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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
浮雲の旅団編
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交錯する想い


 黒い空からぽつぽつと落ちてきた雨粒は、すぐに大雨となって街に降り注いだ。


 雨が降り始めてからギルドホームに到着するまで五分ほどだったが、それでも二人は散々雨に降られたこともあってぐっしょりと濡れていた。



「はぁ……はぁ……。なんとか到着したけど……なんかごめん。結局かなり濡れちゃったな」



 息を切らしながらもなんとか目的地にたどり着いたヨシュアは、ギルド入り口前の屋根の下でアルルを降ろす。髪も服もずぶ濡れで、衣服が肌にべたっと張り付くような感覚が非常に鬱陶しい。雨はさらに勢いを増し、ザーザーと大きな音を立てて滝のように流れていた。



「何を言ってるんですか。私からしたら感謝しかないですよ」



 謝るヨシュアに、謝ることなんて何もないと感謝を告げるアルル。雨が降ってきたタイミングで二人で傘をさして歩いてきたとしても、あそこからだと歩いたら三十分はかかる。この大雨のなかそんなにも歩いたら結局はずぶ濡れだっただろう。そう考えれば早くたどり着いた分、こうしてヨシュアに乗せてもらえて助かった、とアルルは言った。



「それに私たち魔法が使えますしね!」


「あ、ああ……そうだね……早く乾かさないと……」



 ヨシュアはアルルの言葉に同意しつつ、アルルから申し訳なさそうに目線を逸らす。

 ヨシュアの言葉の歯切れの悪さに気付いたのか、アルルは訝しむような表情を浮かべつつも、手で水滴を払いのけながら<瞬間乾燥ドライ>の魔法で上から順に乾かしていく。


 頭、それに両肩、そして白シャツを……



「……もしかして……見ましたね? ヨシュアさん?」


「見てない」



 水分をたっぷりと含んだ白シャツは透けて、中に来ていたピンク色の下着を鮮明に浮き上がらせていた。なるほど、これが原因かとアルルはヨシュアに問いかけるも、ヨシュアはすぐさま否定した。即答するところが逆に怪しかったかもしれないが、わざとではないから仕方がない。

 そんなヨシュアの思いを知ってか知らずか、アルルは口をとがらせながら「別にいいんですけどねー……」と独り言のように呟きつつ、また上から下へと魔法で乾かしていく。ついでに背中のマントについた泥はねも魔法で簡単に払い落とす。



「はい、これでお終い……っと! もうこっち見ても大丈夫ですよー!」



 アルルの言葉を受けて、ヨシュアはゆっくりと薄目を開けるようにしてアルルを見る。


 するとアルルは、

「もうっ! 信じてないんですか!? ちゃんと乾かしましたようっ!! ……私だって見られて恥ずかしかったし、それに見せびらかそうとか思ってませんし……そういう趣味はないつもりなんだけどな……」

と、明らかに不服そうな表情を浮かべている。


 そんなアルルの言葉はどんどんと小声になっていき、最後は囁く程度で、この雨の音にかき消されてほとんど聞こえなかった。



「いや、その…… ごめん! 疑ってしまって……!」



 ヨシュアは慌ててアルルに謝る。今までのからかわれた経験(といってもヨシュア自身の自滅が多いのだが)から、今回もそうではないかと少し警戒して身構えていたのだが、確かに失礼だったと後悔する。



「もういいですよー。…… ヨシュアさんが普段私のことどういう風に見てたか、なんとなく分かりましたし…… さぁ、中に入って食事にしましょう!!」



 アルルはまだどこか不満げな表情だが、それでも最後は悪戯っぽく笑った。それから両手でそれぞれ杖と傘を持ち、荷物を持った手のままギルドの扉をぐっと押して大きく開いてみせる。ヨシュアはそんなアルルの横顔の、ころころと変わる豊かな表情を可愛らしいと感じていた。







 二人が酒場に入った時にはすでに一階は満席の状態だった。少々遅い時間、それに雨も降っているというのにこの盛況ぶりは素直に感心する。いや、何も考えていない酒飲みが多いだけなのかもしれないが。



(……マトは……そういえば今日は休ませるって母親からマスター宛てに連絡が来てたんだったな)




 受付にて今日の報告をすませたヨシュアたちは、開いている席を探しに二階に上がる。だが、ここも満席のようだ。今からこの雨の中、別の飲食店を探しに行くのも気が引けるのだが……

 そう思ってどこか空いている席を見落としていないかと、辺りをキョロキョロとせわしなく探すヨシュア。そんなヨシュアに向かって手を振って、自分たちの席においでと招いてくれる人がいた。



「あれ? ニアじゃないか! なんだか久しぶりな気がする」



 席を探すヨシュアたちを招いてくれたのはニアだった。四人掛けのテーブル席にて、いつものようにライと二人で向かい合って座っていた。



「久しぶり……って、つい三日ほど前に会って話したばかりじゃない」


「そうだっけ?」



 何気ない会話をしつつ、ヨシュアとアルルは礼を言って開いている席に座らせてもらう。ジークに連れまわされたこの三日が妙に濃い三日間だったからか、ニアとライに会うのが久しぶりに感じていた。


 それから四人は、主にジークにこき使われたヨシュアのここ最近の三日間についての話題で盛り上がった。

 アルルが一連の話の最後に「ヨシュアさんが透けて見える私の下着を見た」と爆弾を投下した時はさすがにヨシュアも焦ったし、ニアはそのことをしっかりといじってきたので、結局のところ全面的に謝罪するまでに追い込まれたが、アルルは「わざとじゃないのは分かってますから」と笑って許してくれた。



