試験の結末
レオとの決闘は予想外の引き分けに終わった。
当然不本意だが、アーノルドの下す決断に納得するしかない。
他の受験生の決闘を見ながらヨシュアは先ほどの試合でアーノルドに言われた言葉を考える。
(引き分けの意味…… か。俺の欠点は『決め手に欠ける』ということ。それは自分が一番よくわかっていることだ。レオも言っていたけど、あの程度のダメージなんて<自己再生>ですぐ治せるから有効打には程遠い。一度接近した後は試合を優勢に進めた自負はあるけど、それだけだ)
やれることはやった。
試合も有利に進めた。
だが勝負を勝ち切ることはできなかった。
もしあのまま仕合が中断されなかったとして、負けることはなかっただろうが、勝つことも難しかっただろう。
あのときヨシュアは奪った剣をフィールドの隅にわざと残した。レオの考えた通り駆け引きのためだった。見え見えの罠だとヨシュア自身よくわかっていたが、あの時はそれにすがる程に決め手に欠けていたのだ。
────気持ちを切り替えなければならない。
次の決闘に備え、他の受験生の戦いを観察するヨシュア。
次々と試合は進んでいく。
クノンは順調に勝ちを重ねる。先ほどヨシュアと引き分けたレオも、次の試合ではうまくマジックワイヤーを使っての完封勝ちをみせる。
だが、いくら待ってもヨシュアの出番は回ってこない。焦らされているようで、ヨシュアの中に何とも言い難い焦燥感が募っていく。
そしてアーノルドは試験の終わりを告げる。とうとうヨシュアの出番は訪れなかった。
引き分けの一試合のみ。
おそらく試合に一度も勝利しなかったものの中では唯一、二度目のチャンスを与えられなかった。仕方がないと思う気持ちと、割り切れない気持ちが入り混じる。
その様子を側で見ていたクノンもヨシュアに何と声を掛けたらいいか分からなかった。
◆
私服に着替えたのち他のグループと合流し、受験生たちはホールのようなところに集められた。いよいよ聖騎士見習い試験の合否が発表される。
前に立つのは聖騎士の小隊長でもあるアーノルドだ。
「これから、午前に受けてもらった筆記試験と、先ほど受けてもらった実技試験の結果を踏まえて合格かどうか発表させてもらう。今回の合格者は二十八名だ。名前が呼ばれたものだけ、入隊の説明を行うためこの場に残るように。その他の者は、今年は残念だが不合格となる。不本意かもしれないが速やかに退出するように。それでは合格者の発表を行う────」
アーノルドが名簿を読み上げていく。名前が呼ばれた受験生は喜び立ち上がって前に出る。クノンとミシェル、そしてハンスの名前も呼ばれる。
「レオナルド!」
レオの名前も呼ばれた。
確かに彼は全体を通して成績は優秀だった。だからレオが呼ばれたことに不満は無い。
だが、意外にもレオは、名前が呼ばれたにも関わらずあまり嬉しそうではない。
────そして……
二十八名の名前すべてが読み上げられた。しかしそこにヨシュアの名前は無い。
アーノルドの「以上!」の言葉がホールに響き渡る。同時に至る所からため息が聞こえてくる。そして名前を呼ばれなかった者たちは、暗い表情を浮かべながら静かに退出の準備を始める。
ヨシュアは左手の拳を強く握りしめた。
ヨシュアはこの結果に納得がいかなかった。
ヨシュアは今までずっと、この日のために生活のすべてを捧げてきたつもりだ。努力が不足していたとは思えないし、まして試験の結果が不十分だとも思えない。
だが<決闘>の試験を終えた時から、なんとなくこの結末は予想していた。あの一戦でアーノルドに『片腕が無い』ということの限界を見られた気がしたからだ。
アーノルドが合格者を別室に案内しようとする。
しかしそれに待ったをかける者がいた。
「待って下さい! 私、納得できません!」
受験生が帰り始めるなか、アーノルドに駆け寄り抗議するその声はクノンだった。決して大きな声ではないが、その表情からは確かに強い意志を感じる。
「私、ヨシュアが不合格なのが納得できません。全体を通して私よりもずっと成績も良かったのに、どうして不合格なのか、この場ではっきりと説明してください!」
ヨシュアのために抗議してくれるクノン。
ヨシュアは嬉しい反面、この抗議がクノンの合格を取り消してしまうのを恐れ、慌てて駆け寄り二人の間に割って入る。
「ダメだ、クノン! 俺のためを思ってくれているのかもしれないが、それだけはダメだ!」
「…… でも!」
クノンは納得いかないといった表情だ。もちろんヨシュアも試験の結果には納得がいかない。
けれど、それ以上に自分のためにクノンの合格が取り消されるのはもっと嫌だった。
すると意外なところからクノンの意見に同調するものが現れた。
それはレオだった。
「私も、なぜ彼が不合格なのか理由を知りたいと思います」
「君は…… たしか『片腕』の彼が聖騎士になるのは反対だったのではなかったか?」
「その通りです。そしてその考えは今も変わりありません。ですが、試験の結果とはまた別です。彼が合格に足る結果を出してきたことは認めざるを得ません」
レオはこちらを一切見ることはなかった。だがヨシュアのことをほんの少しだけ認めてくれていることは伝わってきた。
二人の抗議を受けて、アーノルドはヨシュアの方を見て尋ねる。
「ヨシュア君。君はどうだ? この試験の結果に納得しているか?」
