26 ぜんざか!
「へー、面白いことを言うねー」
笑っている。向こうも笑っている。
「居るんだよな。身の程を知らないヤツってのはな」
洗った先輩の横に立っている巨漢がそんなことを言いながら頭を掻いている。おいおい、誰が誰の身の程を知らないって?
「他のヤツが来る前に俺が相手してやるよ。カオルも何で、こんなのを入れたのやら……」
巨漢が前に出る。
いやいや、俺が相手したいのは、そっちの洗った先輩の方だってばさ。
「いや、そのー、お気持ちは嬉しいですけど、ちょっと遠慮したいかなーっと」
「饅頭はありがとよ。だが、いきなりトップを狙うのは甘すぎるんじゃねえか? 俺からでも過ぎるくらいだろ」
巨漢が握った拳と拳を叩き合わせゴリラのような威嚇をしている。
「よっと」
そこでカオル先輩が動く。舞台の上から降りてこちらへと歩いてくる。
「たいっちゃん、テツオの相手はやったげるよ」
ん?
「おいおい、カオル。本気かよ」
巨漢がカオル先輩の方を見る。
「本気、本気、ちょー本気だよ」
この巨漢の相手はカオル先輩がやってくれるようだ。
「ま、さっきお饅頭を貰ったからねー。その分くらいは手助けしようかなーっと」
「たく。何でこの兄弟はこうも適当かねぇ」
「おー、テツオ、それ含まれてる?」
洗った先輩がこちらを見て笑ったままそんなことを言っている。こちらから目を離さない。少しでも振り返ったら――注意が逸れたら、動こうと思っていたんだけどなぁ。
油断出来ない。さすがは三年のトップか。
「ちょっと待てよ」
と、俺の肩が掴まれる。
ん?
俺の肩を掴んでいるのは――雷人だ。
「何だよ。雷人、おかわりか? お前の分の饅頭はもうないぞ」
「んだァ? 俺が先だ。俺が! 俺がアラタ先輩に認めて貰う」
雷人が俺の肩を無理矢理引っ張る。
「おい、雷人」
「アラタ先輩、いいですよね」
雷人は俺を無視している。
「あー、いいよ」
洗った先輩も俺を無視している。
おいおい、賄賂を渡したのに、酷くないか。
というかだな。分かっているのか?
雷人、これはスポーツじゃないんだぞ。喧嘩なんだぜ?
「雷人、お前さぁ、分かってるのかよ。そんなさ、噛ませみたいな、やられるために出てくるような行動するなよな」
「うるせぇ、クソイチが下がってろ。アラタ先輩、行きますよ」
雷人が構える。
ちっ、仕方ねぇなぁ。俺は後ろに下がる。そのまま舞台の縁に座る。完全な観戦モードだ。
「へー」
「ほー」
仲良くミット打ちのようなことをしていた巨漢先輩とカオル先輩も手を止め、観戦モードに移っている。
「ふっ、はっ」
雷人はボクシングスタイルで構え、軽くポンポンと跳ねていた。そういえば興味がなくて把握してなかったけどさ、雷人のボクシングスタイルはアウトボクサーか。
雷人がジャブを放つ。早い。早くなっている。俺が雷人をのした時よりもかなり早くなっている。
「おっ、おっ?」
洗った先輩が雷人のジャブを避ける。雷人は構わずジャブを放ち続ける。
「おっ」
雷人のジャブが洗った先輩を捉える。
パチンという軽い音。その音が次々と響く。雷人のジャブが洗った先輩を捉え続けている。
へ?
おいおい、洗った先輩、マジかよ。
洗った先輩の顔からは鼻血が流れている。早さを重視したジャブだけにダメージは少ないようだ。だが、いくら威力が小さいと言っても喰らい続ければヤバいはずだ。
雷人が左のジャブを放つ。洗った先輩が大きく回り込み避けようとする。だが、雷人は逃がさない。体をスイッチさせ、右手でジャブを放つ。
「か、はっ」
洗った先輩が雷人のジャブを受ける。
へ?
まさか、このまま雷人が勝つのか。洗った先輩って噂だけで実はたいしたことがない?
「たく。アラタのヤツ、遊びすぎだ」
巨漢が頭を抱えている。おいおい、遊びすぎって。油断してそのまま負けるんじゃないか?
「ジョージィ君、やるねぇ」
洗った先輩が鼻血を拭う。
「先輩、上路です。俺の名前は上路です」
雷人がジャブを放つ。続けて放つ。
だが、当たらない。ジャブが洗った先輩の顔面のギリギリ手前で止まっている。
雷人がジャブを放つ。当たらない。
洗った先輩が上体だけを動かしジャブを避けている。
「それはもう見た。他は?」
雷人がジャブを放つ。当たらない。急に当たらなくなる。
「くっ」
雷人が大きく屈む。その姿勢のまま、大きく前へと踏み込む。
そして、下から上に大きく拳を振り上げる。おいおい、ジャブが避けられているのに、そんな大ぶりなアッパーが当たるかよ。
って、当たった。
洗った先輩の体が大きく浮いている。マジかよ。
って、ん? いや、違う。
雷人の拳の上に洗った先輩の手が乗っている。小柄とはいえ洗った先輩を浮かすほどの威力は凄いが、それだけだ。防がれている。
「つーかまえた」
洗った先輩が雷人の拳を掴む。そのまま足を回す。首筋へと足を回し、雷人の体を蹴り倒す。
!
動く。
そして、そのまま掴んだ雷人の腕を逆方向へと……。
「はーい、ストップ」
俺は腕を折ろうとしていた洗った先輩と雷人の間に割って入り、それを止める。折るのはやり過ぎだ。
「先輩、折るのは酷いですよ。後輩いじめが過ぎますよ」
「おやぁ、饅頭君。さっきまで、そこで座っていたと思ったのに素早いね」
「そりゃあ、危ない動きが見えましたから。たく、雷人も雷人だ。ボクサーは掴まれたら不味いって、俺、教えたはずだったんだけどなぁ」
「だねー。セオリーは掴む、倒す、投げるだよねー」
洗った先輩は雷人の腕を掴んだまま、呑気にそんなことを言っている。
「そうですね。で、そろそろ、雷人の馬鹿を離してあげてくれませんか?」
「くっ、クソイチが、え、偉そうに、俺に」
「はいはい。強がらない。俺が止めなかったら折られていたぞ。この先輩、容赦ねえなぁ。ボクシング出来なくなっても良かったのかよ」
洗った先輩が雷人の腕を放し、立ち上がる。
「こっちは何度も殴られたんだから、これでおあいこだと思ったんだけどなぁ」
「はいはい、そっすね。噛ませの前座が終わったんで、疲れていると思いますけど、俺とやってくれませんかね」
「へー。お友達があっさりやられたのに随分と余裕だねー」
「お友達じゃないっすからね」
俺は肩を竦める。
洗った先輩も大きく息を吐き出し、肩を竦めている。
さあ、次が本番だぜ?
俺は雷人ほど甘くないからな。




