仕合①
「おはようございます」
「やあ少年。昨日はぐっすりと眠れたかい」
「いえ、それほど。でも、体調は悪くありません」
「ふーん。ちなみに、今朝はマト君に会えたかい」
「いいえ。晴れてますが、流石に今日は会えませんでした。やっぱり相当落ち込んでるみたいで…… 」
いつものように馬車乗り場に辿り着いたヨシュアをジークが気さくに迎える。綺麗な女性陣もまだ到着していないような時間帯にも拘わらず、ジークが集合時間よりもずっと早く来た理由は一つだけだ。
「それで? 昨日の夜、もう一度考え直したかい?」
「はい。ですが、俺の結論は変わりません」
ヨシュアはまっすぐ、ジークの目を見て力強く答える。
強い決意の表れを見たジークは、少し複雑そうな微笑みを浮かべて言う。
「…… そうか。分かった。それじゃあ協力してくれそうな人たちに連絡をとるよ」
「お願いします」
ヨシュアはぺこりと頭を下げる。
「ははっ。偉く畏まるじゃないか。それで、今日はどうする? 気が乗らないなら他の者に代わってもらうことも出来るが…… ?」
「いえ、勿論依頼は引き受けますよ。…… というより、宿でじっとしている方が性に合わないですし」
ヨシュアの言葉にジークは「それもそうか!」とわざとらしく笑った。
その後、ジークの多大な協力もあり、本日の依頼を速攻で終わらせたヨシュアたち一行は、いつもと違い昼過ぎには解散の運びとなった。(事情を知らない他のメンバーからは「今日のジークさんは偉く真面目だな」なんて風にからかわれていた)
馬車乗り場にてメンバーと別れを告げたヨシュアとジーク。
ジークも「これから仕込みがある」と言うと、ふらっと何処かへ行ってしまった。まぁ、もうここからはジークを信じるしかない。
(────それにしても、思ったより空き時間が出来てしまったな)
何処か街へ探索に出かけてもいいが、途中でロイやマトに出会うのは気まずい。
(そういえば、まだ図書館から借りた本を読み終えていなかったな)
やることが決まったヨシュアは時間を潰す為、一人宿へと戻るのであった。
◆
時は過ぎ、夕刻、ギルドホームに併設された酒場にてジークは、ある男と待ち合わせていた。酒場二階の二人席、ちょうど昨日の夜ヨシュアと話した同じ場所である。
「────おい、来てやったぞ。話って何だ?」
現れた男はロイ。後ろにヤードの姿も見える。
「話の内容は魔法文に書いた通りさ。まあ、ヤード君も来てくれたみたいだし、もう少し広い席に移動しようか」
そうして丸テーブルの出来へと移動した三人。適当に飲み物だけ注文して早速本題へ。ロイは疑いの目を向けながらジークに問いかける。
「赤のメンバーズカードへの推薦の話、本当か?」
「もちろん。考えてあげてもいいよ」
軽い口調で言ってのけるジークに対し、ロイは「何が条件だ?」と警戒心を見せる。この男がタダで推薦してくれる訳が無いと思ったのだ。
「まったくキミは気が早いな」
「お前と長話する趣味は無いからな」
「おいおい、年長者は敬えといつも言ってるだろう? そんな言葉遣いじゃ推薦なんてできないよ?」
ジークのこの言葉に、ロイはあからさまに不機嫌そうな表情を浮かべてジークを睨んだ。そんなロイをヤードが「まあまあ」と言って落ち着かせる。
ギルド最高ランクの”赤のカード持ち”になるには、依頼をこなすなどして得られるポイントをためるだけでなく、国や王国騎士、それに他の”赤のカード持ち”からの推薦を受ける必要が有る。
これまでロイは何度もジークに「俺を推薦しろ」と迫ったのだが、そのたびにのらりくらりと躱されていた。だからロイとしてはこのタイミングを逃したくない。例え何か裏があると分かっていても、だ。
「で? 俺に何をさせたいんだ? なんなら追跡する翼竜の百匹でも狩ってきてやろうか?」
ロイはそう言って不敵に笑う。
その隣でヤードが不平を漏らす。
「えー。それって俺も協力する奴なんじゃ…… 」
「当たり前だろ? コンビなんだから」
「でも、協力しても俺は赤のカード持ちにはなれないんだよね?」
「あぁ…… まあ、そうだけど。…… でも、俺が”赤のカード持ち”になれたら推薦だけはしてやるよ。認められるかは別として」
ロイの何とも無責任な発言に、ヤードは分かりやすくため息をついた。
ロイは、今しがた運ばれてきた紅茶を呑気に啜るジークに向かって言った。
「で? 黙ってないで、さっさと条件を言えよな、ジークさんよぉ?」
「────仕合だよ」
「は?」
思わず聞き返すロイ。
聞き逃した、のではない。ただ、思いもしなかった一言に、聞き間違えたのかと思ったのだ。
でもジークの言葉は聞き間違えなんかじゃなかった。
「聞こえなかったのかい? 仕合だよ。皆の前で仕合をする。<浮雲の旅団>の”赤のカード持ち”としてふさわしいか、ボクだけじゃなく皆に認められる必要が有るからね。そのためには仕合を行うのが一番分かりやすいだろ?」
そう言ってジークは試すような視線を投げかける。