アーノルドの問いかけに考え込むヨシュア。
おそらくヨシュアが何と答えようと試験結果が覆ることは無い。それでもヨシュアには尋ねたいことが山ほどあった。だからヨシュアは慎重に言葉を選びながらアーノルドの問いに答える。
「私は…… たしかに納得できない部分が多いです。ですが、少なからずそれは他の受験生も同じ。私だけわがままを通すことはできません。…… ただ、もし叶うのなら、いくつか質問させて頂きたい」
「いいだろう。何が聞きたい?」
「私が試験に落ちたのは『片腕』だからですか?」
「違う」
アーノルドはヨシュアの質問に即答する。
だが、それならばなおさら試験結果に納得できない。
「筆記試験の結果は明かされていないのでわかりませんが、それ以外は<マジックワイヤー>と<決闘>を除いて人並み以上の結果を出したつもりです。つまり…… その二種目の影響が大きかったのでしょうか?」
「それも違う。始めに言った通り、我々は聖騎士に問う資質として『対応力』を求めている。だが、それだけでなく、この試験はあくまで聖騎士になるための『見習い試験』だ。つまり『伸びしろ』を加味して合否を判断している」
「伸びしろ…… ですか?」
「そうだ。君の戦闘スタイルは現時点でかなり完成度が高い。試験結果だけを踏まえると間違いなく合格だ。だが同時に、聖騎士になれる『伸びしろ』を感じることができなかったように思う。それは<決闘>の結果を見てもよく表れていた。君自身はどう思う?」
たしかに片腕のヨシュアにできることは限られている。だからこそ脚力を重点的に鍛え<衝撃吸収>を極めたように、自分の強みを徹底的に磨いてきたつもりだ。結果が出た今でも長所を突き詰めることが悪いことだとは思わない。
しかし一つを極めることは、聖騎士の資質として求められる『対応力』という部分に反するし、できることが少ないということは『伸びしろ』も感じられないということなのだろう。
「それはつまり、やはり『片腕では聖騎士は務まらない』と言われているように聞こえます。それなら来年試験を受けても同じ結果だということですか?」
「そうは言っていない。もし来年新たに『伸びしろ』を見せてくれたなら、俺のこの時の判断が間違っていたと謝罪し、君に合格を言い渡すだろう。だが…… そうだな、俺からも一つ君に尋ねたい」
「なんでしょうか?」
「君はなぜ『片腕』でありながら聖騎士を目指す? 君の原動力はなんだ?」
アーノルドはヨシュアに対して尋ねる。
ヨシュアが聖騎士を目指す理由。
そんなもの、答えは決まっている。
ヨシュアはまっすぐアーノルドの目を見て自信を持って答える。
「昔、私と私の妹を守るために死んだ騎士に報いるためです。その騎士が生きていたなら、きっともっとたくさんの命を救えたはず。私はその騎士の分も強くなって多くの人々を救いたい。それが聖騎士を目指す理由です!」
「…… その理由では、来年もう一度試験を受けても結果は同じだろうな」
ヨシュアの言葉にまさかの返答をするアーノルド。ヨシュアは自分の原点を否定されたような気がした。
────いや、間違いなく否定されたのだ。いくら相手が試験官でもこればかりは認められない…… !!
「な、なぜです!! 私の理由の何がいけないというのですか!?」
「以上、話は終わりだ。荷物をまとめ帰りなさい。他の者も一切の反論は受け付けない。合格者は俺に続け!」
「待って下さい!! …… 待ってくれ! まだ話は終わっていない!! 答えろ、アーノルド!!!」
ヨシュアの言葉を無視し別室へと足を運ぶアーノルド。ヨシュアの必死の訴えも、もはや届かない。
先ほどまで何事かと見ていた周りの受験生たちも静まり返っていた。
レオを含め、合格者たちが無言でアーノルドの後を追って別室に入っていく。
だがクノンはその場を動かない。
「ヨシュア! 私、まだ…… 」
クノンは目に涙をためて、必死に言葉を探す。けれど、いくら探してみても今のヨシュアにかけるべき言葉が見つからない。その優しさが嬉しい反面、今のヨシュアには辛かった。
「ありがとう。でもこれ以上クノンに迷惑をかけたくない。だから、もう行ってくれ」
ヨシュアが頼み込むようにクノンを合格者たちが待つ別室へと促すが、それでもクノンは動かない。
するとミシェルが後ろからやってきてクノンの震える肩に優しく手を回す。
そしてまっすぐヨシュアの目を見て言う。
「まさか、これでもう終わりじゃないよね? 僕たち、来年ヨシュアが合格するのを待ってるから」
「…… もちろん。何を言われても俺は聖騎士になるのを諦めない! 俺は大丈夫だから…… さぁ、はやく行ってくれ!」
「分かった。二人で待ってるから」
ミシェルの言葉に頷くヨシュア。
二人が別室に入るのを見届けると、一気に虚しさが襲ってきた。
(受からなかったんだな…… 俺…… )
俯き目をつむり、静かに怒りとやりきれなさを吐き出すように大きなため息を一つ吐いてその場に立ち尽くす。
しかし、いつまで突っ立っていても何も変わらない。
ヨシュアは顔を上げ、もう誰も残っていないホールで荷物をまとめ始める。そして帰ろうとホールの扉を開けたその時、後ろからヨシュアを呼び止める声がした。それは聞きなれた女性の声だった。
ゆっくりと振り向いた視線の先にいたのは、試験を担当していた聖騎士のマオだった。