27 こうけい!
「おい、クソイチがっ! 俺はまだ……」
「はいはい。偉い偉い。凄い、凄い」
「おい、こらっ!」
倒れている雷人の首に腕を回し、そのまま締める。
「はいはい、ちょっと寝てような」
「おい、こ……が……」
雷人が落ちる。
雷人は騒がしい顔のまま眠ったように動かなくなっている。もちろん死んじゃあいない。
ふぅ。無駄に元気でうるさいヤツだぜ。
「へー、あっさり落とすなんてやるねー。意外と難しいんだよね」
洗った先輩のこちらを見ている目の色が変わった。先ほどまでと違い、しっかりと俺を見ている。お? 少しは俺を意識したか?
でも、だ。
「先輩、俺はがっかりっすよ」
本当にがっかりだ。
「がっかりかなー」
がっかりだよ。
「雷人程度には圧勝で勝って欲しかったですよ」
「程度って饅頭君は酷いことを言うねー」
「先輩が圧倒的に強くないと、俺が勝ってもすげーって思われないじゃないですか。ホント、がっかりですよ。それでよく三年のトップをやれてますよね」
分かり易い挑発だ。ギャラリーも居ないのにすげーもクソもないからな。
で、だ。
さあ、これでどう反応する?
「んだとぉ、一年坊がぁ!」
だが、反応したのはカオル先輩と仲良く遊んでいた巨漢の方だった。そっちじゃないっての。
「おーい。テツオ、少しうるさいぞー」
洗った先輩が巨漢の方へと振り返る。
チャンス!
俺は低い体勢のまま足を伸ばし、洗ったへと足払いをかける。
だが、俺の攻撃はスカる。洗ったがひょいと飛び跳ね、俺の足払いを躱していた。なんだと……!?
こちらの動きは見えていなかったはずなのにッ!
しかし、だ。相手は空中ッ!
俺は地面に手をつけ、そのまま足を回す。足払いをかけたのと逆の足で空中の洗ったを狙い、蹴りを放つ。
!
その足を掴むように洗ったの手が伸びている。この、手癖が――悪いッ!
俺はとっさに蹴り足の膝を曲げ、その軌道を変える。だが、その時には、すでに洗ったは着地していた。そのまま俺の蹴りを悠々と躱す。
「洗った先輩、俺は饅頭君ではなく、有馬、有馬太一ですよ」
「へー」
「ま、無理に覚えなくても良いですけど」
もう一度蹴りを放つ。今度は、上段への横向きから回転を加えたハイキックだ。だが、その蹴りが同じような相手のハイキックに止められる。
俺はそのまま体を捻り、止められた足を軸として回し蹴りを放つ。
……。
俺が体を回し、洗ったを捉えた時には向こうも回っていた。回転蹴り。しかも、こちらよりも早い。
なんだ……と!?
向こうの蹴りがこちらに迫る。足癖も――悪いッ!
俺は空中でとっさに腕を立て、洗ったの蹴りを防ぐ。そのまま吹き飛ばされる。滑りながら着地する。
「先輩、随分と足癖が悪いじゃないですか」
「そっちもだよ」
洗った先輩が殴りかかってくる。迫る右の拳。その拳が目の前で抜き手に変わる。俺は左手を上げ、受け流す。腕を回転するようにして、相手の突きを受け、止め、流し、逸らす。
今度はこちらが右の拳で殴る。だが、相手に先ほど自分がやったのと同じように逸らされる。
力を込めた握り拳ではなく、中国拳法のように、抜き手で腕と勢いを使い突く。相手も同じだ。
突く。弾かれる。弾く。突く。弾かれる。突く。弾く。
パシン、パシンと手と手が打ち合う音が響く。埒が明かない。
俺は意を決して前に出る。俺の頬を洗ったの抜き手が掠める。手を引く動作と同じ早さで間合いを詰める。そのまま肩を押し当てるように踏み込む。
元デブの一撃を食らえィッ!
洗ったの体が浮く。浮く? いくら何でも、浮くのはおかしいだろ。自分で跳んで勢いを逃がしたか!?
だがッ!
俺は洗ったの腕を取る。そして、そのまま回る。背負い投げだ。
体を浮かせた状態なら逃げられないよなぁッ!
投げる。
だが、洗ったは体を器用に捻り、体を反らせブリッジするような姿勢で着地する。
な、んだと!?
そして飛び起きる。俺の背後へと回り込み、胴に手を回す。ヤバい、投げられる。俺の体が浮く。持ち上げられる。
両手を伸ばす。手で受け、曲げて衝撃を逃がし、投げられた、頭から落ちるのを防ぐ。
すぐに立ち上がる。
「先輩、俺を殺す気ですか」
頭から落ちてたら首をやられて――場合によっては死だ。
「人って意外と丈夫だよ」
目の前の洗ったは、のほほんとそんなことを言っている。
蹴る。その蹴り足が相手の蹴りによって防がれる。
殴る。受け流され、腕を絡め取られそうになる。すぐに腕を引く。殴りかかってくる。その腕を関節を決めるために絡め取ろうとする――が逃げられる。
回り込み、投げる。投げが抜けられ、逆に投げられる。体を捻り着地する。
ことごとく返される。いや、こちらも返しているからおあいこか?
……。
技が決まらない。
いや、違う。
決まらないんじゃない。
噛み合いすぎている。まるで自分を相手しているかのような錯覚に陥る。相手も俺の戦い方を知っているかのように――返し方が分かっている感じだ。
……。
洗ったが攻撃の手を止め、肩を竦めている。
「まさか同門とは思わなかったよー」
そして、そんなことを口走った。
「あ?」
同門、何のことだ?
「自分以外にも後継者が、習っていた人が居たとは思わなかったよ」
「ああ?」
この洗ったは何を言っているんだ?
「知っているんでしょ。あの伝説の人をさ」
「知らねえよ。突然、何を言い出すんだ、この先輩は」
俺は肩を竦める。
「隠すのかー。師匠以外にも教えていたんだね、あの伝説の人はさー。誰に習ったの?」
「誰にも習わねぇよ」
「あの伝説の男、遠野虎一の後継者は、師匠以外にも……他にもいた訳だよね」
ん?
んん!?
何処かで聞いたことがある名前だ。
うん、聞いたことがあるぞ。
すっごい聞き覚えのある名前だッ!




