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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
浮雲の旅団編
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鼓動重ねて


「本当にこの時間から帰るのかい?」



 時刻は十九時を迎えようとしていた。日はとうに沈み、薄雲がかかった空はすでに真っ暗だ。マーセナル行きの馬車は早くも今日の運転を終えているらしい。



「山道はここよりもっと暗いよ? 今日は色々お世話になったし、二人さえ良ければ宿代ぐらい出すけど……」



 依頼人のおじさんがしきりに二人を心配してくれる。まだここは街灯のおかげで明るさを保っているが、この先は本当に真っ暗な道を行くことになる。

 それに今は雨は降っていないものの、いつまた降り始めるか分からない。そうなればいよいよ帰りの道は困難なものになってくる。


 それでもアルルは今日中に家に帰るつもりだった。



「お気持ちは嬉しいのですが……明日の朝は薬の納品がありまして、家に帰って準備しないといけないんです。大丈夫、私たち魔法が使えますから!」



 アルルはそう言うと<光球イルミネイト>を唱える。杖から放たれた暖かな光は、アルルの頭上へとふわふわと昇って辺りを照らし始める。



「いやそれでも……ここからだと早歩きでもマーセナルまで三時間近くはかかるよ?」


「それなら走って三十分ちょっとですね」


 依頼人が小さく「えっ」とつぶやいたのが聞こえたが、ヨシュアは気にしない。依頼人からしてみれば、この街からマーセナルまで馬車で一時間以上かかるのに、どういう計算をしたら走って三十分になるのかと不思議で仕方が無かっただろう。



「いやいや、仮にキミは三十分で帰れたとして……アルルちゃんはどうするんだい?」


「それは……あの、ヨシュアさん。ここに来る前に話した『乗せて帰ってくれる』って話、本気にしていいんですか?」


「うん、アルルさえよければ」



 ヨシュアはそう言ってその場でしゃがむ。



「ありがとうございます! ……それではお言葉に甘えて……」


「え? 君たちいったい何をしているんだい? まさかそのまま背負って帰ろうとか……そんなことないよね? ……冗談、だよね?」



 アルルが慣れた感じでヨシュアの背中に背負われるのを見て、依頼人は目を丸くしている。けれど、アルルも気にする様子はない。



「……ああ、杖と傘を二つも持ちながらだと、さすがに……いや、こうすればいけるか……でもスカート……まぁこれも気にしないでおこう……あっ、ヨシュアさん、準備できました。お願いしますっ!」



 アルルは杖の魔法を使って傘を宙に浮かせた。浮いた傘はそのままふーっとヨシュアの背中の辺りに回り込む。どうやら走る二人の後ろをぴったりと着いてくるよう、傘に魔法で役割を与えたようだ。


 傘が後ろに移動するのに合わせて目で追っていると、不意にアルルと目が合った。アルルはにっこりと笑って「準備できました」と明るい声で言うので、ヨシュアは頷いてアルルを背負いながら立ち上がる。片腕しかなので、できるだけアルルが乗りやすいように前傾姿勢を心がける。

 背負われたアルルは両手をヨシュアの首に回し、前で手をクロスさせるようにしながら両手でしっかりと杖を握った。




 今、ヨシュアの背中にはアルルがぴったりとくっついて体を預けている。

 耳元ではアルルの息遣いが間近に聞こえてくる。

 首元に回した腕も、少し視線を下げた時に見える足の太ももも、背中にあたる胸の感触も、彼女の髪から香る甘い匂いも……そのすべてがヨシュアの感覚を狂わせてしまいそうだった。



(つい先日アルルを背負った時は特に何も感じなかったのに……とりあえず落ち着け……)



 安易に乗せて帰ってあげると言った自分を浅はかだったと思いつつ、ヨシュアは努めて冷静に振る舞おうと心がける。


 決して嫌なわけではない。

 むしろ……



 ヨシュアとアルルは別れの挨拶としてそれぞれ依頼人に感謝の言葉を述べた。二人の挨拶に耳を傾けながらも、依頼人はまだ信じられないといった様子で二人をまじまじと見ていた。



「じゃあ、走り始めるからしっかりつかまってて」


「はいっ!」


 

 ヨシュアはアルルの返事を確認すると、ぽかんと口を開けたままの依頼人を残し、勢いよく走り始めた。







 アルルを乗せたヨシュアは、雨でぬかるむ大地に足をとられて転ばぬよう、いつもより少しペースを落としながらも快調に飛ばしていく。


 アルルは<光球イルミネイト>を使って辺りを明るく照らしてくれるので、街を出た後も走るのに困ることは無かった。




 山道付近に差し掛かると、舗装されていない土がむき出しの道を走ることになった。水たまりはよけつつも、少々泥はねが気になる。多少は左手の盾がいい具合にガードしているはずだが……もし怒られたら後で謝ろう。



 しばらく走っていると後ろからアルルが、ヨシュアに聞こえるようにと少し大きめの声で話しかけてきた。



「ヨシュアさん! 今更なんですが、この杖、邪魔じゃないですか!?」


「ん? 大丈夫! 全然平気!」


「……ヨシュアさん!」


「なに?」


「これも今更なんですが……私、重たくないですか!?」



 何とも答えにくい質問をするアルル。どんな顔して質問したのか見えなくて余計に答えに困ってしまう。決して重たいとは思わないが、どう答えるのが正解なのだろう……


 ただ、返事に戸惑って時間が経つほど余計に答えにくくなる気がしたので、覚悟を決めて、ありのまま思ったことを口にすることにした



……けれど、やっぱりここはちょっとひねってみようか



「……大丈夫! 全然重くなんかないよ!」


「ホントですか!? それならよかったのですが……」


「ホントホント! それに…………」


「えっ? それに……なんですか?」


「いや、やっぱり何でもない!」


「えー! ちょっとヨシュアさん!? 何だかすごく気になるんですけど!!」



 アルルの焦る声が聞こえてくる。ヨシュアはその声を聞いて満足そうに笑う。


 ヨシュアは初めから『それに……』の後に続く言葉を考えていなかった。ただちょっとアルルのことをからかってみたくて意味深なことを言ってみただけだ。

 ヨシュアは今この瞬間もドキドキしっぱなしだ。今日だけでなくこの年上のお姉さんには色々とからかわれている気がしないでもない。もちろん全く不快ではないから別にいいのだけれど、ヨシュアにも少しぐらい反撃してみたい気持ちがあった。



(少しぐらいアルルにも胸の鼓動が早くなる想いをしてもらわないと……なんて)






「あれ? …………雨?」



 アルルの声にヨシュアも走りながら少し空を見上げる。ずっと黒い雲がかかっていたのでそのうち降りそうだとは思っていたが、もう少しでギルドホームに到着というところで、いよいよ降り始めてきたようだ。


 見上げるヨシュアの鼻の上にもポツリと一つ大粒の雨粒が落ちた。かと思うと、また一つ、また一つとヨシュアの顔に雨粒が落ちてくる。散発的だった雨粒は、次第にその勢いを増していく。



「ちょっとペースを上げる! しっかりつかまってて!!」


「待ってました! お願いしますっ!!」



 この状況を楽しむかのようなアルルの明るい声に背中を押され、ヨシュアはまた一つギアを上げた。


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