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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
浮雲の旅団編
50/154

魔法結晶と鉱石


 ジークエンデから依頼を受けてから三日目。今日はマーセナルから南に馬車で一時間のところにある<トーレス山>にて採掘の手伝いだ。狙いは天然のクリスタル及びマナジストと呼ばれる鉱石である。




 今日のメンバーはヨシュアとジークエンデのいつもの二人に、ワレスさんが声をかけてくれたマシューとボーレの二十代後半ぐらいの男二人組と、そして魔法使いのアルルだ。


 マシューは盗賊風の短剣使いで、本人が言うには特技は『寝首を搔く』こと。少し口が悪く、ワレスがこの依頼に誘った時もヨシュアの手を見て「片腕なんかで傭兵やれんのか?」と本人の前で口にしてしまうほど無神経な男だ。ただ同時に<緑のカード持ち>でもあるから、実力は本物なのだろう。


 ボーレは斧使い。しかもハンマーという傭兵団でも珍しい打撃武器を扱う戦士だ。大きな体格におおらかな性格と、細い糸目からなんとなく優しそうな印象を受ける。とはいえボーレも<緑のカード持ち>だから今日は頼りにさせてもらおう。ちょっと運動不足なのか、主張の激しい出っ張ったお腹が気になるが。




 馬車乗り場に到着した二人。この雨で機嫌が悪いのか、マシューは鬱陶しそうに長く伸びた髪をかき上げながら、アルルに向かって毒を吐く。



「あ? 見ねぇ顔だな。今日は片腕だけじゃなく新人魔法使いまで世話してやんなきゃなんねーのか? ジークの野郎、あの場所が魔物の溜まり場になってるって分かってんのか?」



 事実とは言えなかなかに失礼な発言だ。アルルにお願いしてここに来てもらっているヨシュアの立場としては黙ってはいられない。

 だが、ヨシュアが抗議しようとする前にアルルはすっと立ち上がる。そして特に気にする様子もなく、いつも通りの明るい口調で二人に挨拶する。



「アルルといいます! ギルドには入団していませんが無理言ってメンバーに加えて頂きました! 後方からの魔法での支援がメインになると思います! みなさんにはご迷惑をかけることもあるかとは思いますが、今日はどうぞよろしくお願いします!」


「おっ、おう。そういうことなら仕方ねえな…… 」



 アルルの元気の良い挨拶にすっかり毒気を抜かれたマシュー。ボーレに至っては思いっきり鼻の下を伸ばして間抜け面を晒している。


 なるほど、初対面の人とはこうやって仲良くなるのかと感心したヨシュアは、へりくだりながらも嫌味を感じさせないアルルの物言いを参考にしてみる。



「ヨシュアです。今回は依頼を引き受けてくださり本当にありがとうございます。盾使いとして壁役、それから囮役もやります。皆さんに役割を与えてもらえるよう努力するので、今日はどうぞよろしくお願いします」



 ヨシュアとしてはうまくアルルをまねて挨拶できた…… と思ったが、二人は軽く頷いただけだった。明らかに先ほどと反応が違う。やっぱりアルルのようにはうまくいかない。まぁ、嫌われたわけでは無さそうなので良しとしよう、とヨシュアは自分に言い聞かせる。








 例のごとくジークは馬車乗り場まで遅刻してきたものの、なんとか依頼人たちが待つ採掘場へは遅れずに到着した。

 馬車の中は今までで一番賑やかだったかもしれない。ジークとアルルは相性がいいのか、ジークのどんな話もアルルが目を輝かせて聞くので、始めはこの雨でテンション低めだったはずのジークも、車内では終始ご機嫌だった。




 依頼人はこの山を管理する優しそうなおじさんだった。名前はマーカスさんと言うらしい。世間話もほどほどに依頼人の案内のもと一行はさっそく洞窟の中へと足を進める。


 狭い洞窟の入り口を中腰になりながら潜っていく。少し歩けば屈む必要のないぐらいには広い作りになっていて、中は作業がしやすいように照明がついているのが有難い。洞窟の中というだけあって少しひんやりとしているだろうか。隣を見るとジークが思わず身震いしている。


 ジークは珍しく荷物を背負っていた。その袋からは杖らしきものも見える。その杖は、昨日使った物とは形状が少し違うようだ。気になって杖の事や鞄の中身について尋ねてみたが「今回のためのとっておきさ」とだけ言われて、詳細は教えてもらえなかった。



 多少の起伏はあるものの、比較的平たんな道を歩いていく。採掘したものを運ぶトロッコのレールがずっと続いていて、ヨシュアたち一行はその道に沿って歩いていた。ここまでは特に魔物の気配もない。


 

 そうして入り口から十分ほど歩き広い空間に出ると、目の前の景色が一気変わった。



「うわー! これが加工前のクリスタル…… ! 綺麗だなー!」



 アルルが天井を見上げながら感動を口にする。

 見上げた洞窟の天井には六角柱のつららのようなクリスタルが一面びっしりと生えてきている。クリスタルは緑がかった半透明で、そのクリスタルと照明の光によって洞窟内は鮮やかな緑色に染まっている。アルルの言う通り、これは確かに綺麗な景色だと思った。


 話によるとこれらのクリスタルは、マナの木から溶け出した魔素が雨水などと一緒に地中に溶け込み、この山の空洞部分に染み出た水分と一緒にぽたぽたと落ちるときに冷え固まって出来上がったものらしい。

 今見えているものはせいぜい五年物で長さも十五センチほどしかないが、それでも十分綺麗だ。一般に流通している<魔法結晶マナクリスタル>は三年もの~五年ものを加工したものらしい。



