問われるは騎士の資質
時計の針は九時を指している。試験開始の時間だ。
試験官から今日の流れと注意事項の説明を受けた後、最初に行われるのは筆記試験だ。途中休憩をはさみながら合計三時間の試験になる。時間配分は国語と数学の基礎教養を四十五分ずつ。そして残り時間の全てが生物学に当てられる。生物学は試験時間に比例して得点のウエイトが一番大きい。
生物学で問われるのは『世界樹』『マナの木』『魔物の生態系』『魔物の対処方法』など。ヨシュアもさっそく問題に取り掛かる。
『マナの木が生み出し、この世界の水や空気中にあふれている元素は何か? またそれをもとに生物の体内で作られるエネルギーは何か答えよ』
(これは『魔素』と『魔力』だな。この世界の全てだ)
『マナの木が枯れると何色になるか。また枯れた時に色以外でどのような変化が現れるか答えよ』
(『白色』と『固くなる』…… これは簡単だな)
『マナの木を加工する上で、他の木にない特徴を三つ答えよ』
(『水に浮くほど軽くて丈夫』、『マナを豊富に含んでいる』、『魔術式と相性がいい』)
『世界樹周辺に住む魔物と、一般的な動物の違いを三つ答えよ』
(『大きさ』と『色』、そして『魔力の多さ』…… と)
『魔物に関する以下の記述の中で、誤ったことを述べている個所を答えなさい』
(これは…… 『魔物は凶暴な性格を持つ』の部分だな。危険ではあるが、危害を加えたり不用意に近づかなければ大丈夫)
『世界樹やマナの木に含まれる魔力を特別に何というか答えよ』
(これは簡単。『マナ』だな)
『世界樹近くに生息する魔物ほど何色になる傾向があるか? またそれはなぜか答えよ』
(答えは『緑色』。なぜなら『魔力が多い』から。けど、不思議なことに人間だけは魔力が多くても肌の色が緑色になったりはしないんだよな…… )
『この世界の周囲に点在する島と島とをつなげる巨大な世界樹の根を、先人たちが加工したものの名は? また、それに連なる国々の総称は何か答えよ』
(…… 『環状根』と『環状列島』)
『魔物と遭遇した時に適切だと思われる対処方法を思いつく限り述べよ』
(『目を合わせない』、『背中を見せずに静かに逃げる』、『強い光を当てる』、『虫笛を使う』、『できる限り魔物を刺激する火の魔法は使わない』、あとは…… )
「────はい、そこまで。ペンを置いてください。用紙を回収します。後ろからまわして」
真面目そうな試験官がテストの終わりを告げる。
時計はちょうど十二時三十分を示している。
「実技試験は別会場になります。集合は十三時四十五分になるので、昼食の時間を含め、みなさん遅れないよう行動してください。以上、解散します」
解散が告げられる。とりあえず筆記の試験が終わった安堵からか、会場入りした時に感じた緊張感とは打って変わって和やかな雰囲気に包まれている。談笑するものや、さっそく弁当を広げる者もいた。
────試験の出来が悪かったのか、悲壮感漂うものも少なくなかったが。
机の上の筆記用具を片付けていると、隣の席のクノンが話しかけてきた
「試験どうだった?」
「ん? たぶん大丈夫。けっこう自信あるよ」
「よかった」
クノンはにっこりと笑う。その笑顔から、クノンもテストに対して自信があるのだとヨシュアは思った。
ふと、クノンの視線がヨシュアの背後に移る。ヨシュアは振り返ると一人の男が近づいてきていた。それはレオでもハンスでも無い知らない男だった。背の高い茶色い髪の男はクノンに手を振る。
「やあ、クノン。それから隣のキミも、試験お疲れ様。二人ともなんだか試験前から目立っていたな」
「見てたの? それなら一緒に抗議してくれたらよかったのに」
クノンはちょっと不服そうな顔で言う。
「ごめんごめん。でもちょっと遠い後ろの席だったから、わざわざ首を突っ込むと余計に話がややこしくなるだろう?」
「それは…… そうかもだけど」
やっぱり不服そうなクノンに男は困り顔だ。男はヨシュアに視線を移すと言った。
「まだ名乗ってなかったね。僕はミシェル。クノンとは幼馴染なんだ。よろしく」
ミシェルと名乗る男はそういって左手を伸ばす。
「ヨシュアだ。こちらこそよろしく」
ヨシュアも左手を伸ばして握手をしながら答える。
「ねぇ、ミシェルは試験できた?」
「もちろん…… と言いたいところだけど、意外と数学で手こずったかな。でも他は自信あるからたぶん大丈夫だ」
「ちょっと、そんなとこでつまずかないでよ。私たち三人揃って合格するんだから」
二人のやりとりから普段からの仲の良さが伺える。
ミシェルはレオやハンスとは違って爽やかで物腰も柔らかく、まさに好青年という言葉がぴったりだ。
