強行! ギルド入団試験
「なぁ、これ、どういう状況?」
ヨシュアは床に突っ伏すアミーテに問いかけた。彼女は頭から水でも被ったかのようにびしょびしょに濡れている。しかも、つい先程まで彼女は男に踏まれていた。これは只事ではない。
後ろからロイもやって来た。今しがた窓を突き破ってワイヤーで男を突き飛ばしたのもロイだ。喧嘩っ早いロイだけど、今の攻撃はヨシュアも胸の内がスカッとする想いだった。
ヨシュアはもう一度アミーテに何事かと尋ねる。
「あ、あの、ニアさんが」
「ニア?」
予想外の言葉にヨシュアは思わず聞き返す。
「ニアさんから緊急コールなんです! ここはいいから早く!」
ヨシュアは言葉を失った。たぶん後ろで聞いていたロイもだ。目の前の状況と耳から入ってきた状況が一致しない。けれど、アミーテの必死の訴えは疑いようもない。
スキンヘッドの男が痛そうに尻をさすりながら立ち上がる。
「おめーら昼間の…… そうか、やっぱりニアって女の知り合いだったて訳か。へへっ。助けに行きたいなら行けよ。でもなぁ、この街の鉄の掟を知らない訳ねぇよな?」
男はニヤニヤと笑う。周囲の男たちも同調するかのように笑っている。
この街の鉄の掟、それは「余所者は徹底的に排除せよ」だ。この街を領土に見立て、侵入者には容赦しない。もしこの街で何かしたければ、ニアたちを助けに行きたいのであれば、このギルドの入団試験を受けるしかない。
(最優先はニア達の救援に向かうことだ。でも、そうなるとアミーテは?)
────置いていける訳が無い。
だからヨシュアはアミーテに向かって叫んだ。
「アミーテ! ニア達の救援にすぐ向かえるよう、二人分のギルドカードを用意してくれ! 今すぐにだっ!!」
「へ? あっ、はい!!」
アミーテは慌てて立ち上がるとすぐに受付へと駆けて行った。その姿を不服そうに見送るスキンヘッドの男は、ヨシュアたちに向かって「お前、今の言葉の意味分かってんのか?」と吐き捨てるように言った。
ヨシュアはその言葉を無視すると、隣に立つロイに言った。
「さっき”大事にしたくない”って言ったけどさ。今でも同じ気持ちなんだよ」
「この状況で? もう無理だろう」
「…… ”ギルド総崩れ”の恥を掻いてもらうという形で口封じしよう」
ヨシュアの言葉にニヤリと笑うロイ。
「そりゃあいいな。確かに二人相手に全滅でもしたら、恥ずかし過ぎて大事には出来ないよな」
「そういうことだ。…… ざっと見渡して二十人か。二分で片付けよう」
勝手に話を進める二人に相手が黙っている訳がない。男たちのうちの一人が立ち上がる。
「おめーら! それ本気で言ってんのか!?」
怒り狂う男ども。ヨシュアはそんな彼らを涼しい顔で見渡しながら聞き返す。
「一応聞くけど、アンタらに<緑のカード持ち>はいんの? 手挙げてよ」
ヨシュアの言葉に素直に手を挙げるものこそいないが、何人かは一歩、二歩と前に進み出た。
「ふーん…… 五人ってところか。なら、入団試験成立だな」
「へへっ、そんなに死にたいらしいな。それならこのテオルド様が…… 」
「あっ、名前は聞いてないからいいよ。どうせぶっ飛ばして終わりだから。じゃあ、半分宜しくな、ロイ」
◆
アミーテは急ぎギルドカードの準備を進める。少し顔を上げると、既に一触即発の空気が酒場に流れていた。
(あの二人が強いのは纏っている空気でなんとなく分かる。けど…… )
すぐさま戦いが始まった。
ロイと呼ばれていた短髪の男が酒場の中央で派手に暴れ始める。机と机の上を飛び回りながら、男たちに峰内を喰らわせていく。その動きがあまりに速すぎて、男たちの包囲網もまるで意味を成していない。
でも、ロイよりも目を引くのはヨシュアだ。
(片腕なのに、凄く強い…… !)
派手さは決してない。それどころか初めの立ち位置からほとんど動いていない。半径一メートルほどの円の中、前後左右のステップだけで翻弄している。
男たちはムキになって滅茶苦茶な攻撃を繰り返している。何人かは剣も抜いてる。本当なら止めた方がいいはずだけど、ヨシュアは動じることなく適切に対処してる。
(なんだか、二人とも遊んでるみたい…… って、私の方こそ遊んでちゃダメじゃない!)
アミーテは二人を信じてカードの発行に集中することにした。
本当はいけないことと知りつつ、カードに一つの機能を取り付けることも忘れない。
酒場の方からテーブルがひっくり返ったような派手な音が聞こえてきた。アミーテは再び顔を上げると、戦いはもう既に終わっていた。どうやら二人組の圧勝だったらしい。たぶん二分もかかってない。
ヨシュアたちがこちらに来て尋ねる。
「カードは!?」
「ご用意出来ました!」
ロイはカードを受け取るとさっそく「うし、じゃあ行くか」と言った。
「あ、待って下さい。カードの後ろ、光る点がニアさんの現在地です」
「あれ? これって…… 」
「特別です。他言無用でお願いします」
「分かった。ありがとう。それと、酒場を滅茶苦茶にしてごめん。請求は隣の奴によろしく」
ヨシュアはそう言ってさらっとロイに責任を擦り付けた。でも、戦ってる姿を思い返すと、確かに店内を荒らしたのはロイの方だから、正当な言い分かも知れないとアミーテは思う。
それを分かってか、ロイは胸を叩いて言った。
「おう、なんかあったら俺に請求していいぞ。外装から何から、全部綺麗にしてやるよ」
「じゃあ、俺たち急ぐから、これで!」
そう言い残して二人は店を出て行った。なんだか嵐みたいな人たちだった。
店内を見渡すと、嵐の傷跡…… というか、荒れた店内に男たちがみっともなくひっくり返っている。アミーテはため息をつき、惨状を見なかったことにして店を出た。彼らが目を覚まして怒り狂う前に。




