11 せんこう!
「こ、この野郎があぁ!」
猫屋はぶらぶらの腕を掴んで叫んでいる。
「全治一ヶ月とかですかね? 先輩、早く病院に行った方が良いですよ」
猫屋が俺を睨む。まったく親切に忠告しているだけだというのに理不尽なものだ。
「もう逃がさないからな。囲め!」
猫屋が叫ぶ。
結局、そうなるのか。
俺と雷人を取り囲んでいた先輩方がじりじりと動き出す。猫屋を倒した俺を警戒しているようだが、何かきっかけがあれば一斉に襲いかかってくるだろう。
「ちょっと待った」
だから、それに待ったをかける。
「あー?」
「ああー?」
「あー?」
二年の先輩方の動きが止まる。随分と警戒してくれているようだ。
俺はブレザーのポケットの中に手を入れる。
「先輩、閃光弾って知ってますかね?」
先輩方はどう反応したら良いのか頭に疑問符を浮かべ首を傾げている。
「爆発して目を潰すほどの光を出す爆弾ですよ。それを今、俺が持っているとしたら?」
こちらを取り囲もうとしていた先輩方の足が止まる。俺の隣に立っている雷人も目を大きく見開き驚きの顔で俺を見ている。
「はったりだ」
「そんなの持っているはずがないぜ」
「そうだ、そうだ」
そう言いながらも先輩方はじりじり後退っていく。
「そうかな? 今はネット通販で何でも買えるんだぜ? 材料を買って作ることが出来るとは思わないかなー?」
先輩方が不安そうに顔を見合わせている。
「俺がさ、何の用意もなく、ほいほいついて行くなんておかしいと思わないか? この部室に来る途中でさ、いつでも逃げ出せたのに、そうしなかったんだぜ?」
「た、確かに」
「いや、でも」
先輩方は何やら納得して頷き合っている。
「お、おい、本当かよ」
隣の雷人が俺の肩を掴む。まったくこいつは……。
「じゃあ、遠慮無く行くぜ」
俺はブレザーのポケットからそれを取り出し、転がす。
先輩方は怯えたように頭を抱えしゃがみ込む。
転がったのは……ただのボールペンだ。いや、こんなものしか持っていなかったからさ、仕方ないじゃん。
隣の雷人を見ると……雷人も頭を抱えしゃがんでいた。何やってるんだ、コイツは。
「おい、馬鹿。お前まで何やってるんだよ。逃げるぞ」
雷人の肩を掴み、無理矢理立たせる。そのまま俺は扉の方へ走る。
扉の前には目を閉じ、こちらから顔を背けた先輩が立っている。俺は走り、膝を折り曲げ体を沈める。そして、そのまま扉の前に立っている先輩を目指し飛び上がる。相手の胸元を目掛け、折り曲げた膝を伸ばす。
必殺のドロップキックだぜ。
扉ごと吹き飛ばす。
「おい、雷人逃げるぞ」
道は開いた。
後は逃げるだけだぜ。
「ま、待てよ」
慌てた様子で雷人がこちらへと走ってくる。
「待たねえよ。お前も逃げろ」
三十人近いヤツらを相手になんて出来るか。相手するにしても一度に全員じゃない。各個撃破だ。
部活棟を抜ける。そのまま校舎の影に隠れる。
「おい、こら、待てー」
「逃げんじゃねぇ」
色々な声が聞こえる。やれやれ。
「何処行った?」
「あっちじゃねえか?」
「別れて探そう」
はぁ。
思わずため息が出る。
ホント、この先輩方はさ。
「誰が逃げたって?」
先輩方が別れて動いたのを見てから俺は姿を現す。
「お、おい。こんなところに」
「もう逃げらんないぞ」
先輩方がニヤニヤと笑い、こちらへ歩いてくる。残っていたのは二人、か。
「なぁ、先輩、勘違いしてるよな」
話しかける。
「あ?」
「ああん?」
俺は腰を沈め先輩の一人へと突っ込む。タックルだ。そのまま足を掴む。引っ張り上げる。
「お、おい、こら」
相手の足を脇に抱え、そして、まわる。
「ぐーる、ぐーる」
「お、おい、やめろ」
まわる。
「はーい、飛んでけー」
そして、手を離す。回していた先輩がもう一人へと突っ込む。二人が絡み合い、倒れる。
「いやあ、先輩方のトップである猫屋を倒した相手にさ、なんで二人で勝てると思ったんだよ」
数の有利を捨てるとか、ホント、馬鹿だよなぁ。これも経験の差か? 俺が言うのもなんだけどさ、考えが足りないんじゃないですかね。
転がっている先輩の前に座る。
「他のヤツにも伝えて欲しいな。これ以上やるなら容赦しないってさ」
さあて、雷人は無事に逃げ切れたのだろうか。まぁ、どうなろうがしったことじゃないけどさ。
さて、と。
今日はもう帰るか。今から普通に授業を受けるのもなぁ。まったく激しい毎日だよ。
腐っても湖桜高校ってことか。
そして、次の日。
俺は教師に呼ばれ、職員室に居た。最初は授業をサボったことについて注意されるのかと思った。だが、どうも違ったようだ。
教師の横にはニヤニヤと笑っている金髪野郎の姿があった。
「この紙屋から聞いたんだが、お前、部室棟で暴れて紙屋たちに怪我を負わせた上に扉を壊したそうだな」
教師はそんなことを言っている。
かみや? この金髪野郎の名前か。
「先生、そうなんすよー。弁償が必要ですよー」
金髪野郎はニヤニヤと笑いながらそんなことを言っている。
こいつは……。
いや、確かに暴れたのも、扉を壊したのも間違ってないけどさ。
しかし、それを教師に言うか。教師も教師だよ。こんな金髪野郎の言うことを信じるとかさ。いかにも怪しくて胡散臭い嘘吐き野郎じゃねえかよ。
「他のヤツもお前が暴れていたと言ってたぞ。猫屋は骨を折られたそうじゃないか」
教師は面倒そうな顔でため息を吐き出している。本当に面倒なのだろう。
ため息を吐きたいのはこっちだぜ。教師にチクるとか小学生かってぇの。
「先生、先輩方とは部活の体験練習をしただけですよ。嘘だと思うなら二年の猫屋先輩に聞いてください。まさか! 三十人ほど居た先輩が一人の一年にやられるようなことがあると思いますかー」
俺の話を聞いた教師は眉間にしわを寄せ、微妙な顔になる。
まったく情けない話だぜ。




