決闘
残す実技試験はあと一つ。
それはもっとも配点が高いとされる項目、<決闘>だ。
この試験だけはマオだけでなく、聖騎士で小隊長もつとめるアーノルドも見守ることになっており、合格への重要度の高さを伺わせる。
ここまで多くの試験を終え、良くも悪くもこの場に”慣れ”が生じ始めていた受験生の間に、再び緊張が走る。
試験を前にアーノルドが受験生に話し始めた。
「このグループの実技試験は、この<決闘>が最後だ。持てる力を存分に見せつけて欲しい。ルールは知っていると思うが復習もかねて説明しておこう。使える武器は木刀と盾とマジックワイヤーの三種類。基礎魔法の使用も可能。戦場は『環状根』のような狭い場所での戦闘を想定して、一辺十メートルの正方形のフィールド上で行ってもらう。勝敗は先に有効打を与えるか、相手をフィールドの上から落とすことで決まる。試合数は俺が納得するまで見せてもらおうと思っているので、人によって違う。だから、たとえ勝負に敗れたからといって即不合格になることはないから安心してくれ。以上、質問は?」
アーノルドの言葉に手を挙げる受験生が一人いた。よく見ると、それはレオだった。一体どうしたのだろう?
「レオナルドと申します。試験官殿に質問があります。仕合の組み合わせはどのようにして決めるのですか?」
「それは、先ほどまでの実技試験の結果を踏まえながら俺が決める」
「戦いたい相手がいる場合は?」
「そういうのは認められない。俺が決める。…… だがせっかくだ。一応希望は聞こう。誰と戦いたい?」
「はい。あそこにいる『片腕』…… いえ、ヨシュアという赤髪の受験生です。私は聖騎士とはこの国で最強の騎士であり、英雄でなければならないと思っています。片腕の騎士など、私は認めません。それが理由です」
レオの気持ちをはじめて知るヨシュア。
今までレオは単にヨシュアが気に入らないから突っかかってきているのだと思っていた。いや実際始めはそうだったのかもしれない。
だが、実はレオにはレオなりの聖騎士の理想像があり、それ故にヨシュアの存在が認められないようだった。
「なるほどな。だが合格を認めるかどうかを決めるのは君じゃない、俺だ。……とはいえ、納得できないなら…… 一度戦ってみるか?」
「宜しいのですか?」
「ヨシュア君さえよければ、だがな。だが、君が望んだ戦いだ。もし負けるようなら…… わかるかい?」
アーノルドが真剣な眼差しでレオを見る。アーノルドの言葉に沈黙するレオ。
(わがままを聞いてもらったうえで、もしこの試合に負けたら…… その時点で不合格かもしれない。あえて危険を冒す必要は無いが…… )
「────それでも、私は彼と戦いたいです」
「わかった。ヨシュア君はどうかな? 彼はこう言っているが…… 受けてくれるか?」
アーノルドはヨシュアに問いかける。
レオの想いを聞いた以上、ヨシュアの答えは一つだった。
「私は誰でも構いません。ですが、あそこまで言われて引き下がる気もありません。戦わせてください」
「いいだろう。今回は特別だ。さっそく第一試合として戦ってもらおう!」
アーノルドに促されフィールドに上がるヨシュアとレオ。
「受けてくれて嬉しいよ、ヨシュア」
レオにはじめて『片腕』ではなく『ヨシュア』という名前で呼ばれた気がした。
貴族であるレオはヨシュアに無いものをたくさん持っている。富も家柄も才能も、そして右腕も……
そんなレオが、何一つ特別なものを持たないヨシュアを意識してくれているという事実が嬉しかった。そして今は意識してもらうだけでなく『認めてもらいたい』という気持ちが強くなっていた。
「いや、こちらこそ。この機会にちゃんとレオに認めてもらわないと俺は聖騎士を名乗れない。だから勝たせてもらう」
フィールドに上がった二人は一定の距離をとってお互いまっすぐに向き合う。
直々に審判を務めるアーノルドが開始の合図のため、右手を高く上げる……
「それでは、始め!!」
『始め』の合図とともに二人は動き出す。
低い姿勢から一気に距離を詰めようとするヨシュア。
(そう来ると思っていたぞ!!)
