25 こっちだ!
ぼー。
放課後の教室で待っているとカオル先輩がやって来た。カオル先輩も真面目に放課後まで授業を受けたのだろうか? 学生だからな。あー、でも、音楽聴いて寝てた、とか普通にありそうだな。ありそうな先輩だ。
「たいっちゃん、行こうぜー」
カオル先輩は手を振り、楽しそうに笑っている。
「はい。で、そこまでは近いんですか?」
「まぁまぁ」
まぁまぁかぁ。距離があるのか、ないのか――全然分からんな。
カオル先輩とちょっとした雑談をしながら、その場所を目指す。そんな俺たちの後を雷人が無言で着いてきていた。
「おーい、雷人、着いてこなくていいぞ」
「!!」
俺がそう言うと無言で睨まれた。ビキビキと血管が浮き出そうな顔だ。切れれば良いのに。
そして、目的の場所に辿り着く。そこは駅前商店街の外れにある建物だった。入り口には地下へと降りていく階段がついている。
……俺は知っている。
俺の記憶は、この場所を覚えている。
「ここ、ですか」
「そ、ここ」
俺が知っている場所――だが、記憶と違う。あの頃は階段に座って行列をつくっているヤツらが居た。だが、今は人の気配がない。以前は馬鹿みたいに張られていた沢山の張り紙も、壁のスプレーで描かれた文字も、なくなっている。色あせてしまっている。寂れている。
「ここは……」
「あー、叔父さんが経営していたライブハウスだよ。以前は凄かったけど、今はさー」
そうだ。凄かった。ここで、色んなバンドが演奏して、色んなヤツらが居て――こんな寂れていなかったはずだ。
階段を降りてガタついた扉をくぐり抜ける。当然だが、そこには誰もいない。ハコの中は空っぽだ。かつてはあったはずの仕切り戸がなくなって奥の舞台が丸見えだ。
飲み物を出していたカウンターにはガラス片が散らばり、舞台の上には廃材や折れ曲がったシンバルが転がっている。
俺も別に、熱心に通っていたワケじゃないから、そこまで覚えているワケじゃあない。だけど、これは……。
「兄貴たちはそのうち来るだろうから、そこらに座って待っててくれよ」
座って、って、ガラス片が散らばっててそのまま座るのは危なそうだ。
俺は転がっている椅子を蹴り上げ、立たせ、その上に座る。
「それで、カオル先輩……」
「よっと」
カオル先輩が舞台に上がる。転がっている木の棒を拾い、折れ曲がったシンバルを叩く。
「喧嘩よりもさー、音楽をやってたいんだけどなー」
折れ曲がったシンバルからは軽快な音は出ない。ガンガンと金属の壊れた音が響くだけだ。
カオル先輩がその壊れた音でリズムを取る。叩く。
「ここはどうして、こんなに寂れたんです?」
「叔父さんが死んで、ここも取られてさー。で、駅商が寂れたら、放置だからさー、それでこの有様。酷くね?」
駅商? この駅前商店街のことか。
うーん。何と言って良いか分からない。とりあえずは、だ。寂れて廃墟になった、ここを集会場にしているってコトだよな?
「お、来たみたいだよ」
カオル先輩の声で振り返る。誰かが階段を降りている音が――こちらへと近寄って来ている音が聞こえる。一人、二人……か?
俺は椅子から立ち上がり、待ち構える。
そして、現れる。
「誰かと思えばカオルかー。ここに来るなんて珍しいね」
湖桜高校のブレザーを着た、カオル先輩とよく似たヤツだ。だが、その目つきはカオル先輩よりも鋭い。鋭い? いや、違うな。これは余裕がないヤツの目だ。
コイツが洗った先輩か。
「カオルかよ」
そして、もう一人。同じく湖桜高校のブレザーを着ているが、そのブレザーがはち切れそうだ。ゴツい。筋肉の塊のような巨漢だ。
「ん? おー、カオルだけじゃないね。もしかして、そこに居るのは一年?」
「ああ、知ってるぜ。例のだ。な? アラタ、言ったろ」
「だねー。そうか、言ってたジョージィ君じゃん。テツオの目が正しかったかー」
「だろ? 俺はやると思ってたんだよ」
巨漢が笑っている。
二人は俺を無視して雷人を――雷人とカオル先輩を見ている。
「だねー。まさか、ここまで乗り込んでくるなんてさー」
雷人を見ていた洗った先輩がニヤリと笑う。こちらを威嚇するような笑みだ。
「え? ち、違います。お、俺は……」
「最近は手応えのないのばかりだったからさー」
洗った先輩が腕を回し、肩をコキコキと鳴らしながら、こちらへと――雷人の方へと歩いてくる。
ん?
んんー?
「ちょっと待て、ちょっと待て」
俺は慌ててその間に入る。
「え? んー、誰?」
洗った先輩が首を傾げる。傾げている。
「あー、この馬鹿と同じ一年です。一年の有馬太一です」
「あ、そ」
凄く、興味がなさそうだ。
おいおい、俺の扱いが酷くないか。
俺はブレザーのポケットに手を入れる。
そして、そこから、それを取り出す。
「先輩、まずはこれを」
俺が取り出したのは……。
「なあに、これ」
「饅頭です。風が語りかけてくるほど美味しいですよ」
「マジで?」
「マジです」
洗った先輩が俺から饅頭を受け取り、包装紙を破る。そのまま一口で食べる。
「おい、アラタ。お前、いきなり、そんな訳の分からないのを……」
「うん。美味しいじゃん」
「でしょ?」
これで完全に注意をこちらへと向けることが出来たはずだ。洗った先輩は俺のことを無視できなくなったはずだ。
掌握したぜ。
「饅頭ありがとさん。で、ちょっとどいてよ」
「あ、そうだぞ。クソイチどけろ」
ぼうっとしていた雷人が何かを思い出したかのように、ハッと動き出し、叫ぶ。
うーん、小うるさい。
「ほら、雷人にもやるからさ。ちょっと黙ってろ」
「おい、コラ」
雷人が俺から饅頭をひったくる。そして、叩きつけようとしたのか、その手を大きく上げる。
……。
……。
……。
そして、何事もなかったかのようにブレザーのポケットにしまっていた。
「たいっちゃん、こっちはー?」
俺はブレザーから饅頭を取り出し、カオル先輩の方へ投げる。
「せんきゅー」
と、後は……。
「あー、そっちの先輩も」
俺は巨漢の先輩の方にも饅頭を投げる。
「おー、すまんな」
巨漢の先輩はしっかりとお礼が言える先輩だったようだ。
「えー、ないよ」
洗った先輩が俺を見ている。
「いやいや、先輩にはさっき渡しましたよね」
「えー!?」
「えー、じゃないっすよ」
洗った先輩が肩を竦める。
「で、誰なの?」
「あー、やっとですか。俺ですか。俺は、先輩たちを懲らしめにやって来たんですよ」
笑う。
頬が自然と引きつる。笑みがこぼれる。
やっと会えたぜ。




