01 こんちは!
引き籠もり。
今の僕のステータスだ。
数年後には自宅警備員にランクアップしているだろう。最近はやりのニートになるのだ。
だが、今の僕はまだ登校拒否児童でしかない。僕はまだ中学生だ。義務教育という面倒なものに縛られている。
だけど、今更、学校に行って何になるのだろう。
部屋に引き籠もり、パソコンでネット動画や情報を漁る。学校に通っている奴らでは得ることの出来ない裏の情報を手に入れる。僕は連中とは違う。裏の世界を知っているんだ。
ネットには秘密の情報が沢山詰まっている。
引き籠もり始めてからは、お小遣いが貰えなくなったので、やることと言ったらネットだけ。ネットからフリーのゲームをダウンロードして遊ぼうにもパソコンの性能が足りない。だから、僕の出来ることは、時々、かくかく動くようなネット動画を見たり、裏掲示板を見たりすることくらいだ。
パソコンを買い換えて欲しいし、新しいゲームで遊んでもみたい。だけど、それを親に頼むのは嫌だった。
……。
外から物音がする。誰かが近づいてきている。
そして、扉の前に、ガチャンという乱暴な音とともに何かが置かれる。
……多分、僕の晩ご飯だろう。持ってきたのは妹だろうか。
声が聞こえる。
「なんで私があれのご飯を運ばないと駄目なの!」
「そう言わないの。あなたのお兄ちゃんでしょ」
「あいつのせいで私が学校で苦労しているの知ってるでしょ! 友達も呼べないし、最悪!」
妹はわざと僕に聞こえる声で喋っているのだろう。これでも小学校の頃は仲が良かった。仲が悪くなったのは中学に上がった後……僕がいじめられはじめてからだ。
そう、僕は学校でいじめられていた。
最初は些細なことだった。
あいつらが少し太り気味の僕の体型をいじって『デブイチ』と呼び始めたのが最初だ。僕はデブイチじゃない、僕の名前は『太一』、『有馬太一』だ。だから、そのあだ名で呼ぶなと伝えた。だが、やつらはそれが面白くなかったらしい。空気が読めない、反抗した、と言って、僕をいじめ始めた。
最初は無視だ。クラス全員で無視だ。小学校の時には仲が良かったヤツらも僕を無視した。そして、僕が何も抵抗しないと分かると、ヤツらのいじめはエスカレートした。朝、挨拶代わりに殴りかかってくる。ノートや教科書に落書きされる。椅子に座っていると後ろから蹴られる。
好き放題だ。
親に相談した。だが、あいつらは子どもの間の問題だと僕に関わろうとしなかった。教師も同じだ。反抗しないこちらが悪いと取り合わない。反抗した結果がいじめなのに、あいつらは何も分かっていない。分かってくれない。
僕は次第に学校へ行かなくなった。当然だ。
僕が引き籠もるのも当然だ。
あいつらが悪い。
そんなことを――あいつらのことを考えているとお腹が空いてきた。空腹だから苛々するのだろう。
晩ご飯を食べよう。
引き籠もる前よりも重くなった僕の体に椅子がギシギシと悲鳴を上げる。引き籠もり始めてから一年以上が経っている。最近、さらに体が重くなって動くのも大変だ。誰かがご飯を食べさせてくれたら良いのに、と思いながら扉の前に立つ。
そのまま扉に耳をくっつけ、外に気配がないかを探る。自分の姿は誰にも見られたくない。誰もいないことを確認し、すぐに扉を開ける。そして、お盆ごと晩ご飯を回収する。
今日の晩ご飯はカレーライスだ。多分、レトルトだろう。手抜きだ。僕のご飯だけ、あからさまに手が抜かれている。
いいさ、僕がお金持ちになっても、あいつらには何もしてやらない。
パソコンデスクの上にカレーライスを置く。ネットサーフィンをしながら晩ご飯だ。
椅子に座る。
その時だ。
古くなっていた椅子が僕の体重に耐えきれず、壊れる。
あっという間に、僕はひっくり返っていた。思いっきり頭を打ち、転がる。痛み。
激痛。
死ぬ。
こんなことで死ぬのか。僕は死ぬのか。
痛み?
そう、痛みだ。
前にも同じような痛みを、痛みを知っている。
あれは、なんだ?
なんだった?
暗闇の中から光が……。
僕の、俺の前にトラックが突っ込んできた記憶だ。
思い出す。
何の記憶、何の記憶だろう。
思い出す。
もっと思い出す。
深く思い出す。
あれは最後の記憶?
くつろいでいたところにトラックが突っ込んできた。そのトラックを運転していたのは安彦だった。ヤツの目には殺意があった。俺を殺すために、そこまでやるのか、そう思ったのが俺の最後の記憶だった。
俺?
僕?
もう、どっちでもいい。
デスクへ縋るように起き上がり、パソコンに向かう。そして、調べる。ネットなら情報が残っているはずだ。
……。
見つける。見つけた。
二十年前のニュースだ。
サイドブレーキの引き忘れによりトラックがビルに衝突。ビルの中に居た無職の遠野虎一(三十二歳)がそのトラックに挟まれ死亡。
俺……だ。
思い出した。
僕は、俺は、遠野虎一だった。
これは前世の記憶か? 今の自分の記憶がなくなった訳じゃない。僕は僕だ。有馬太一だ。だけど、遠野虎一の記憶も持っている。
自分が変わった訳じゃない。だけど、思い出した。
笑える。
笑いが出る。
自然と笑いが出てしまう。
何をしているんだよ、俺。
俺、死んでるじゃん。
でも、僕は生きている。
アウトローだった俺が、喧嘩に明け暮れていた俺が、無力なデブの中学生? 引き籠もり? らしくない。思わず肩を竦めてしまう。
あー、そういえば小学校の授業で人は生きた環境に左右されるってやってたなぁ。環境によっては引き籠もりのデブになるのか。そうか。
自分が変わった訳じゃない。ただ、前世の記憶を思い出しだけだ。
だけど、生まれ変わった気分だ。
これが俺だ。
2020年1月20日誤字修正
いじめられ初めて → いじめられはじめて