前へ進むために
ヨシュアたちがマーセナルへと帰ってから早くも十日余りが経った。あれからニア達とは中々会う時間が取れなかったが、頻繁に連絡だけは取り合っていた。そして今日久しぶりにニアとライ、それからニアの父親と話すことになっている。ニアに指定された場所は町はずれの料理屋だ。きっとギルドの酒場では騒がし過ぎるからと、少し静かな場所を選んだのだろう。
一先ずロイと待ち合わせ、それから「真夜中の子羊亭」という店へと向かった。時間よりも少し早めに辿り着いたが、ニアたちは既に待っていてくれた。ライもニアの父も相変わらず痩せてはいるが、三人とも元気そうで、とりあえず安心した。席も予約してくれていたみたいなので、さっそくとばかりに中へと案内される。
中へ入った一行は四角いテーブルに向かい合って座る。向かって右から父親のルフレ、ニア、ライの順番だ。ヨシュアはロイの左側に座った。
席に着くとまず始めにメニューと睨めっこした。ニア達もこの店を利用するのは初めてだったらしい。もちろんヨシュアも、たいていの日はギルドで夕食を済ませてギルドで済ませてしまうので、この店は初めて訪れた。
店内は予想通り落ち着いた雰囲気だ。木造づくりの内装に、温かみのある照明。派手さはなく、所々に掛けられた絵画もセンスがいい。ヨシュアたちの他には一組の老夫婦の姿も見えた。個室では無いが、壁際の席を案内してくれたのも有難い。
全員が飲み物と料理を頼み終えると、少しの沈黙が訪れた。正直ちょっと気まずい感じだ。でもここはニアたちが口を開くのを待つしかないので、ヨシュアとロイは大人しく静かにしていた。
意外なことに、初めに口を開いたのはニアではなくルフレだった。といっても、娘に思いっきり小突かれていたのが見え見えだったが。
「あぁ…… えっと、この度は招待を受けてくれて本当にありがとう。今日は私たちの奢りだから、何でも好きなものを注文して欲しい」
口下手で人見知りなのか、視線も定まらないまま、一先ずと言った感じで挨拶するルフレ。ヨシュアたちも一先ずとばかりに軽く頭を下げる。ニアが父の隣で「違うでしょ」とまたしても激しく小突く。
「い、痛いよ、ニア」
「痛いじゃない! 何話すかも決めたんだから、ちゃんと話進めてよ」
「そうだけど、それならニアが話してくれても…… 」
「アタシからじゃダメなの!」
ひそひそと、けれどハッキリと耳に届く二人のやり取り。二人は真剣なのだろうけど、見ているだけで可笑しくて、つい笑ってしまいそうだ。その隣ではライがニア達を横目に大人しく座っている。くすりとも笑わないけれど、その目はいつもより穏やかに見える。
中々前へと進まないやり取り。本題へと入るより先に料理が並び始める。目の前に置かれたのは鳥の丸焼き。ロイは遠慮なくそれにかぶりつく。相変わらず五人のテーブルは静かだったけど、重苦しい雰囲気も無い。それにニアとルフレの間には、まだぎこちなさが残っているけれど、二人の関係は決して悪くないように見える。
「えっと、その、今回は君たちにも随分と迷惑をかけたね。許して欲しい。この通りだ」
そういってルフレは深々と頭を下げた。隣でニアたちもヨシュアに向かって頭を下げるので、慌てて「頭を上げてください!」とヨシュアは言った。
「困りますよ。俺たちは別に大したことしてないし。当然の事をしただけだと思っているので」
「まったく当然なんかじゃない。勝手に街を離れたアタシを心配して山一つ越えた先まで捜しに来るなんて、お人好しも過ぎるよ」
「そんなことは…… 」
「そんなことある! それに、依頼も出していないのに助けてくれるなんて、普通は無いよ」
「<金色の鬣>ならそうかもしれない。でも<浮雲の旅団>の傭兵なら当然だよ。なあ、ロイ?」
口いっぱいの焼き飯を頬張ったロイが、首を縦に振る。それを見てヨシュアは言った。「ほらね」
「ほらね、じゃない。そんな簡単に許してもらったら、アタシ達の立場がないじゃない」
「んー、それなら傭兵らしくお金で解決しよう。此処の食事代と、それから向こうのギルドを派手に壊した時の修理代ってことで、いくらか貰えたら…… 」
「当然それは払うよ! 他にももっと、いくらでも言ってよ!」
「でも、失礼だと思うけど、ニアのお父さんってあんまりお金ないのでは?」
ヨシュアが指摘すると、ルフレは恥ずかしそうに頭を掻いて、「そうなんです」と小声で言った。同情されて嬉しかったのか、口元に微かに笑みを浮かべる父親。そんな父を情けないと感じたのか、ニアがすかさず脇腹を小突く。
「い、痛いって…… 」
「痛いじゃない! それにお金があるとか無いとか、そんなの関係ないよ。この恩はきちんと返さないと、アタシ達親子は前へと進めない」
ニアの目は真剣だった。下手な同情はいらないと目で訴えかけていた。
ただそう訴えられても、ヨシュアとしても困る。何か見返りを求めてニアたちを助けたわけでは無いからだ。
すると、此処で今日初めてライが自分から口を開いた。
「ヨシュアさん。ニア様もルフレ様も、もちろん私も、ただお二人の力に成りたいだけなのです。それも出来れば今すぐにでも、気持ちを込めた恩返しの機会を与えて頂きたいのです。そうでないと心苦しくて仕方が無いのです。我がままかとは思いますが、此処は一つ、私たち三人に何か任せては頂けませんか?」
こんな時ジークなら、とヨシュアは思った。人を使うのが上手い彼なら、何か妙案が思い浮かびそうだと思ったのだ。
悩んでいると、隣りでロイが冷たい烏龍茶を、口の中の料理を胃の中へと流し込むかの如く一気に飲み干した。そしてヨシュアの代わりに言った。
「そんなに働きたいなら、いい案があるぜ。数日間、予定空けとけよ」
そう言ってロイは悪戯っぽく笑った。良くも悪くも、ロイは何かを企んでいるようだった。