「そうだな、今年は合格したいな。…… ああ、僕たち2人とも去年はダメだったんだ。実技がちょっとね。でも今年はちゃんと合格する気でいるよ。ヨシュアのこと、去年見かけなかったように思うけど、今年が初めてかい?」
「ああ。でも俺も今年合格する気でいるし、しなきゃならないと思ってる」
ヨシュアは亡くなったガトリーのことを想う。こんなところで躓いてはいられない。
「へえ、自信があるんだね。僕は今年で二回目だけど、そこまで言い切る自信は無いな。あぁ、そういえば二人ともお昼は?」
「俺は持ってきてる」
「私も。この時間お店混みそうだし」
「それはよかった。一緒に食べよう」
こうして三人は会場で昼食をとってから移動することにした。
話を聞くと二人は首都アリストメイアの隣町に住んでいるそうだ。
そもそもの話、聖騎士見習い試験を受験するのは圧倒的に本土に住んでいる人間が多い。本土は土地柄的に裕福な人間が多いからだ。
聖騎士になるのに血縁ですべてが決まるわけではないが、お金や英才教育、それに才能もやはり必要で、そういった事情から本土以外の人間が試験に合格することは少ない。合格者も毎年三十人程度だからなおさらだ。
昼食を終えた三人は実技試験の会場へと足を運ぶ。そこは騎士たちの訓練施設でもあり、鍛錬用の様々な設備が屋内外に整えられている。また海に近く、海上や水中での戦闘訓練にも対応できるようになっている。
受付で荷物を預けて、代わりに着替えを受け取って更衣室で着替える。受け取ったものは聖騎士と同じ仕様の、マナの木からできた服と防具だ。魔術式が施されたそれは見た目以上に軽くて丈夫で、原材料が木とはいえ魔術式によって火にも刃物にも強い、まさに特別性だ。あらかじめ申請しておいたサイズに合わせて支給してくれているのでサイズもピッタリだった。
三人は軽く体を動かして待っていると、試験官がやってきた。十一人中二人は若い女性だ。
一番年長に見える四十代ぐらいの体格のいい男性が集合をかける。筋骨隆々。鍛え上げられた筋肉が服の上からでもわかる。
受験生たちの前に立つ威圧感たっぷりの男が、一通り全体を見渡した後、話し始めた。
「今回の試験を担当するアーノルドだ。聖騎士であり小隊長も務めている。後ろにいる者たちは私の部下であり聖騎士だ。どうぞよろしく!」
アーノルドが低い声であいさつする。少し威圧的に感じたが、最後に見せた笑顔からは優しそうな印象も受けた。
「皆も知っての通り、これからいくつかの実技試験を行ってもらう。我々が見るのは聖騎士にもっとも問われる資質である『対応力』だ。いかなる状況においても人々を救う英雄を求めている。そのための試験だ。先ほどの筆記試験も『適切な知識を基に問題に対処する』ためである。これから行う実技試験でも、我々は君たちに試練を課す。ぜひ乗り越えて欲しい!」
アーノルドが話し終えると、三百人いた受験生を受験番号順に十組に分けていく。
ミシェルとは別のグループだが、クノンとは同じだ。
そのクノンは少し表情が硬い。ヨシュアの視線に気が付いたクノンが言う。
「私ね、去年は実技試験が全然ダメで。自信あったのに失敗しちゃって。そしたら他の試験もうまくいかなくて…… 」
「そうか。…… けれどそれから一年、今日に向けて練習してきたんだろう?」
「それはもちろん」
クノンの表情は相変わらず暗いが、ヨシュアの問いかけには即答した。
それなら大丈夫だとヨシュアは言った。
「即答できるぐらい練習してきたなら大丈夫。去年失敗した原因も実力不足なんかじゃなく、精神面だってわかってるんだろ? それならやっぱり大丈夫さ」
「うん…… そうね。ありがとう」
クノンはそう言って少しだけ口元に笑みを浮かべる。その時、ふと視界の隅に見覚えのある二つの影を捉える。
それはレオとハンスだった。さっそくとばかりにレオがヨシュアを挑発する。
「やぁ、『片腕』。お前と同じグループとは、さっそく引導を渡す時が来たようだな!」
「…… さっきも言ったけど、決めるのはお前じゃないだろう?」
ヨシュアはため息交じりに答える。試験に集中したいヨシュアにとってはいい迷惑だ。
このグループの試験官と思われる女性が受験生の前に立つとさっそく試験の説明を始めた。黒髪ショートに襟足の外はねが特徴的な若い女性だ。
「はじめまして! このグループの試験を担当する聖騎士のマオだ! よろしく!」
マオの元気な声が辺り一帯に響いた。
いよいよ実技試験が行われる。ヨシュアの左手にも自然と力が入る……
(さぁ、ここからが本番だ。最短で聖騎士になるためにもここで躓いてはいられない……!)