事実確認とテスト再臨
とにかくも、戻ってしまったものは仕方ない。
「……とりあえず……テスト勉強でもするか」
帰り道での記憶は、夢であったと信じたい。
そんな願望を持ちつつ。
「……三角関数……」
俺はふと、机の上に広げてあったノートをパラパラと見返す。
『6/28 指数法則復習』
『7/3 底の変換公式練習』
『7/8 常用対数の応用』
……改めて見ると、本当にこの単元しか復習してない。
うちのテストでは過去の内容を忘れないよう、3、40点分ぐらいは昔習った内容が出題される。
それが、今回は、三角関数……?
未来を知っている、というのは妄想だろうか。
あれが夢であるなら、今回の範囲にがっつり被っているこの単元を勉強すべき。
ただ、もし現実だったなら……?
……と、とりあえず事実確認をしよう。
こういうとき、何気に頼れるのが携帯だ。
俺はよく、なにかと携帯をいじってしまうタチだから、その使用記録を見てみればどんな状況なのかが把握しやすくなるかもしれない。
俺は、設定画面から使用履歴の項目を選び開いてみる。
「えーっと……このゲームが15分、悠介との電話が3分ちょっと……それから世界史の調べ物が26分……」
……どうにも、俺が7/13のこの時刻現在まで、俺が記憶している限りで完全に合致している。
これはいよいよタイムスリップ説が濃厚になってきた……
いや、まだ不十分すぎる。
そんな妄想じみたことが起きるはずがない。
とりあえず、別の情報を……
「……あっ!」
俺はここで一つ思いつく。
俺があの記憶の中で摂った7/14の朝食と、テスト内容。
それまでもが合致すれば、俺はいよいよ認めざるを得なくなる。
判断はそれからで良い。
とりあえず今日は、三角関数を勉強して早く寝よう。
……。
そして、7/14朝6時。
俺は部屋のカーテンを開け、うーんと伸びをする。
「ふぁぁぁ……」
思わず欠伸が出てしまう。
俺は窓ガラス越しの朝日を浴びながら、少しずつ頭を働かせ始める。
確か、今日の朝食は……。
もし、あれが現実なら、卵焼きに味噌汁、そして妹が気まぐれで作ったパンケーキ。
妹が朝早く起きて料理をするなんてことは滅多にないし、そのメニューもまちまちだからかなり信憑性は高い。
……とりあえず、確認するために、1階に降りて食卓へ向かわなきゃな……。
俺は朝っぱらからいきなり高鳴る鼓動を感じながら、ドアを開けて階段を降りる。
そして1階。
居間へ向かうと、そこには俺よりも早く椅子に座っている妹の姿が。
「あ、お兄ちゃんおはよう。今日、ちょっと作りたくなって……」
「……これは……パンケーキか?」
「そうそう!……美味しくできたかな?ちょっと食べてみてよ」
パンケーキの前に。
……これはすごいことになってきた。
妹がパンケーキを作ったという事実、これは先述の通り二度起こりうる可能性はすごく低い。
さらには、皿の配置やパンケーキの形、味噌汁の見た目などすべてがデジャヴ満載。
「……?どしたの?」
椅子を前にして唸る俺を、妹が不思議そうに覗き込む。
「……、……いやなんでもない。じゃあ、せっかくだから、パンケーキ、貰うよ」
俺は半分思考停止させながら、頂きます、と合掌し目の前のパンケーキをひとつまみ、口に運んでみる。
「……どお?」
妹は興奮しながらも少し緊張した様子で感想を求めてくる。
この反応……これもだ。
これも見たことある。
そして味。
少し砂糖を多目に使ったせいか若干感じる甘み。
この、僅かな失敗……これさえも。
「うん。砂糖がちょっと多いような気もするけど、おいしいよ」
「やったぁ!たまにはこういうお菓子も作ってみたかったんだ」
俺は前回同様、当たり障りのない回答をしておく。本心でもあるしな。
まぁ、もうここまで反応が同じならウンザリもしてくる。
「さ、海斗、未玖、早めに食べちゃいなさい。今日は二人ともテストでしょ」
妹である未玖も、通っている中学校で定期テストがある。だから、母さんも未玖も早めに朝食を用意し余裕のある登校ができるようにしていた。
「「はーい」」
俺たちはそれから、来たるテストの存在を自覚し少し緊張しながらも、戦闘に備えしっかりと朝食を摂った。
そして、時は過ぎ2時間目。
「はじめ!」
試験監督の鋭い声が、教室に響き渡る。
ゴクリ。
俺は、唾を飲む。
1時間目の現代文に関しては、いつも授業の内容をそのままテストに出すだけだから毎回似通った内容になる。
……問題すべてが一言一句同じだったのは気になるが。
とにかく、一番イレギュラーなのはこの数学。
教科担任が、「受験を見据えた試験を」と言って、いろいろな大学の過去問を引っ張ったり入試対策の問題集から引用したりする。
このため、単元としての範囲は広くなくとも守備範囲としては莫大なものになる。
それに、毎回出題元の大学も違うためこれがなかなか読めず多くの生徒が苦戦しているところでもある。
つまりは、これがあの現象の、最後の鍵。
これが同じかどうかで、俺に起こった現象の名が決まる。
夢か、タイムスリップか。
俺は意識を戻し、テストを恐る恐る裏返す。
あの現象の中では、例の三角関数の問題は大問3。
氏名を書いてから、もう一度、ゴックン、としっかり唾を飲み込んで、ゆっくりと視線をテストの左下へ向ける。
あるなら、この位置だ。
そこに書かれていたのは──!
『3. 0≦x<2πのとき、次の関数の最大値と最小値があれば求め、そのときのxの値も求めよ。
⑴ y=sin2x+cosx-3
⑵、……』
その先を読まなくてもわかる。
この問題は、どう考えても三角関数の問題。
しかもあろうことか、それは俺が前見たものと全く同じ。
これで確定した。
まだ、三角関数が出たというだけでは断定できない。
しかし、問題が完全に一致。
しかも問題文までだ。
加えて朝のパンケーキの件。
……もう素直に認めるしかないのだろう。
ここまで来たって、当然到底信じられる話ではない。
しかしこれは現実。
どう泣こうが喚こうが、無かったことになるわけではない。
「はぁーーー……」
俺はテスト中ということも気にせず、大きなため息をつく。
どうやら俺は。
本当にタイムスリップしてしまったらしい。