挑発の意図を含んだ物言いだったが、ロイとしては願っても無い申し出だった。
「ははっ。いいぜ。アンタとは一度戦ってみたいと思っていたしな。で? いつやるよ?」
「キミが望むなら今からでも」
「へー。マジかよ。場所は?」
「このギルドホームの目の前。大通りでいいだろう」
「おいおい、いいのかよ? あんな人通りの多い場所で戦ったら、明らかに他の人の邪魔だろ」
「いいんだよ。だってボクは”赤のカード持ち”なんだよ? 誰がボクに逆らえるんだい?」
ジークにしては珍しく荒っぽい発言に、ロイは「そうでなくっちゃな」と不敵に笑う。期せずして最高の結果となったロイは喜びを隠しきれなかった。
「それじゃあ、飲み終えたら下へ降りようか」
◆
ジークに連れられるまま、ロイとヤードはギルド前の大通りにやって来た。何故だか知らないが、そこにはすでに大勢の野次馬共が集まっていた。もしかしたら先ほどの会話を聞いた誰かが勝手に広めたのかもしれない。でも、それならそれで構わないとロイは思った。
しかし、そう簡単に思惑通りには事が進まない。
高ぶる気持ちを胸に、いざ仕合を────
そう思っていたロイの前に、一人の男が立ち塞がる。しかもジークはそいつの肩に手を置き、どうだい? と言わんばかりに笑っている。
「────おいおい、これはどういうことだよ!」
苛立つロイは声を荒げる。
それも当然だ。なにせ、今ロイが最も嫌いな男であるヨシュアが目の前に立っているのだから。
「仕合だよ。分からないのかい」
「とぼけんな! どうして相手が片腕なんだって聞いてんだよ!」
「ん? 別にボクが相手するなんて一言も言ってないけど? キミが勝手に勘違いしただけじゃないか」
涼しげに笑うジークを見て、ようやく自分が嵌められたことに気づく。
「ちっ。そう言う事かよ。なら、やめだ」
「いいのかい? ボクがキミを推薦するという話は本当だよ?」
「ああ? お前も言っただろ? ”皆に認めてもらう必要が有る”って。なのに相手は片腕。こいつに勝っても笑い者になるだけだ。意味ないだろ」
「そんなことは無いさ。ここ数日でヨシュアの評価は急上昇中だからね。皆認めると思うよ。ねぇ、ワレス君」
ジークはそう言って野次馬の人垣の中からワレスを見つけて尋ねた。そのワレスは”緑のカード持ち”の実力者だが、その男がジークの言葉に賛成の意を示すと、野次馬たちが一斉にざわめきだす。
その声に耳を傾けると、どうやらジークの言った通り、ヨシュアの強さは本当に噂になっているようだ。しかも「ロイよりヨシュアの方が強いのでは?」という声さえ聞こえてくる。
(クソッ。こいつら…… ! どいつもこいつも好きかって言いやがって…… !)
苛立つ感情を見透かしたように、ジークはロイに問いかけた。
「ふふっ、どうだい。この仕合は彼らを黙らせるいい機会だとは思わないか?」
ジークの思い通りになるのは癪だが、その通りだと思ったロイ。
「────はぁ。そこまで言うんならいいぜ。ただし、推薦の件は絶対に忘れるなよ」
と、そこまで言うとロイは、今度はヨシュアの方を見て言った。
「で? ジークまで利用して、なんでお前は俺と戦おうと思ったんだ? 自分の方が強いと見せびらかす為か? だったら────」
「マトに告白するためだ」
「…… はぁ!?」
静まり返る一同。
ヨシュアとジーク以外、誰もがその顔に驚きを浮かべていた。
「お、お前、何を言って…… 」
「俺は本気だ。今日、俺はお前に勝って告白する。既に、お前もよく知るあの場所にマトを呼び出してる」
「は? 本気かよ…… 」
「ああ。そしてもう一度言う。ロイ、お前に勝ったら俺はマトに告白する。だからその権利をかけて戦おう」
そんなの勝手に告白すればいいだろっ!
────なんてこと、ロイは口が裂けても言えなかった。
焦りを隠せないロイは、何とかして言葉を絞り出す。
「どうして…… どうしてそうなるんだよ! マトは関係ないだろ!?」
「でも、お前も好きなんだろ? だからだよ」
ヨシュアの言葉にまた野次馬たちがざわつき始める。
けれど、ヨシュアは構うことなく話を続ける。
「抜け駆けは良くないからな。ちゃんと仕合に勝って、そして正々堂々と彼女に告白する」
きっぱりと宣言するヨシュア。
その瞳を睨むロイ。
「負けたら諦めるのかよ?」
「いいや。先に告白する権利を譲るだけだ。ロイが告白しないのなら、明日にでも告白する」
「はぁ? さっきから言ってる事がメチャクチャなんだよっ!」
「なんだ、気に入らないのか? それなら今日俺に勝って、そのままマトに告白しに行けばいい。場所は分かるだろ?」
────ヨシュアは本気だ……
ロイはそう感じざる負えなかった。
そしてそれはロイにとって最も許しがたい行為だ。
他の誰でもないヨシュアに一番大事な人を取られるなど、絶対にあってはならないからだ。もしそうなれば自分を許せそうにない。ロイは不本意ながらも決意を固める。
引くに引けない男の戦いが今始まろうとしていた。




