アイスクリーム
「ねえ、ヨシュア」
「なんだ」
「呼んでみただけ」
向かい側に座るリコッタはそう言うと、フォークでくるくるとスパゲティを巻き付ける。食欲をそそる赤い色に、仕上げに添えられたバジルがオシャレなミートスパゲティである。
「ねぇ、ヨシュア」
「ん?」
「ふふっ、呼んでみただけ」
「…… おいおい、さっきからずっと同じことの繰り返しだぞ?」
呆れるヨシュア。
その顔を眺めつつ、リコッタはミートスパゲティを幸せそうに頬張る。
リコッタの隣ではミントがカルボナーラという見たことの無い料理を食べている。卵とチーズ、パンチェッタと呼ばれる塩漬けの豚肉、それから黒コショウをまぶしたスパゲティだ。
ヨシュアが物珍しそうに見ていると、視線に気づいたミントがヨシュアに言う。
「────一口、食べます?」
「えっ、いや、それは申し訳ないよ」
「そのシーフードピザ一切れと交換しませんか? 私もそれ、興味あって」
「ああ、そういうことなら、交換しようか」
ヨシュアの言葉にミントは笑みを浮かべると、カルボナーラをフォークでくるくると、そして斜め前に座るヨシュアの口元に向けて一言。
「はい、ヨシュアさん、あーん」
「ええ!? いやいや、それはちょっと…… 」
恥じらいを見せるヨシュア。
ミントは不服そうに口を尖らせる。
「あれあれ? 今朝のお姉ちゃんが作ったオムライスはパクっと一口だったのに、私のスパゲティは食べてくれないんですか?」
「うっ…… それは…… 」
ヨシュアは恥ずかしさから顔を背けつつも、横目でミントの表情を伺う。彼女は目を細めつつ、スパゲティを差し出したまま、ヨシュアが食べてくれるのをじっと待っている。
ええい、と覚悟を決めたヨシュアは、身を乗り出してカルボナーラを一口。
するとミントは「いい食べっぷりですね」と言って満足そうに笑った。
そんな二人のやり取りを羨ましそうに眺めていたリコッタ。
くるくるとミートスパゲティをフォークで巻いて、そして上目遣いでヨシュアに言う。
「ヨシュア、私とも交換しよ。ね?」
そう言うとリコッタは、ヨシュアの返事も聞かずにミートスパゲティを差し出す。それは一口で食べるには少々量が多い。
「からかわれているのか?」とも思ったが、リコッタの表情を見るにそんな様子は一切無く、純粋に食べて欲しそうな顔をしている。それがまたヨシュアを困らせた。
じっとヨシュアを見つめながらフォークを差し出すリコッタ。
ヨシュアにとって少しばかり気まずい空気が流れる。
その間にミントは、ヨシュアの皿からピザを取っては、それを自分の口元へ運ぶ。ながーく伸びるチーズに驚き、楽しみ、顔をほころばせている。
「────ほら、ヨシュア」
リコッタからの催促。
ミントも横目でこちらを見ている。
もうどうにでもなれ、とヨシュアは再びテーブルに身を乗り出すと、それをぱくりと一口、口いっぱいに頬張った。
そんなヨシュアの姿に、リコッタはなぜか嬉しそうに笑った。
◆
その後も三人は少し早めの昼食を楽しんだ。
内容が無い会話を延々と、でもまあ、悪くない時間のはずだ。
ただこの時、ヨシュアはリコッタの様子に妙な違和感も覚えていた。
店員がテーブルの上にアイスクリームを並べる。
それは最後に双子がヨシュアの分まで頼んだものだった。
「うーん、冷たくて美味しい」とリコッタ。
「最後はやっぱり甘い物だよねー」とミント。
そんな二人の幸せそうな笑顔を交互に眺めながら、ヨシュアもアイスを口に入れる。甘くて濃厚なバニラアイスが口の中で溶けていく。
(…… あ、まただ)
不意に目と目が合うヨシュアとリコッタ。
リコッタの方からすっと目を逸らす。
彼女の頬はほんのりと朱が差している。
(さっきから不自然なくらいに目が合うんだよな…… )
────これってまさか……
なんて淡い期待半分、そんな訳ないだろ? と自分に言い聞かせるヨシュア。
でも、最初に出会った時と違って、惚れられる理由が思い浮かんでしまう。
(もしかしてついさっきの出来事で…… なんて、それこそまさか、だよな?)
そんな妄想を頭の中で繰り広げていると、またしてもリコッタと目が合った。
そしてまた彼女の方から目を逸らす。
隣でミントが可笑しそうにくすくすと笑っている。
(ははは…… 、ホント、まさかだよ…… )
ヨシュアは二人からの熱い視線と、他の男性客からの冷たい視線を感じつつ、甘い甘いアイスクリームを頬張るのであった。




