22 おんがく!
何事もなく放課後になる。
……。
結局、雷人は現れなかった。サボりか。結局、サボったのか。悪い奴め。不良だな。不良だ。
……帰ろう。
俺は帰宅部だ。家に帰るのが部活動だ。そして、帰る途中で息抜きをするのも部活動の一環だ。
気分転換を兼ねてちょっと寂れた駅前商店街をぶらぶらと歩いて見る。
「暇だな」
そこで前から気になっていたCDショップに入ってみた。たまにはこういうのも悪くないだろう。
CDショップ。当たり前だが並んでいるのは音楽CDばかりだ。色々な物が並んでいる。カセットなんかは並んでいない。カセットテープ、か。いや、うん、当たり前か。俺の前世の記憶から、かなりの時が流れているんだ。今は、もう、何処にもないだろう。
店内には、それなりに客の姿があった。最近はパソコンで音楽を聴く人が増えているということだが、まだまだCDの方が人気があるようだ。ま、パソコンを持ち運ぶことは出来ないからな。外で音楽を聴こうと思ったら、どうやってもCDになるんだから、当然か。
カセットテープはなくなったけどCDがなくなることは無いだろうな。
俺はCDショップの中をぶらぶらと歩く。遊ぶようなお金はないので眺めるだけだ。
色々なジャンル、色々な曲。ただジャケットを眺めるだけでも楽しい。
と、そこで一つのCDを見つける。
前世の記憶の当時に流行っていたヤツだ。復刻版だろうか? だが、これは前世の記憶関係じゃない――俺が、この曲を知ったのは前世じゃない。今の俺だ。
それはネット動画を見ていた時のことだ。その動画でこの曲が流れたのだ。その瞬間、俺は痺れた。一瞬で魅了された。それまで音楽に興味が無かった俺が魅了された。ネット動画の作者が、この音楽が好きで使ったのだろうが、最高の選択だと思ったぜ。
前世では喧嘩ばかりだったからな。音楽なんて興味が無かった。
俺はCDを取り、ジャケットを眺める。こんな風になっているのか。
欲しい。
欲しいけどお金が無いんだよなぁ。
「あ!」
と、そこで俺の背後から声がかかる。
俺が思わず振り返ると、そこに立っていたのはヘッドフォンを首にかけたちょっとチャラい感じのおにいちゃんだった。同い年くらいか?
「探してたのに……それ、買うの?」
声が若い。いや、確かに外見も若いんだけどさ、何というか小学生みたいな声だ。
「あ、いや、買いたいけど買わない」
「買わないのかよ!」
何故か目の前のおにいちゃんから突っ込みが入る。さっきの感じから、このおにいちゃんは、このCDが欲しくて探していたんじゃないのか?
「いやいや、買いたいけどさ」
「こんなすげぇ曲のCDを買わないのは人生の損だよ。最近、復刻したんだけどさー、これ、何処にもなくてさー、ホントのレアものだよ。ここにあるって聞いて余所から買いに来るヤツらがいるくらいなんだって。まぁ、バイブルみたいな曲だしさー」
このCDショップの店員かと思うくらいの押しだ。レアかぁ。希少なのかぁ。でも、な。
「金がないんだよ」
肩を竦める。お金に余裕があれば欲しいけどな。
「そうか、ならさー」
譲ってくれ、かな?
「買わせてくれよ。今度、貸すからさー」
ん?
予想通りの答えだったが、少しだけ違っていた。貸す? どういうことだ?
