術式の模様
結局、ヨシュアとアルルの二人はみんなと別れ、依頼人のマーカスと一緒に<魔法結晶>の加工場まで向かうことになった。
ボーレはアルルと夕食を楽しめると本気で思っていたようでとても残念そうにしていたが、また別の機会に一緒に食べようとちゃっかり約束していた。そういうとこはホント抜け目ない。
ヨシュアとアルルがやって来たのはマクベスという、馬車で二十分ほどのところにある街だ。依頼人をはじめ多くの炭鉱マンはこの町に住んでいる。マーカスさんの話では、このマクベスの街は本来ならもっと埃っぽいところだというが、先ほどまで降り続いていた雨の影響で、その点はあまり感じられない。
街の景色は大きくは変わらない印象だが、よく見ると工場が多いのか、大きな施設から煙突が伸びていて、至る所で白い煙がモクモクと空へ向かて伸びている。
依頼人が社長として運営している工場へと二人は足を踏み入れる。工場は街で見かけた他の工場よりは少し小さいだろうか。けれど、中に入ると従業員が手を止めて二人を歓迎してくれた。小さいながらも和やかな雰囲気に包まれたいい会社だ。
まず始めに見学したのはクリスタルを選別する作業だ。大きさや純度などでランク分けするだけでなく、プロの厳しい目によって欠けやひび割れが無いかどうかもチェックされる。光にかざしながら、様々な角度から確認するその眼差しは真剣そのものだ。
「おや、ハリー。いつになく真剣じゃないか?」
「勘弁してくれよ、おやっさん! それじゃまるで俺が可愛い女の子の前で張り切っているみたいじゃないか。俺はいつだって真面目に仕事してるよ!」
「あら、可愛いだなんて、嬉しいですね! …… さっそくなんですけど、質問いいですか?」
「おや、質問かい? なんでもどうぞ!」
アルルはさっそく何かを発見したようだ。彼女はハリーに笑顔を向けながら、彼の足元のクリスタルを指さす。
「その二つは同じくらいの大きさに見えるのですが、どうして別々に分けているのですか?」
「ああ、これはちょっと傷が入ってしまっててね。ほら、この辺を光に当てながらよく見てみて」
アルルは落としてしまわぬよう両手でクリスタルをしっかり受けとると、頭の上に掲げて照明の光にかざす。
「……あ、ほんとだ。すっごい小さな傷! よくこんな小さな傷見逃しませんでしたね……!?」
アルルに褒めちぎられて、ハリーはとても嬉しそうに鼻の下を人差し指で擦る。
「ほらヨシュアさんも見てみてください! この辺りなんですけど…… 」
アルルはそう言いながら、隣に立つヨシュアとの距離を一歩詰めて、ヨシュアにもよく見えるようにクリスタルを掲げる。アルルの横顔が近い……
「見えましたか?」
「あ、…… うん。ほんとだ、凄い小さいけど、たしかに傷がある」
ヨシュアはアルルに話を合わせる。ホントは傷なんて見えていなかった。ヨシュアの目に映ったのは、アルルの細長い綺麗な指先だけだった。早くなる心臓の鼓動が彼女に聞こえてしまわないか少し心配になる。
「そうなんですよ! いやー、これは言われないと見逃してしまいそうです…… 」
アルルは感心しながら、また両手で丁寧にハリーにクリスタルを返す。
「傷があるのは分かりましたが、その傷一つで何か変わるのですか? やっぱりお値段とか……」
「そうだね。値段も変わる。けど、そもそも傷がつくと<魔法結晶>としての性能も少しばかり落ちるんだ。ただのエネルギー源として使うならともかく、君がその手に持つような魔法の杖は繊細だからね。少しの傷でもけっこう違いが出ちゃうんだよ」
「そうなんですかっ!? 知らなかった。今までちょっと雑に扱ってた部分もあるけど大丈夫かな? この杖まだ新しくしたばっかりなんだけど…… 」
アルルはハリーの話を聞いて自分の杖の先に取り付けられた大きな<魔法結晶>をまじまじと見つめる。以前使っていた杖はコルト諸島にて翼竜に持ち去られており、つい一週間ほど前に新しく購入したばかりだった。
アルルは先ほど教わったように照明の光に当ててクリスタルに傷がついていないか確認してみる。慌てて確かめる様子を見て、ハリーは笑った。
