28 ぼうれい!
「あー、うん、先輩、その遠野虎一は知らないけど……」
嘘だ。よく知ってる。凄くよく知ってる。俺は、よーく知っている。
「なるほどねー。君にその戦い方を教えた人物は遠野虎一のことを教えなかったってことかなー」
違うだろー。違うだろー。
そうじゃないだろー。
いや、まぁ、とにかく、だ。雷人を眠らせていて良かった。起きていたら面倒くさかったかもしれない。
「はぁ、で? その、アレですよ。先輩の師匠ってのは誰なんですか?」
思わずクソデカいため息を吐き出しながら肩を竦めてしまう。
「気になるのかい?」
「えーっと、えー、参考までに、ですよ。全然、別に気にならないけど、一応、参考、そう参考にさー。名前を、名前だけでも教えて貰えませんかね」
誰だ? 俺の知っているヤツか?
「名前? 師匠の名前かー。確か、ハクトだったかなー」
ハクト?
ハクト、ハクト、ハクト……。
白兎、か。
そんなヤツ居たか?
名前に覚えはない。
記憶を、かつての思い出を探る。
……。
あっ!
もしかして、あいつか。チョロチョロと俺の後ろを付きまとっていた、あいつか! 確かに俺の喧嘩の後を追いかけて、俺の真似をしていたヤツが居た。あいつかッ!
「チョロチョロとしてすばしっこそうなヤツか!」
洗ったが胡散臭そうにこちらを見る。
「なるほどねー。饅頭君の先生はこっちの師匠のことをそう言っているのかなー」
って、はぁ。
誰が誰の先生だよ。
大きなため息が出る。
まぁ、勘違いしているなら好きなだけ勘違いしていろ。
「あー、まぁ、それは、どうでもいいっすよ」
「どうでも?」
「そう、どうでもいいっすよ。それよりもっすよ。いやー、流れでいきなりやり合いましたけどね、俺は話し合いに来たんですよ」
「えー、いきなり殴りかかってきたのはそっちだよね」
「いやいや、出したのは足ですよ」
足払いだからな!
「細かいなー。で、何?」
俺は頭を掻く。
「あー、そっすね。俺が言いたいのは喧嘩は止めよう。喧嘩は良くないってコトっすよ」
「喧嘩をー?」
「そそ。先輩、何やら、余所の学校に喧嘩を売りまくっているらしいじゃないっすか。そのせいで色々な学校が湖桜高校を目の敵にして迷惑しているんですよ」
「面白くなってるでしょ」
「先輩、一応、あんたが湖桜高校の番長なんだよな? 今の番長なんだよな? 番長らしくまとめろや。まとめるはずの番長が真っ先に火に油を注いでどうすんだよ。あんた、湖桜高校の二年の現状を知ってるのか? あいつら新一年を集めて金をせびろうとしてたんだぞ」
「ふーん。かつての無秩序で荒廃とした湖桜高校に戻ってきてるってことじゃん」
洗ったは楽しそうだ。俺は思わず頭を抱えそうになる。
あー、確かにかつての湖桜高校は底辺の馬鹿どもが通う、どうしようもない学校だった。確かに無秩序だったさ。だけど、違う。違うんだよ。上手く言えないが、違うんだよ。下衆の集まりになってどうするって話だ。
「あの遠野虎一が目指した県下の統一をねー。うん、そして、全国統一。もし、遠野虎一が、今、目の前にいたらさー、認めて、後押ししてくれると思うよ。饅頭君は後継者にしてはヌルくないかなー?」
しねぇよ。認めるとかしねぇよ。いや、まぁ、確かにあの頃の俺はそんなことを考えていたかもしれない。いや、でも、それは若気の至りというか――まぁ、確かにかつての俺も思っていたことだし、認めても……って、俺がその気になってどうする。
「認めないと思うぜ」
「饅頭君に何が分かるんだい?」
ああ、分かるぜ。分かりすぎるほど分かるぜ。
「先輩、そんな死んだ人間の夢を追いかけてどうするんすかね。餓鬼は――高校生は高校生らしく学園生活を楽しみましょうよ」
洗ったの表情が変わる。切れた時のカオル先輩のような鬼の形相に変わる。
「あ? 何も分からないくせによぉ! んだとぉ! 俺と、師匠の! 夢をよぉ!」
分かるんだよ。
俺には分かるんだ。
はぁ、ため息が出る。
コイツも、コイツの師匠とやらも遠野虎一って馬鹿野郎の幻影を追いかけて駄目になってやがる。
「先輩、何度でも言いますよ。そんな夢を追って――喧嘩で全国統一? 馬鹿じゃないですか」
「んだと」
洗ったはこちらを睨んでいる。いきなり殴りかかってこないだけの理性は残っているか。なら、少しは話を聞いてくれるか?
「その遠野虎一ですけどね、喧嘩に打ち込んで何が残ったんですか? 結局、くだらない殺され――死んで終わりじゃないですか。惨めな末路ですよ。悪いことは言わないから、今からでも高校生活を楽しみましょうよ」
「しらねぇ癖によぉ! 遠野虎一が事故で死んだから伝説になったんだろうがよぉ! だから、俺が、伝説の後を継ぐ。俺が伝説を甦らせる!」
そうか。
好きにやってな。
って、言いたいところだ。
はぁ。
ため息しか出ねぇなぁ。
これも前世の因縁か。
俺が後始末をするべきコトかもしれないな。
ああ、分かったぜ。
どっちにしろ、懲らしめて分からせるつもりだったんだ。
やることは同じだ。
「分かりましたよ、先輩。俺が、その遠野虎一って馬鹿野郎の夢から目覚めさせますよ!」




