土竜討伐戦
ジークの合図が聞こえる。いよいよ作戦開始だ。
ヨシュアは左手に持つ杖のお尻の部分、<魔法結晶>が取り付けられている方とは反対側の先端部分を、地面に何度も何度も押し付ける。トントンと、二秒おきに杖の先端で地面を叩くと、そのたびに地面に一瞬だけ波紋のような術式が広がる。
人間の耳には何も影響はないが、これでモグラたちには十分効果があったらしい。
ヨシュアが魔法を使い始めると、<這い出る土竜>たちは次々と横穴から螺旋状の坂道に姿を現す。哀れ、待ち伏せされているとも知らずに。
アルルが杖を振るう。<照明>によって丸く大きな光源を現れた。その光にモグラたちは眩しそうに顔をしかめている。
「…… あのおっさんの言う通り、結構パクられてやがるじゃねーか」
マシューの言う通りだった。
<這い出る土竜>たちは、後ろ足でしっかりと立ち、その発達した前足でツルハシやスコップを器用に握りしめている。
光と音を不快に感じたのか、モグラたちはこちらを敵と判断したようだ。ぞろぞろと列を無し、螺旋の坂道を登ってこちらに向かってきた!
「もうすこーし…… 今だ! アルル君!」
「はい! …… <解き放たれる炎>!!」
十分に引きつけ、ジークはアルルに指示を出す。
アルルは杖の先端を縦穴に向け、火炎放射のような炎の魔法を広範囲にまき散らす!
燃え盛る炎は巨大な縦穴をも埋め尽くす。
アルルはゆっくりと螺旋に沿って魔法を展開していく。
そのあまりの威力にマシューとボーレは若干引いていた。
「うわ、えげつねぇ」
「あちぃ、これ俺たちも出番無いヤツじゃ…… 」
エミッション系の魔法は、バレット系の魔法と比べて広範囲を一気に攻撃できるのが特徴だ。かわりに威力と射程で劣り、魔力の消費もかなり大きい。一般的には燃費の悪い魔法と認識されているのだが…… アルルの潜在的な魔力があまりにも大きすぎて、この魔法を見る限り欠点がまるで感じられない。マシューの口から「えげつない」という言葉が漏れるのも無理はないな、とヨシュアも思った。
ただ唯一、彼女の魔力をもってしても射程の問題だけは解決できない。
そこでアルルは別の魔法を唱え始める。ちょうど縦穴の真上付近、深緑に光り輝く円形の魔法陣が現れた。
「続けていきますよー! <降り注ぐ炎弾>!!」
火矢の一斉射撃の如く、無数の炎弾が縦穴の内部に降り注がれる。
レイ系の特徴。それは頭上の魔法陣から降り注ぐようにして発動するということ。発動までの時間が長いのと、命中率がイマイチなのがネックだが、上空から攻撃できる貴重な攻撃手段である。今回の様に上手く扱えば効果は絶大だ。
ジークはアルルの魔法に感心しつつも、冷静に魔物の動きを追っていた。
「────何匹か横穴に逃げ込んだモグラがいるね。少年はそのまま杖でモグラに嫌がらせを! マシューとボーレは周囲の警戒もよろしく!」
ヨシュアは引き続き杖係だった。一定のリズムで杖を地面に打ち付けて音の魔法を展開していく、何とも単調な作業だ。アルルにばかり働かせて、自分だけ楽していることに罪悪感を覚える。
ジークの言った通り、何匹かが穴を掘って地中から姿を現し始める。
けれど、奴らが現れた場所は五人がいる地点から随分と遠い。どうやらヨシュアの放つ音の魔法を嫌ったようだ。縦穴を挟んで反対側、地面が盛り上がったかと思うと、モグラたちがひょっこりと顔を覗かせる。
「やっと出番か!!」
マシューはすかさず右手を真っすぐ前へ。
よく狙いを定め、手首に取り付けたマジックワイヤーを射出する!
────命中!
