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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
ニアからの依頼編
83/154

その目が捉えしものは

 何が起きたのか、すぐには分からなかった。

 下着を持つ手を離そうかというまさにその時、ニアの目が捉えたのは淡い緑の光。それは何の前触れも無く真っすぐ伸びてきた。



「あっ…… 」



 その場にいた全員が呆気に取られていた。エンデュランスですらも、だ。

 ニアから見て向かって右側、木々の遠く向こうから伸びてきた光は、エンデュランスが持つ小瓶を正確に捕らえた。そして気付いた時には小瓶はエンデュランスの手から離れ、木々の向こうへと消えていく。


 かと思うと、別の光がエンデュランスに向かってやって来た。三本の黄色い光だ。その光もまた驚くほど速く、しかも少しバラけるようにして向かってきたので、とても躱しきれるようなものでは無かった。エンデュランスは咄嗟に両腕を交差させるようにして自身の急所を守った。それ以外に彼が出来る事は恐らく何も無かった。


 三本の光は全てエンデュランスに命中。右腕と左肩、それから奴の左足太もも辺りに突き刺さった。その光は「剣」のような形にニアには見えた。それが何かはまるで分らなかったが、ニアは驚きを持ってその光を見つめていた。


(あれは何? なんで…… )


 なんであの光はエンデュランスの体を貫くことが出来たんだろう? ニアは自分が下着姿であることも忘れて呆然と立ち尽くしていた。

 逃げ回る前、ライと共に立ち向かった時はどんな攻撃を仕掛けても弾かれた。槍で貫こうとしても無駄だった。まるで鋼で出来ているんじゃないかと疑ってしまう程にエンデュランスとザウィードの体は固く、傷一つ付けることが出来なかった。


 それなのに今、三本の光の剣はエンデュランスの体を確かに貫いていた。そしてエンデュランスもまた、訝しむ様な表情で自分の体に刺さった光を見つめている。



「おおい! 大丈夫か!?」



 ザウィードが声を荒げる。両目を見開き、信じられないといった様子で光る剣を見ている。



「落ち着いて。痛みは全くない。大丈夫だ。それより…… 」



 少し早口気味のエンデュランスは、だらんと左腕を下げた。どうやら力が入らないみたいだ。しかしエンデュランスは冷静に木々の向こうからやって来る「誰か」を待っている。


 ニアもまた光がやって来た方向へと視線を移す。そして、その人物が誰か分かった時、ニアはハッと息を呑むこととなる。



「え、なんで…… ? どうして…… ?」



 それ以上は言葉が続かなかった。代わりに止まりかけていた涙が再び流れ始めた。熱い雫が両頬を濡らした。

 ニアの瞳に映ったのは紅い髪の男。右の袖が垂れた片腕の盾使い。それは見間違えるはずの無い、ニアの数少ない味方だった。






 

 ニア達の前に姿を現す少し前、ヨシュアとロイはニアたちを見つけた。すぐに走って向かおうとするロイの肩を押さえるようにして、ヨシュアは待ったをかける。何か様子が可笑しいと気付いたからだ。



「ロイ、ちょっと待て。何か変だ」


「そんぐらい分かってるよ。だから早く助けに行くんじゃねーか」


「あの白衣の男が持ってるもの、見えるか?」



 ヨシュアの言葉を受けて、ロイが木々の向こうへと目を凝らす。此処から男までの距離はそれなりにあったが、<身体強化フィジカルブースト>によって強化された視力なら、男が手に持つ小さな瓶をハッキリと両目で捉えることが出来た。



「なんだ? 薬品か何かか?」


「ああ、俺にもそう見える。更に言うと、男が薬品を利用してニアを脅しているようにも見える」


「なるほどな、そんじゃあニアを助けるには、先に薬品をブン盗らなきゃって話だな」



 ヨシュアは頷きを返しながら「その役目、任せていいか?」とロイに尋ねる。同時に魔法の術式を展開し、光る三本の剣を出現させる。それは宙に静止する魔法の剣だ。



「おっ、新技か。やる気満々じゃねーか」



 ロイは軽口を叩きながらもマジックワイヤーを構え、真剣な眼差しで白衣の男を見据える。集中した良い表情だ。そして「行くぜ」と短く一言発した後、ロイは薬品の入った瓶目掛けてマジックワイヤーを射出した。

 ロイが射出したのは言うまでもなく<ポイントショット>であり、その性質は「吸着」である。

 真っすぐ、淀みなく進むマジックワイヤー。その先端が薬品の入った瓶へと触れた。そのままロイは間髪入れずに、男の手から小瓶を奪い取るようにワイヤーを手繰り寄せる。


 ロイは見事に小瓶を奪った。そのことを確認すると、ヨシュアはすぐさま追撃を開始した。宙に浮かぶ魔法の剣に命令を与え、リーダーと思われる白衣の男に向けて解き放ったのだ。そして、風を切り裂くようにして飛んでいった三本の剣もまた、見事に男の体に命中したのである。


