23 あいさつ!
「おい、今日、湖桜高校最強の……来てるらしいぜ」
「マジかよ」
朝のホームルーム前の教室。そんな会話が聞こえる。
俺は窓際を見る。
そこでは肩肘をつき、物憂げな表情で校庭を見ている雷人の姿があった。いや、よく見れば、雷人のヤツはかすかにニヤついている。クラスの連中が噂している湖桜高校最強を自分のことだと思っているのだろうか。ばっかだなぁ。
まったく、コイツはさ。学校をサボったかと思えば何食わぬ顔して普通に出てくるし、悪いヤツだよなぁ。しかも、自分はちゃっかり窓際で後ろの席だもんな。そこは一番人気の席なんだぞ。俺なんてど真ん中だっていうのにさ。席替えがあった訳でも無いのに、ちゃっかり良い席を奪っているんだから悪いヤツだよなぁ。
うん、悪いヤツだ。
こいつは悪いヤツだ。
今度、俺は後ろの席を奪っておこう。やっぱり後ろが最高だよな。
俺は雷人の前に立つ。
「おい、こら、雷人」
「あ? 今日は変な呼び方をしないのか」
雷人は面倒そうに――かったるそうに喋る。ホント、ムカつくヤツだぜ。
「昨日、学校をサボって何をやっていた?」
「あ? それをお前に言う必要があるのかよ」
……。
無いな。
確かに無いな。
別に俺はコイツの保護者でも無ければ友人でも無い。
「無いな。ただ、俺が気になるから知りたいだけだ。だから、教えろ」
「馬鹿かよ。いちいち絡むんじゃねえよ」
「教えろよー。減るもんじゃ無いから良いだろう、教えろよー」
「ガキかよ」
お前の方がガキだろうが。
って、ん?
俺たちがそんなやり取りをしていると、教室が急に静まりかえった。
俺たちの会話も止まる。
周囲を見回す。
すると見知らぬ存在が教室を我が物顔で歩いていた。
「お?」
向こうがこちらに気付いたようだ。
フード付きのパーカーの上に無理矢理ブレザーの制服を着ている――それはカオル先輩だった。
「お、おー」
子どもみたいに手を振りながらこちらへと歩いてくる。
もしかしてCDを持ってきてくれたのか。昨日の今日で? なんつー、せっかちな先輩だ。
その時だった。
「!」
気怠そうに椅子に座っていた雷人が勢いよく立ち上がる。背筋をピンと伸ばし、それを直角に折り曲げる。
ん?
「あ、アラタ先輩、どーもっす」
雷人が頭を下げている。
ん?
俺はカオル先輩の方を見る。困惑したような顔、そして、それが徐々に不機嫌なものに変わる。
雷人が顔を上げる。
「アラタ先輩の方から自分の教室に来てくれるなんて……」
「あー、誰?」
「じ、自分です。じょじょ、上路、上路雷人です」
雷人はカオル先輩が少し不機嫌そうなのにびびっているようだ。声が弱々しい。
って、ん?
アラタ先輩? アラタって、俺が探していた先輩だよな? このカオル先輩が、そのアラタなのか?
え?
マジで?
「あー、えーっと、じょじょーじ、かな」
「上路です」
「あー、まー、なんでもいいよ。お前さー、誰?」
雷人が驚きの表情で固まっている。
「アラタ先輩……いや、その」
カオル先輩が手をポンと叩く。
「あー、じょじょじ君よー。兄貴か。アラタって兄貴のことだよな? じょじょじ君よー、兄貴の追っかけなら、兄貴と間違えるなよーなー。次やったら許さねーぞー」
カオル先輩は少し不機嫌そうだが、それでもニヤニヤと笑っている。
兄貴?
弟?
このカオル先輩は、アラタって先輩の弟なのか。あー、先輩は先輩でも三年じゃなくて、二年の先輩だったのかよ。二年の先輩には、もう、ろくなのが残っていないと思ったが、そうか。そうだったのか。
「で、たいっちゃんよー」
カオル先輩は、まだ何か言おうとしている雷人を無視して俺に話しかけてくる。
「あー、カオル先輩ちーっす」
「お、ちーっす。で、ほら」
カオル先輩は約束通りCDを持ってきてくれたようだ。ホント、早いなぁ。
「あざーっす」
「おうさー」
「家に帰ったら早速、パソコンで聞きます」
「おうさー。でもよー、パソコンで悪いことをしたら駄目だぜ。欲しかったら買う、当然のことだからさー」
パソコンで悪いこと、か。いやまぁ、分かるけどさ。
「いやいや、買うって、これ、レアものでしょ? なかなか手に入らないのに、買うって……」
「だからこそじゃん。自分で手に入れるのは格別。本物は違うのさー」
本物か。確かにそうだな。まぁ、このCDは復刻版だけどさ。
「了解っす」
「おーけーさー。気が向いたら湖桜高校に来てるからさ、適当に返してくれよ」
カオル先輩は笑いながら手を振っている。
ホント、馴れ馴れしくて調子の良い先輩だぜ。まぁ、キレるとアレみたいだけどさ。
って、待て待て。
このカオル先輩、アラタってヤツの弟なんだよな?
「あ、っと、カオル先輩、ちょっと待ってください」
「ん? たいっちゃん、何よ?」
「カオル先輩はアラタ先輩の弟なんですよね?」
カオル先輩の表情が変わる。少し不機嫌そうなものに戻っている。
「あ? 何、たいっちゃんも兄貴の追っかけ?」
「違います、違います。ただ、ちょーっと話したいことが、話をつけたいことがありまして」
「ふーん、で?」
「最近、学校に来てないらしいじゃあないですか。居場所を知らないかな、と」
「知ってる」
知ってた。カオル先輩、知ってた。
「でもさー、たいっちゃんでもさ、何の用か分からないと連れて行けないぜー」
カオル先輩が肩を竦めている。
俺は笑う――笑っていた。
「ちょーっと、調子に乗っているようなので懲らしめてやろうと思いまして」
無意識に笑いが出ていた。