五十メートルほど距離があってもお構いなし。マシューは見事一発で射貫いて見せた。彼の隣でボーレが拍手を送る。
「オメーも見てねーで、せめて構えるぐらいしろよ」
「いやー、あの距離は俺には無理」
ボーレは悪びれる様子もなく即答した。
その間にもマシューは次々と仕留めていく。
「────オッケー! もういいよ、アルル君」
「ふぅ。さすがにちょっと疲れましたね。それに汗かいちゃいました」
結局のところ、どうやらアルル一人でほぼ全ての魔物を焼き払ってしまったようだ。
一仕事終えたアルルが額の汗を手で拭う。あの魔法は使用者本人が一番暑かったようで、彼女はシャツの一番上のボタンを開け、手でパタパタと服の内側に風を送っている。
そのアルルの胸元がどうしても気になるヨシュア。自分の鼓動が早くなるのを感じていた。
「────彼女、良い体してるよね」
「うわぁあ!」
不意に後ろから話しかけられて、ヨシュアは思わず奇声を上げてしまう。
その声にアルルもこちらを見た。ヨシュアは慌てて手を振りつつ、「何でも無いよ」と言って誤魔化す。
「ちょっ、ジークさん、いきなり何なんですか…… !」
ヨシュアは小声でジークに文句を言う。目を細め彼を睨むが、ジークは笑って受け流す。
「いやいや、事実を言ったまでだよ。勝手に動揺したのはキミ。何かやましい事でも考えていたのかい?」
「そ、そんなわけ…… 」
「ふっ、キミは嘘をつくのが下手だねぇ。まあ、ボクは良いと思うけどね」
「”良い”って何がです?」
「好きなんだろ、彼女の事が」
ヨシュアは思わず口ごもる。そんなこと考えたことは無かったけど、もし付き合うことになれば……
「ははっ! キミはホントに素直な反応をするね! さぁ、仕事を完遂さえようか!」
◆
まだ若干炎がくすぶる中、ヨシュアとマシューとボーレの三人は螺旋の坂道を下っていく。ジークの指示を受け、避難した<這い出る土竜>がいないかどうか、横穴を一つずつ順番に覗いて確認していく役割だ。
坂道を下っていると死骸の焼ける匂いが鼻につく。それに熱気も凄い。これにはマシューとボーレも上で待つジークに対して少し恨み節だった。
【どうだい? そちらの様子は?】
狭い横穴、ヨシュアを先頭に列をなして進んでいると、ジークからヨシュアに向けて<念話>の魔法がきた。
【三つ目を見てるところですが、今のところ隠れた魔物もいないですね】
【それならいいけど、昨日みたいに油断しないようにね】
ジークがわざわざヨシュアに釘をさす。何も間違ったことは言っていないが、何もしていないジークに言われると少し言い返したくもなる。
【了解。そちらもアルルのこと、ちゃんと守ってくださいよ?】
【誰に向かって言ってるんだい? 女性を守るのは男として当然だろう?】
昨日に引き続き他人任せでまともに戦っていないというのに、ジークは女性を守るのは当然自分の役目だと言い切る。どの口が言うのだとヨシュアは呆れた。
そのまま順調に確認作業を進めるヨシュアたち三人。
九つ目にて、ようやく生きた<這い出る土竜>と接近戦になる。
モグラの手にはツルハシ。奴はヨシュアが近づくなり跳びあがり、ツルハシを思いっきり振り下ろしてくる。だが当然これをヨシュアは<衝撃吸収>で完璧に防ぐ!
ヨシュアの後ろ、視界の隅に何かが蠢くのを捉えるマシュー。
「…… あぁ?」
彼の斜め上から穴を掘って這い出てきた<這い出る土竜>は、鋭い爪でマシューの頭上から襲い掛かった!
しかしマシューはこれを予期していた。彼はすぐさま反撃を仕掛ける。
マシューは両手の短剣を逆手に構え、モグラが飛び出してくるのと同時に右回りに一回転。スピンと同時に頭の斜め上あたりで<這い出る土竜>の鋭い爪を、逆手に持った両手の短剣を交差させて受け止めた!
さらにスピンの勢いそのまま、モグラの腹部辺りに右後ろ回し蹴りを決め、なんと空中でモグラを蹴落としてしまった!!
「ボーレ!!」
「はいよ!!」
すぐさまマシューが叫ぶ。
その声にボーレは飛び出し、蹴り飛ばされ岩肌に激突したモグラの魔物にハンマーで追撃をかけた。
────ドォーーン!!!
「うわ!?」
「テメー、ちょっとは加減しやがれ!!」
衝撃音と共に舞い上がる砂煙。その一撃は魔物だけでなく岩盤をも砕いていた。
思いっきり振り下ろされたハンマーの衝撃は凄まじく、横穴の天井から砂粒が落ちる。それを見たヨシュアの脳裏に、横穴が崩落して生き埋めになるビジョンが見えて身震いする。
その後も横穴で生き残りを相手に戦闘を繰り返すヨシュアたち。音の魔法の効果が薄かったのか、それとも単純に炎が届かなかったのか、下に行けば行くほど生き残りが多かった。
戦っていると、上下左右から穴を掘って奇襲を仕掛ける<這い出る土竜>も何匹かいた。だがヨシュアとマシューの前には、その試みも無意味だ。マシューも<五感強化>が使えるらしく、音に反応する二人が早すぎて<這い出る土竜>の不意打ちはことごとく失敗に終わった。
全ての横穴を見終えたヨシュアたち。ずっと上まで続く螺旋の坂道を上る。ボーレが早々に息を切らしているが、マシューは気にせずどんどん登っていく
ヨシュアは歩きながら先ほどの戦闘を思い出していた。ハンマーの威力も凄いと感じたが、なにより先ほどのマシューの技が気になって仕方が無かった。ああいう形での蹴り技なら、自分でも取り入れられるかもしれないと思ったからだ。
「あの、マシューさん。さっき見せてくれた回し蹴りのやつ、あれ凄かったです。どこであの技を?」
「あ? あぁ、あれか…… 我流だよ、が・りゅ・う。そんなに凄かねぇーよ」
「でも、スピンしながら攻撃を受け止めて、勢いそのまま回し蹴りで攻撃するなんて、まさに攻防一致じゃないですか!」
「オメーこそ、さっきからチカチカと一瞬だけ光る盾。あれ<衝撃吸収>だろ? そっちこそ難しい技何度も決めといて涼しい顔してんじゃねぇーよ」
あくまでも我流だと言って特にコツなど教えてくれなかった。ただ、短い戦闘だったものの、マシューがヨシュアのことを多少なりとも認めてくれたような気がして、それが素直に嬉しかった。
「────おーい!! あっ、気づいたっ! お疲れ様でーす!!」
声が聞こえたような気がしてヨシュアは見上げる。
視線の先にはアルルが手を振る姿が見えた。薄暗い洞窟の中で、アルルはいつものように明るい笑顔を浮かべて帰りを待ってくれている。その声にヨシュアも左手を挙げて応えるのだった。