「マジックワイヤー、ハードウィップ!!」
レオはヨシュアの接近を読んでいた。
レオは距離をとるように下がりながら、両腕に取り付けたマジックワイヤーを使い迎撃を試みる。レオが両腕から繰り出す鞭のような波状攻撃は、まるで別々の生き物のように不規則な動きでヨシュアに襲い掛かった!
しかしヨシュアもレオの行動は読んでいた。
というよりも、この試合の展開は非常に分かりやすい。
マジックワイヤーが得意なレオと接近戦が得意なヨシュア。
勝敗は互いの距離を制した者が勝つと言っても過言では無かった。
(……こいつ、マジックワイヤーに関してだけならラスティさんレベルだな……!)
レオの二本のマジックワイヤーによる途切れることの無い連撃に対し、ヨシュアは左手の盾を前面に押し出し近づこうとする!
だが、予想以上の猛攻になかなか近づくことができない。レオの巧みなワイヤー捌きもあって、ここまではレオが上手く立ち回っている。
しかし、それでもクノンはヨシュアの勝ちを予想する。スクエアランで見せたヨシュアの実力は、彼女に期待を抱かせるのに十分だった。
(絶対、このままじゃ終わらない。ヨシュアはどこかで近づいて見せる。そして接近戦なら!)
ほどなくして、クノンの予想は見事に的中する。
ヨシュアは最小限の動きでかわしながらタイミングを計ると、<スクエアラン>で見せた急加速で一気に近づき、盾を押し出してそのまま突撃する!!
レオもとっさに盾で防御するが<衝撃吸収>は間に合わず押し込まれ、フィールドの端まで追い詰められてしまう!
だが、ここからがヨシュアにとって難関だ。
守ることだけをひたすら磨いてきたヨシュアには、残念ながら勝ちを描くイメージが無いからだ。
組みついたまではいいが、盾一つでできることは限られている。できれば最初の突撃でフィールドから押し出したかったが、それは叶わなかった。
それならばと、少しだけ距離をとり、レオがマジックワイヤーを使えないぐらいの至近距離でまとわりつきながら、隙を見て何度も突撃を繰り返す。
だが『盾を押し出しての突撃』しか手段が無ければ対処は簡単だった。
なかなか攻め手を欠く中、今度はレオがヨシュアの攻撃を見切り、うまく体を入れ替えるようにして逃れると一転、今度はレオが剣と盾でヨシュアをフィールドの外に押し出そうと猛攻を繰り広げる!
ヨシュアのすぐ後ろには一本の白いライン。
それを一歩でも超えることは敗北を意味する。
それでもヨシュアに焦りは無い。
伊達に盾使いとして修練を重ねてきたわけじゃない。レオの全力もヨシュアにとってみれば<魔法人形>レベル5程度だ。
フィールドの端に追いやれられたヨシュアだったが、一つ一つの攻撃に対し、冷静にタイミングを見極め、物理攻撃を無力化する<衝撃吸収>で全て捌ききる!!
チカチカと光る緑の光。
<衝撃吸収>の成功を意味する点滅がレオを焦らせ、精神的に追い込んでいく。
(……なんなんだこいつは!? 私の攻撃がまるで通じない!? <魔法人形>の単調な攻撃とは訳が違うのだぞ!? 一瞬しか発動受付時間の無い<衝撃吸収>をすべて成功させるとか、こいつ尋常じゃない!!)
コンマ一秒の世界を制するヨシュアを相手に、いくら端に追い込んでも接近戦では勝ち目がないことを悟ったレオは、距離をとって再び得意のマジックワイヤーで勝負に出ようと思い、素早く後方へ跳ぶ。
「……! させるかっ!」
スピードならヨシュアの方が上だ。
距離をとろうと下がる瞬間を待っていたヨシュアが間髪入れず盾で突撃する。再び吹き飛ばされたレオは、今度は反対側のフィールドの端に追い詰められる。
狭いフィールドはヨシュアの味方だった。
(なっ!? 速い……!)