「お嬢ちゃん。このあとおやっさんと一緒に見学すると思うけど、選別されたクリスタルはコーティングされるから、ちょっとやそっとじゃ傷なんてつかないよ」
「ほんとですか!! よかったー…… !!」
アルルはほっとした表情を浮かべると、両手で杖をぎゅっと抱きしめていた。
次に見学したのはクリスタルに術式を刻む作業だった。白髪交じりの気難しそうな職人が、眉間にしわを寄せながら、椅子に座って作業している。クリスタルを台座のくぼみに固定し、職人の右手に持つペン型のナイフのようなもので術式を慎重に刻んでいく。
二人は職人の邪魔にならないように、少し離れた場所で静かに作業を見守った。
しばらくして、作業が一区切りついたのか、職人はふーっと大きく息を吐いて、それからこちらを見上げた。
「ああ、おやっさん…… そちらの若い二人は?」
「今回魔物の退治を依頼した時に来てくれた傭兵さ。クリスタルの加工に興味があるそうで、見学したいらしいから連れてきたんだ」
「へー、若いのに感心だな。どうだい、俺の作業はキミ達の目にどう映った?」
職人はこちらを見ながら、落ち着いた低い声で自分の仕事ぶりはどうだったかと尋ねてきた。
ヨシュアは言葉に詰まる。心の底から凄いと思ったが、さすがに「凄い」の一言で終わらせてはいけないように思う。この気持ちを適切にうまく伝えるにはどうしたらいいのか……
思い悩むヨシュアの隣で、アルルはいつものように明るい声で話し始める。
「凄かったです! 知識が無いのでなんと表現したらいいか分かりませんけど、集中力というか、オーラというか…… あの、そのクリスタル、触ったりしないんで、もうちょっと近くで見てもいいですか!?」
こういう時のアルルは正直ずるいと思う。何も特別なことを言ったわけではないのに、声のトーンや表情、それに仕草からは言葉以上に「私はあなたに興味がある」と猛烈に訴えかける何かがある。
「ああ、もちろんいいとも…… 少年はどう思った?」
「えっと…… 」
「別に褒めて欲しいわけじゃないから、素直な感想でいいよ」
職人はまっすぐヨシュアの目を見て返事を待っている。試されているわけではないだろうが、その眼差しを見ていると、きちんと自分の言葉で職人の想いに応えないといけないと思った。
「そうですね、俺は傭兵なんで物作りをしている人の気持ちはあまり分かりませんが、その仕事に誇りを持って真剣に作業に打ち込む姿は、その、とてもカッコいいと感じました」
「そうか、『カッコいい』か。そいつは嬉しいね。良かったらキミも近くで見て行ってくれ」
ヨシュアは職人の言葉に素直に頷いて、アルルの隣に立ってクリスタルを眺める。六角柱のクリスタルには、それぞれの面に対して別々の小さな模様が刻まれてる。
クリスタルの大きさは片手に納まる程で決して大きくはない。そのクリスタルの一面一面にこれほど細かな模様を刻むとは…… 。遠くから眺めている時にも感じたが、とてつもなく細かな作業だ。
クリスタルを興味深そうに眺める二人に、職人は静かに語り始めた。
「見ての通り、術式を刻むという作業はとても繊細な作業だ。最近は自動筆記ペンや焼印にスタンプ、それにシールタイプの術式もあるが、やはり安定して最大限の力を発揮させるには刻むのが一番なんだ。これだけは時代が流れても変わらない」
「それにデザインとしても人気があるしね」
職人の言葉に合わせるようにマーカスさんは言う。その依頼人はクリスタルを眺めるアルルに尋ねた。
「アルルちゃんはこの模様を見てなにかピンとこないかい?」
「はい、恐らくですが、杖に使われている模様と同じなのかなって」
「その通り。良く気づいたね」
依頼人はアルルが見事いい当てたことに感心した様子だ。
職人はクリスタルを手に取ると一面ずつ刻まれた術式に込められた意味を二人に向けて説明し始めた。
「この面から時計回りにに『火』『水』『風』『雷』の四大属性と、それからこれが『光』、そして最後が『魔力増幅』を補助する術式だよ。魔法使いが好む、様々な状況を想定した対応力重視の術式だ」