「へー、良かったじゃない、ヨシュア。ちゃんと許してもらえて。……しっかりちゃっかりアルルの下着姿も見れて、なんだか良いこと尽くめじゃない」


「ニア!!」


「あはは! ごめんごめん、つい……ね? それにしても……最初にアンタから依頼に誘われたときからずっと気になってたんだけど、どうしてジークはアンタをそこまで連れまわしたいんだろう?」


「どうしてって……そりゃ、いつものメンバーに逃げられて困っていたところに、ちょうど暇そうな俺を見つけたからじゃないのか? 実際そんな感じのこと言われたし」


「ふーん……ホントにそれだけなのかねぇ……」



 ニアは何か引っかかっているような表情だ。



「ライさんはどう思います?」


「さぁ……私はジークさん本人ではありませんので……。ただ、ジークさんといつも一緒に依頼をこなす三人は、ジークさんと良好な関係を築いていたように思います。喧嘩別れするようにはとても見えませんでしたね」


「そうそう、そこも引っかかるのよね。なんたってアイツら『ジークエンデ親衛隊』だから。いつもジークの後ろについて回ってはジークのこと持ち上げてたし」


「単にご機嫌取りに疲れたとか?」



 ヨシュアの言葉にもニアはあまり納得がいかないようだ。おそらくニア自身もなぜ気に入らないのか、自分でもよくわかっていないようだが。

 まぁ、確かに、依頼を受けてくれるメンバーを探している途中、ジークといつも一緒に依頼をこなすメーテルという女性と出会ったのだが、その時ヨシュアが彼女に『なぜジークと別行動をとるようになったのか』と尋ねると、メーテルはなぜか焦った様子でかなりしどろもどろな答弁だったことを思い出す。


 ニアに対して隣に座るアルルが尋ねる。



「ニアさんは、あのジークさんの考えることだから何か特別な理由があるんじゃないかって、そう思ってるのではないですか?」


「そうなのか、ニア?」


「うーん……まぁ、そうかな。認めたくはないけど、アイツって物事をうまく進めることに長けているというか、知らぬ間にみんなアイツの術中に嵌まっていくというか……」



 ニアはジークのことを認めたくはないようだが、その一方で何の考えも無しに行動を起こすような人物では無いと評しているようだ。だから今回の依頼の件も、単純に仲間に逃げられたから暇そうなヨシュアを巻き込んだのではなく、ヨシュアでなければならない訳がきっとあると思ったようだ。


 ニアの言葉を聞いて、今一度ジークに誘われた当時を思い起こすヨシュア。ニアもアルルも考え込んでいるのか、先ほどまで盛り上がっていたテーブルが静まり返る。周囲の喧騒だけが耳に入ってくる。



 そんな時、ヨシュアは視界の上片隅に何か飛び込んでくるものを捉えた。視線を上に移すと、ちょうどニアのもとへと飛んできた<魔法文>がゆっくりとテーブルの上に降り立つところだった。

 酒場の天井付近の小窓から入ってきた<魔法文>は、この雨でずぶ濡れになりながらもきちんと役目を果たし、ひとりでにニアの目の前で鳥の形から普通の手紙へと姿を変える。



「誰からだろう? もしかして……」



 ニアは裏返し差出人を確認する。一瞬驚いたような表情を浮かべたかと思うと、ニアはすぐにその小さな手で濡れた手紙を破いてしまわぬよう丁寧に開いた。そのままニアは両手でしっかりと手紙を持って、いつになく真剣な表情で内容を読み始める。その様子を他の三人は静かに見守った。



「……ライ、これ読んで。読み終わったらすぐに行くよ」



 ニアは手紙をライに渡すと深紅のマントを羽織って荷物をまとめ始めた。そしてニアは立ち上がると、お札を取り出して「お釣りはいらない」と言ってヨシュアの前に置く。手紙を読み終えたライも立ち上がった。



「何か緊急の依頼? もしよかったら俺も手伝うけど……」


「ううん、ありがと。でも、そういうのじゃないの。人と会ってくるだけだから」


「この雨の中?」


「そうよ」


「もしかして、ニアたちがこの街に来たことと何か関係が?」


「……行くよ、ライ」



 ヨシュアの問いにニアは答えない。手紙を読んでからというものの、ニアの様子が明らかに変わった。そして準備を終えると、ニアたちは一度もヨシュアと視線を合わせることなく店を後にした。



「手紙、なんと書いてあったんでしょうか?」


「さぁ……でも、なんとなくだけど、あまり良い予感はしないな」



 先ほどのニアの様子からは、何か楽しそうなことが起こったわけではないことは確かだ。先ほどヨシュアの問いかけに答えなかったのも気になる。無視したということは、おそらくヨシュアの問いかけは遠からず当たっているということなのだろうが、肝心の部分は何も分からない。


 思い返してみればヨシュアはニア達のことをほとんど何も知らない。出身地も、傭兵を始めたきっかけも、この街に来た理由も……二人からは何も語りたくないという雰囲気がひしひしと伝わってきたこともあって、ヨシュアも何も聞いていなかった。けれど、嫌がられてももう少し踏み込んで聞いておくべきだったかもしれないと、ヨシュアは後々後悔する予感がした。


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