 ロイが「よっしゃ。狙い通りだな」と言って、手中に収めた小瓶を軽く振るう。その言葉にヨシュアも頷きを返す。二人の足は自然とニアたちに向かって走り出していた。







 そうしてヨシュアとロイはニアたちの前に姿を現した。怪しげな男たちも此方をジロジロと見ている。それから、ヨシュアは今になって気付いたのだが、ニアの奥にライがうつ伏せになって倒れているのが確認できた。しかもライは背中から血を流し、意識も全く無いようである。



 詳しい事はまるで分らない。けれど、ヨシュアは何となく事態を把握し始めていた。



「ロイ、小瓶をニアに渡して。そのままライさんを担いで逃げろ」


「…… だな。その方が良さそうだ」



 よく分からんが、と言いつつも、ロイは素直に同意する。


 ヨシュアはニアたちと白衣の男の間に立つ。相手は此方を観察するようにじっと見ている。意外にもすぐに襲ってくる気は無いようだ。その方が助かる、とヨシュアは心の中で呟いた。

 後ろからロイとニアの話し声が聞こえてくる。



「おい、これ、薬か何か知らんけど渡しとくぞ」


「あ、ありがとう…… 」


「俺がライを背負うから、お前は服搔き集めろ」


「ぐすっ、でも…… 」


「でも、じゃねーよ! 早くこっから逃げんぞ」



 ロイがニアを急かしている。対するニアはいつになく弱気なようで、何故かすぐに逃げようとしなかった。



「ダメよ。ヨシュアでも勝てるか分からないのに…… 」


「お前な…… いいから早く行くぞ! あと、その前にマントぐらい身に付けろ」


「でも…… 」



 何かを恐れているのか、ニアはヨシュアを置いてその場を離れようとしない。ライが危険な状況にあるにも拘らずヨシュアを捨て置けないというのは、目の前の男たちがよっぽどの強敵だという事なのだろう。あるいは、強さ以外にも何か秘密があるという事なのだろう。


 そんなニアを少しでも安心させようと、ヨシュアは前を向いたまま軽く左手を上げた。



「ニア、大丈夫だ。俺は盾使いだから、元より勝つつもりは無いよ。だから無理は絶対にしない。安心して先に行っててくれ」


「…… うん、分かった。信じてるから。それと、気を付けて。そいつの体、なんでか知らないけど刃物通らないから」



 刃物を通さない? 常識的に考えればそんなことは有り得ない。けれど、この場面でニアが嘘つくほうが有り得ない。きっとニアの言葉は真実だ。

 


 二人が走って遠ざかっていく音を背中に受けながら、ヨシュアはじっと男たちを見ていた。

 中央に位置するのは白衣に眼鏡をかけたリーダー格の男。金色の癖毛は長めで、目元に被っている。風貌から察するに研究職の人間に見えるが、思いのほか肩幅は広く、やけに体格がいい。

 それとどういう訳か、彼の白衣に汚れ一つついていない。この山の中でニアたちと戦闘を繰り広げたであろうに、衣服に全く乱れが無いのは流石に可笑しい。ヨシュアはその事が、ただ単に彼が綺麗好きであるといった理由だけでは無いのだろうと思った。


 その隣にいるのは褐色の肌を持つ、大きな体のいかつい表情をした男だ。フード付きのマントを深く被っているが、鋭い目つきと、左の頬に入れられた紅い刺青がやけに目立っている。袖もとから覗く手首は太くたくましく、存分に鍛え上げられているのが分かる。あの筋肉の鎧が刃物を通さない、という事なのだろうか?


 沈黙に飽きたのだろうか、筋肉質の男が口を開く。



「なあ、エンデュランスさんよ。アイツら追わなくてよかったのかよ?」


「ええ。というより、ザウィードさんにいなくなられるとボクが困りますから」



 ほら、と言って手足に刺さる「光の剣」を見せびらかす。それでも褐色の大男は納得がいかない様子で、「子分共に追わせればよかったのに」などと呟いている。


 エンデュランス、と呼ばれたリーダー格の男が興味深そうにヨシュアと、それから光の剣を交互に見ている。この状況を面白がっているようにも見える。何故そう感じたかはヨシュアにもよく分からない。けれど、男の顔を見るとそう思ったのだ。



「うん、今までに見たことの無い魔法だね。当たった個所の力が抜けるだけでなく、魔力も封じられているみたいだ。一体どういう仕組みなんだい?」



 エンデュランスは余裕の表情を浮かべながら問いかけてきた。その言葉をヨシュアは黙って聞き流す。



「おいおい、だんまりかい? せっかくお友達を逃がしてやったのに、その態度は良くないな。…… それじゃあ、せめてこの魔法の名前ぐらい教えてくれよ」



 柔らかい口調だが、眼鏡の奥の目つきは若干鋭くなっていた。意外と気性が激しいのか、あるいは此方を揺さぶろうとしているのか。いずれにせよ、下手に怒らせるよりかは名前ぐらい教えてやろうとヨシュアは思った。



「その魔法の名前は…… 」

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