとっと」
「おーっと、ゴメンねー」
ヤツが俺の足を放す。
「饅頭君、君さ、まず、非力だよね」
「非力で悪かったな」
まだ筋肉は鍛えているところだからな。俺の成長度はすぺさるなんだぜ。
「遠野虎一の技を知っているようだけどさー。練度が足りないよね。知ってるだけで自分のものになっていないんだからさ。狙いが見え見えだよ」
駄目だしされる。
おいおい、俺が駄目だしされているぞ。
「その重しを捨てたのは失敗だよね。重しで非力をカバーしてたのに、それを外してどうするのさー」
「その分、早くなったろーが」
「少しくらい早くなって、それが何? 痛くも痒くもないよ」
洗ったは肩を竦めている。
「はいはい、そーですねー」
教師かよ。先生かよ、コイツは。
「技の練度が足りないよね。それでは遠野虎一の後継者とは呼べないね」
誰も呼んでくれなんて頼んでいないってぇの。
「そうかい、そうかい」
「背の高さはそこまで差がなくてもさ、腕の長さは違うからね。こっちの方が長い……その意味、分かるよね。筋肉の量も違う。技の練度もぜんぜん、もう結果は見えてるよね」
見えてねぇよ。
俺は大きくため息を吐き出し、後頭部を掻く。
「先輩、すごーく考えているんですねー」
「馬鹿にしてる?」
してる。
俺は腹の辺りで拳を交差させ大きく息を吸い込む。
良いぜ。
俺はここに喧嘩をするつもりでやって来た。
だがッ!
ここからはステージを一段階上げる。
こっからは喧嘩じゃねぇ。
本気を出すぜ。
すでに本気だったが、ここからは本気の本気だぜッ!