再び接近戦を強いられるレオ。
ひたすら盾での接近戦を磨いてきたヨシュアと違い、うまく<衝撃吸収>で攻撃を無力化することができない。自分の距離で戦うことが出来ないことが何とも歯がゆかった。
戦いを見ていた他の受験者たちも、戦いが進むにつれてざわつき始める。
試験前は、いかにヨシュアがここまで思いのほか良い結果を残していたとしても、さすがに<決闘>はレオが勝つと思っていた。
それがいざ戦いが始まってみればどうだ。なんと『片腕』のヨシュアが優勢に進めるではないか!
試験を見ていた受験生の間に次第に困惑した空気が流れ始める。
「速すぎだろアイツ!!」
「あの片腕が盾一つで押してるぞ!?」
「<衝撃吸収>完璧とか、ふつうありえねぇ!!」
皆が驚くのも当然だった。
そもそも<衝撃吸収>も<魔法無効化>もタイミングが非常に難しい技だ。歴戦の騎士ですら難しい魔法を、見習い試験を受けに来るようなレベルの人間が、<衝撃吸収>のタイミングを掴めるはずがない。
盾の実力だけを磨いてきたヨシュアが例外中の例外なのだ。
(逃げることも防ぐこともできない。……であれば、反撃するだけだ!!)
レオは離れて戦うことを諦め、剣で勝負することを選ぶ。
狙いは一つ。腕の無い右側だ。
ヨシュアが前後左右に細かくステップを踏みながら、隙を見て突撃を繰り返す。
だがレオは、その突撃に対しなんとかタイミングを合わせると、突撃を盾で受け流しながらその場で右回りに一回転しつつ、回転の勢いそのまま剣を上から下へと、ヨシュアのガラ空きの右側面へと振り下ろす!!
(────来た!!)
しかし、ヨシュアの真の狙いは『ガラ空きの右側を狙わせる』ことだった。
レオの鋭い一撃もヨシュアの誘いのうちなのだから当たらない。
右足を引き、体を捻りながらギリギリで攻撃をかわすと、レオが剣を振り下ろしたときに踏み込んできた右足を、ヨシュアは左足で思いっきり踏みつける! レオが「ぐぅ…… !」と短い呻き声を発した。
「マジックワイヤー……ポイントショット!!」
さらにヨシュアは、レオが痛みに怯んだ隙にマジックワイヤーでレオの振り下ろされた木刀をからめとり、そのままフィールドの隅に強引に投げ捨てる。
レオもヨシュアがマジックワイヤーを使った隙をついて攻撃を試みるが、ヨシュアはさっと後ろに跳んで距離をとる。レオは右足の痛みもあり追いかけることができなかった。
投げ捨てられた木刀はフィールドの隅に転がっている。
その木刀を見てレオは思う。
(あれは誘いだ。木刀を取りに行ったところを押し出す狙いだろう。そんな見え見えの罠にかかる気は無いが…… 剣無しでどうする? 勝てるか?)
ヨシュアも考える暇を与えるつもりは無い。再びヨシュアは盾を押し出して突撃を仕掛ける。
それしかできることはないのだから……
────だが、ここで勝負はまさかの終わりを告げる
「両者そこまで!!」
突然、アーノルドが試合の終わりを告げた。
レオは咄嗟に自分が負けたと思いアーノルドに必死に抗議する。
「ま、ま、待って下さい!! 私はまだやれる。たかが剣を奪われただけだ! 右足を踏みつけられたのだって有効打には程遠い!! そうでしょう!? まだ私は負けていない!!」
レオの必死の抗議を手で制してアーノルドは言う
「その通りだ。この勝負は引き分けだ」
「……引き分け?」
ヨシュアもレオも同時に呟いた。
二人にとっては受け入れがたい現実だ。
「そうだ。ヨシュア君、君ならこの意味が分かるね? さぁ、勝負はここまで。次の試合いくぞ!」
ヨシュアもレオも納得がいかないままフィールドを降りることとなった。
ヨシュアはアーノルドの言葉を思い出し唇を噛みしめる。そして、次の試合は勝ち切って見せると、必死に気持ちを切り替えようとした。
だがこの日、他の者が複数の試合を実施する中で、ヨシュアにだけ二戦目のチャンスが与えられることはなかった。
そしてアーノルドが言い渡す試験結果は、ヨシュアにとって受け入れがたいものになる。
ここまで読んで下さりありがとうございます
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