職人の話にアルルがしきりに頷いている。ヨシュアも話を聞きながら、いくつか疑問が頭に浮かぶ。素人の自分が質問してもいいのか少しためらいもあるが、アルルに倣ってここは質問攻めをしようと思う。
「あの、凄い初歩的な質問になるかもしれないんですが…… 」
「いいよ、せっかくだ、何でも聞いてくれ」
「ありがとうございます。その、『光』はあるのに『闇』は無いんですか?」
ヨシュアの質問に職人は少しだけ目を大きく見開いた。聞いてはいけない質問だったかと、ヨシュアは少しばかり戸惑う。だが、すぐに職人は柔らかい表情を浮かべてこちらの問いに答えてくれた。
「『闇』はね、国に禁止されているんだ。闇の魔法は危険なものが多く、使い方を誤れば使用者にも悪影響を及ぼしかねない。だから特別な事情が無い限り術式に刻んではいけないことになっているんだ」
「そうだったんですね。あと他にも聞きたいんですけど、今日ジークさんに渡されて、対<這い出る土竜>用ってことで、音にまつわる専用の杖を使ったんです。それはやっぱりこのクリスタルとは全く別の術式が刻まれているのですか?」
「ああ、実物を見ないと何とも言えないが、間違いなくそうだろうね。たぶん『魔力増幅』と『音にまつわる特別な専用術式』と『範囲増大』系の術式あたりは使われているんじゃないかな。<這い出る土竜>相手なら地中に効率よく伝播させるための術式も使われているかもしれない」
職人は実物を見ていないにもかかわらず、すらすらと使用されているであろう術式を予想する。やはりこういった人たちは知識からして違うのだと感心する。
「あともう一ついいですか?」
「もちろん」
「術式には文字と模様の二種類があって、模様の方が効果が高いと習いました。では、どうして模様の方が効果が高いのですか?」
「確かにその傾向はあるね。絶対じゃないけど。私も術式士ではないから専門ではないが、文字はあくまでも人間が生み出したもの。その効果は人間が持つ魔法に大切な『イメージ』、これを補助するという役割を担っているんだ。反対に模様は古くからずっと使われているんだが…… その模様の多くは世界樹内部の遺跡に描かれていたものさ」
「えっ? 世界樹内部の遺跡に模様が? いったい誰が……」
ヨシュアは驚きのあまりつい聞き返してしまう。
世界樹の内部、というより地下には世界樹の根が絡まるなかに遺跡のようなものが存在しているのは知っていた。北に位置する大国<エテルマギア>が必死になって解明しようとしているこの世界の謎の一つだ。
だが、その壁画にまさか絵画のようなものが描かれていたとは……
職人は話を続ける。
「『誰が』かなんてもちろん分からない。けれどもこのことは紛れもなく事実だ。術式に関わる者と、魔法大国ニルローナ出身の者なら皆知っている。術式士たちはその壁画に描かれた模様を組み合わせるようにして次々に新しい魔法を生み出している、というわけだ」
職人の言葉に隣に立つアルルも同意するように頷いている。
ヨシュアは頭の中を一度整理する。
今まで何気なく使っていた術式。
その模様は実は世界樹内部の遺跡に描かれたものを流用していた。
誰が何のために描いたかは不明だが、組み合わせることで魔法が発動する。
(つまり、俺たちの祖先と呼べる人たちは、昔は世界樹があるエルベール大陸に住んでいて、その時からすでに術式魔法を使っていた? むしろ今の術式魔法は昔の人の知恵を解読しながら使っている?)
考えてみても答えは分からない。
分からないが、どうやら世界樹はヨシュアが思っていた以上に謎に包まれた存在らしい。
考えを巡らせるヨシュアの隣でアルルは悪戯っぽく笑った。ヨシュアを見つめるその瞳は、新しい謎を見つけた時と同じように輝いている。
「どうですか、ヨシュアさん。術式もこの世界も不思議でいっぱいですよね。知れば知るほど興味が尽きない。そうは思いませんか?」
なるほど、たしかにそうかもしれない。
ヨシュアは先日マトとも話した『知れば知るほど知識欲は広がる』ということを身をもって経験したのだった。




