伝説の真偽
シモンズ劇団の演目は、聖騎士たちの警備のもと、無事に終わりを告げた。
演者の一人一人の演技力の高さもさることながら、魔法による演出力が随所に光る素晴らしい劇を目の当たりにした観客からは、惜しみない拍手が送られた。
今まさに、その拍手に応えるようにして、舞台上にはスポットライトの光を一身に受けた演者たちが一堂に集結して手を振っている。いわゆるカーテンコールというやつだ。座長であり、神を見事に演じたメレフの姿もそこにはあった。
舞台上の劇団員達は皆とても良い笑顔を浮かべ、堂々と手を振っている。本当に素晴らしい劇団なのだと、ヨシュアはあらためて感じていた。
惜しまれつつも舞台上から演者が退場すると、ほどなくして観客席にいた人たちも会場を後にし始めた。観客たちもまた満足そうな良い表情をしている。きっと皆今日の講演のことは決して忘れないのだろう。
「────さて、そろそろボク達も挨拶に行こうか」
挨拶? 誰にだろう? …… いや、そういえば舞台前にメレフさんに、後でお父さんへ挨拶に伺うと言っていた。たぶんそのことだろう。
ジークに連れられて、一行は客席が並ぶホールを後にすると、敷地内にある外周の通路をぐるりと回って楽屋近くまでやってきた。ジークが劇団員の一人に声をかける。声をかけられた劇団員が楽屋に入っていたかと思うと、メレフとその父親と思われる初老の男性がやってきた。
メレフ同様、背の高い気品に溢れた男性は、メレフの父親だとすると七十歳前後だろうか。だが、背筋を伸ばし、白髪交じりの髪をきちっと整え微笑を浮かべるその姿は、同性から見ても素敵な紳士だと感じた。手入れの行き届いた白いお鬚もとても良く似合っている。
その男性はゆっくりと一歩前に出ると、丁寧な口調で挨拶した。
「初めまして。私がメレフの父のシモンズです。今日は私たちの舞台を見に来てくださり、本当にありがとうございます」
積み重ねた年齢を感じさせる落ち着いた低い声は、初めて会ったはずなのに聞き覚えがあった。たぶん、ナレーションを担当していた声の持ち主だ。そしてこれも推測だが、シモンズと名乗ったことから、この人が劇団の創設者と考えて間違いなさそうだ。今は娘のメレフに座長を譲りつつ、自分もこうして舞台に帯同しているのだろう。
シモンズの挨拶に返すように、ジークが舞台の礼を述べる。
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます。いつもながら、大変すばらしい舞台でした」
「ありがとうございます。その言葉が我々にとって何よりの励みになります」
シモンズはジークの言葉を受けて丁寧に会釈した。つられてヨシュアも何となく頭を下げる。シモンズの表情を伺うと、ジークの言葉にたいそう嬉しそうに笑っていた。やはり歳を重ねても、人から褒められるというのは嬉しいことなのだろう。特に思い入れのある劇団を褒められたとあればなおさらだ。その気持ちはヨシュアにもよく分かる。
「せっかくだ、少年。キミもシモンズさんに挨拶するといい。舞台を見たうえで聞きたいこともあるだろう?」
ジークがそういって、半ば無理やりヨシュアの背中を押す。
強引だが、確かに貴重なこの機会を与えてもらえるのは嬉しい限りだ。ヨシュアは今一度姿勢をきちんと正して、シモンズに今日の舞台のお礼を述べた。
「初めまして。ヨシュアと言います。この度はお招きいただきありがとうございます。あの…… 舞台、とても感動しました。広く知られた有名な話のはずなのに、演者の方々が熱演もあって、物語に凄く引き込まれました。生で舞台を見られて良かったです。次はぜひ、自分でちゃんとチケットを買って見に来ます」
「ありがとう。とても嬉しいよ。そうだね…… 次は愛する人と二人で、ぜひまた見に来てください」
シモンズはそう言って少し悪戯っぽく笑う。お茶目な老人の言葉に、咄嗟にマトやアルルやリコッタの顔を思い浮かべてしまい、恥ずかしさのあまりヨシュアは照れ笑いでごまかすしかなかった。