「貸すって……」
「自分はカオルって言うんだよ」
カオル君か。
「あー、えー、俺は太一、有馬太一です」
突然の自己紹介だ。
「たいっちゃん、その格好、湖桜高校だろ? 自分もなんだぜー。だから、今度、学校に持ってくるからさ」
一年で見たことはない。先輩だったのか。私服だから分からなかったぜ。
雰囲気といい、何というか湖桜高校らしくない先輩だ。
「カオル先輩でしたか」
「いやいや、カオルでいいよ」
妙に馴れ馴れしい先輩だ。
「いや、一応、先輩ですし……」
「遠慮するなよー」
本当に馴れ馴れしい。
「でも、カオルって言うと……」
「言うと?」
「あれですよ。ゴリラ?」
カオル先輩が腹を抱えて笑う。
「誰がブタでゴリラだよ。こんな美少年を捕まえて言うことかよー」
「自分で美少年とか言うんですか。そんなことを言う人、初めて見たよ」
カオル先輩は笑っている。
「それで、どう?」
「あー、お金も無いですから、カオル先輩がどうぞ」
「おー、たいっちゃん、すまないね。今度、貸すからさー」
貸して貰えるのはありがたい。
CDを買い、そのままカオル先輩とともにCDショップを出る。
「たいっちゃんはバイトとかしないの?」
バイトか。バイト先がなくなったからなぁ。
「したいんですけど。良いところがないんですよ」
「あー、分かる分かる。単車欲しくてバイト探しているけど、ほんと、良いところがないんだよなー。あっても湖桜高校だって分かると断られるしさー」
湖桜高校の扱い酷いな。
いやまぁ、ガラが悪くて有名な高校だから、警戒されるのも当然か。そうなると、やはり、おっさんのところが無くなったのは痛いなぁ。
「単車ですか?」
「そ、単車」
「俺は単車だとオフロードが好きですね」
「おー、たいっちゃん、分かってるじゃん。周りのヤツらがさー、ごてごてとデコったのが好きでさー。でもさー、それは違うと思っているんだよ」
カオル先輩の周囲には単車持ちが居るのか。金持ちだなぁ。
「オフロードは走行性も良くて、それにかっこいいですからね。街乗りでも映えると思うんですよ」
「そうそう。良いよなー。でもさー、連中はさー、たっぱの低いヤツには無理だって言うんだよなー」
カオル先輩の背丈は俺と同じか、俺より少し高いくらいだ。正直、背の高い方ではない。オフロードは意外と車高があるからなぁ。
「しかしさー」
「はい?」
「あの曲が好きな奴には悪い奴はいないと思っていたけどさー。単車の趣味も似ているって、これは運命か」
カオル先輩、運命とか意外と気持ち悪いことを言うなぁ。
「たいっちゃん、友達になろうぜー」
カオル先輩からの申し出だ。
なんつーか、自由なヤツだなぁ。まぁ、友達らしい友達も居ないし、同じ高校ってのも気楽だしな。まぁ、先輩だっていうのは少し気になるけど、友達になるのも悪くないか。
「それでさー」
カオル先輩と雑談を続ける。
「おい!」
と、そこに声がかかる。見たことのない制服だ。
「お前、馬鹿高だな」
あー、俺、ブレザーだもんな。一発で湖桜高校だって分かるか。分かるよなぁ。
「何の用だ?」
「何の用だぁ? なめてんのか、あ!? お前らがよー、調子に乗って何やってるのか分かってんのか、あ?」
……。
もしかして絡まれている、のか。
とりあえず説得をしてみることにした。
「おいおい、良く分からないが、暴力は駄目だぜ。争いは何も生まないからさ」
俺はカオル先輩と離れ、前に出てる。両手を広げて無抵抗アピールだ。
だが、制服野郎の反応は……。
殴られる。殴られた。
いきなり手を出してくるのか。
「たいっちゃん」
カオル先輩がこっちに来ようとするが、それを手で止める。
「カオル先輩、大丈夫ですから」
殴られたのはわざとだ。相手が手を出してきた時点で、こちらの対応は決まった。だから、わざと殴られた。
これで俺の正当防衛だな。
う、うーむ。争いは良くないけど、絡まれたのなら仕方ないよなぁ。
「あ? カオルだって? 女みたいな名前の奴だな」
制服野郎がカオル先輩の名前を聞いて笑っている。そうか? 別にカオルって男でも良くある名前だと思うんだけどな。
だが、それを聞いたカオル先輩の動きは早かった。
俺が気付いた時には制服野郎に殴りかかっていた。
「あ? 誰が! 誰の名前が! 女みたいだ? あ? 言ってみろ、コラ。死にてぇのか」
制服野郎を掴み、容赦なく殴り続ける。その形相は鬼気迫る物がある。
あ、前言撤回。やっぱ、この先輩も湖桜高校だわ。