せっかくジークが用意してくれた機会なので、気を取り直してここはアルルの気分になって質問してみようと思う。
「あの、ここで聞くことでは無いのかもしれませんが…… シモンズさんは、今回の演目の題材にもなった『世界樹と三人の英雄』について、どこまで史実に基づいているとお考えですか?」
「ふむ、なかなか変わった質問をしますね。その質問はキミで二人目ですよ」
シモンズは少し驚いた表情をしつつも、笑顔でヨシュアの言葉に頷いている。ヨシュアとしては別段変わった質問をしたつもりは無いのだが…… 確かに、この物語が現実世界を題材にした話とはいえ、たかが童話に対して真剣に質問するのは珍しいのかもしれない。
それにしても、わざわざシモンズが口にした『同じ質問をしたという一人目の人物』が誰なのか、少し気になる。
「あの…… 一人目は誰だったのですか? 私も知っている人ですか?」
「ええ、すぐそばにいるジークエンデ君が一人目ですよ」
シモンズの言葉にヨシュアは思わず振り返ってジークを見た。ジークは珍しく困ったような表情を浮かべている。まさかジークと同じ質問をすることになるとは……
「多くの人々はこの話を世界樹を題材にした創作話だと信じ込んでおります故、あまりこのような質問をされる方はいないのですよ。ですが、この物語の核心部分は全て実話を基にしてあると、私は考えております」
やはりそうか……
なんとなくだが、昨日、世界樹の下に眠る遺跡の話を聞いていたこともあって、どうしても今回の話が空想の出来事だとは思えなかったのだ。
「あの、その根拠はいったい?」
「その話をする前に、どうしてヨシュア君は私にこの質問を?」
シモンズから逆に質問が飛んできた。この質問に至るまでの考えを聞きたいようだ。
ヨシュアは昨日、クリスタルの製造過程を見学した際に術式のこと、そして世界樹の真下の遺跡に描かれた、術式の模様の基となった壁画について簡単に話してみる。
「────ということが昨日あって、だから私も今までこのお話は、初代の王族をモチーフにした『空想の産物』だと考えていたのですが、もしかしたらと思って」
「なるほど、それで私に。ヨシュア君はなかなか勉強家ですね」
「いえ、そんな…… 」
不意に褒められた。アルルを真似てみただけなのだが、褒められるということはやはり嬉しいものだ。
「話を戻しましょう。どうして私が実話だと思うか、でしたね? それは、私がアリストメイアにて厳重に保管されている宝石を見たことがあるからです」
「宝石って、もしかして、あの話に出てきた深緑色の不思議な宝石のことですか?」
「ええ、その通りです。もう三十年以上も前になるでしょうか。まだメレフが幼かった頃の話です。舞台の評判を聞きつけた貴族の紹介で、一度だけ見せてもらったことがあったのです。暗闇でも自ら光る神秘の輝きを持った宝石。実物を見た人にしか分からないでしょうが、あの宝石は紛れもなく本物だと、伝説に登場した神からの贈り物に間違いないと、当時の私は感じたのです。あの宝石を実際に見てしまってからというものの、とてもあの逸話がただの創作だとは思えなくなりました」
シモンズは目をつむり、当時のことを懐かしみながら、宝石との出会いを話してくれた。その表情からは、きっとシモンズにとってこの日の出来事は一生忘れることのできない思い出であり、人生の転機というべきものだったのかもしれないとヨシュアは感じた。
◆
一同はシモンズとメレフに感謝と別れを告げ、再びホテルに戻ってきた。
明日からはアリストメイアの巡回警備、という名目の自由時間になるらしい。「こんな調子で本当にいいのか?」と思う一方で、確かに今日得られた物は大きかった。明日が意味のあるものになるのかどうか、全ては気の持ちようなのかもしれない…… と、ヨシュアは都合の良いように解釈することにした。