 クリスタルはマナの木の影響を色濃く受けた緑がかった半透明で、加工することで<魔法結晶マナクリスタル>として、様々な道具の動力原となっている。

 クリスタルの緑色は『マナ=魔力』を表し、クリスタルに閉じ込められた魔力を使用すればするほど緑色は薄くなって、最後には一般的なクリスタルと同じく無色透明になる。

 ちなみに、クリスタル自体が魔力の塊ではあるものの、そのままでは使えない。使用する用途にあわせて形を変えたり術式を刻む必要が有るのだ。そうして加工されて出来た物を<魔法結晶マナクリスタル>と一般的に呼んでいる。


 ちなみに、ジークが持つ指輪に取り付けられた鉱石は<マナジスト>と呼ばれるもので<魔法結晶マナクリスタル>とはまた別物だが、それもこの山の奥でわずかながらに採掘できるらしい。


 依頼人のマーカスさんがアルルに向かって叫ぶ。



「もっと奥行くと、もっと大きくて綺麗なクリスタルが見られるよ!」



 今回のお目当てである特大サイズのクリスタルとマナジストは、今いる場所より奥地にあるそうだ。そして、そこには何時の間にか魔物が住み着いてしまっていたらしい。

 炭鉱マンたちも多少の魔物相手なら自分たちで処理するが、今回見かけた魔物は数が多い。加えてもう一つ、魔物の数以外にも彼らの手に負えない理由があるらしい。



「いやー、お恥ずかしい話ですが、ちょっと色々と管理がずさんでして、その、炭鉱で使うツルハシなどを持っていかれたもんで、そいつを魔物が武器にしてしまってるんですよ。魔物も頭が良いというか…… 」


「けっ、感心してる場合かよ、おっさん」



 依頼人に対しても相変わらず口が悪いマシュー。幸いおじさんは優しそうな性格で、マシューの発言も笑って流してくれた。



 この炭鉱に巣食う魔物は<這い出る土竜クロールモール>というモグラが魔素の影響で進化した魔物だ。一般的なモグラと比べ前足と後ろ足、それから視力がかなり発達しており、地上でも十分に生活できるよう進化したようだ。おそらく地上で生活する際に前足が発達したとみられ、今回武器を手にしたのも、その辺りが影響したのかもしれない。ただ、進化した割にはやはり地中を好むようで、この炭鉱を占拠することになったとみられる。

 




「さぁ、着いたよ」


「────ほんとだ。とても綺麗……!」



 依頼人の案内のもと、最初にクリスタルを見かけた空洞からさらに奥へと十分ほど進んだ先は、アルルをはじめ、一同も思わず息をのむほどの幻想的な景色であった。


(なんだ…… これ? ほんとにクリスタルなのか!?)



 それは、先程とは比べ物にならない程に大きく立派なクリスタル。

 深緑の美しい結晶体が空間を埋め尽くすように天井から連なっている。


 その大きさはどれも三メートルは確実に超えており、先端が地面に到達しているものも少なくない。あまりの大きさの違いに、先ほどと同じクリスタルだとは到底思えないほどだ。 


 色も非常に透き通った綺麗な色をしている。魔法をたっぷりと蓄えた特徴的な緑色がなんとも美しい。マーカスさんが言うには、このクリスタルはやはり非常に高価で、この色合いから魔法の無い外の国々からも大変人気があるそうだ。



 アルルは思わずクリスタルに頬を寄せる。



「冷たい。けど、あたたかい光…… 」



 うっとりとした表情でクリスタルに触れるアルルの姿は、幻想的な光と相まって妙に色っぽく、ヨシュアはそんなアルルの姿を気づけば目で追ってしまっていた。

 




 一同はその絶景に見とれていたが、マシューだけはあまり関心が無いようだ。



「で、おっさん。魔物はどこ?」


「ああ、ここからじゃクリスタルで隠れて見えないけど、この部屋の奥の洞窟の先だよ。今は魔物の姿は見えないけど、ここで採掘を始めると、その音が邪魔なのか気に入らないのか、向こうからぞろぞろとやってくるんだ。ちなみにあの奥には<マナジスト>と呼ばれる鉱石が採れる場所になっていて、できれば今回その採掘場を取り返してもらえたら…… とても嬉しいですね」



 <這い出る土竜クロールモール>は、元々モグラが進化した魔物というだけあり、音やニオイにはかなり敏感な魔物だ。だから少し離れたこの場所で採掘していても気になって襲ってくるのだろう。


 ヨシュアたちは依頼人の案内でマナジスト採掘場まで続く洞窟の入り口まで歩いていく。運搬用のトロッコが通る道の上を歩いていくが、そのすぐ隣にも天井から生えた無数のクリスタルが地面に届きそうなほど長く伸びており、もはや壁のようだとヨシュアは感じた。


 案内された洞窟の入り口部分はなかなかに狭く、奥が見えないほど暗い。聞くと魔物が眩しいのを嫌って照明を壊して歩き回ったそうだ。

 隣で話を聞いていたジークが依頼人に尋ねる。



「そのマナジストが採れる場所へと通じる道はここだけかい?」


「そうです。入り口から採掘場までは空間の広さに違いはあれど、運搬用トロッコのレールに沿った一本道なので」


「なるほどね。うーん、数が多い相手に広い場所では戦いたくないなぁ。まぁとりあえず奥がどうなってるかも見てみようか。少年、そういうことだ」


「────先頭を歩けってことですね。りょーかい」




 ジークの言葉に渋々頷きつつも、たしかに自分が適任だと思うヨシュア。

 ヨシュアとアルルの二人は<照明イルミネイト>の魔法を使った。そうして奇襲を警戒しつつ、洞窟内を照らしながら慎重に、奥へ奥へと進んでいく。



 洞窟部分は思ったよりも短く、程なくしてまた開けた場所に出た。

 アルルが感嘆の声を上げる



「うわー…… これはまたこれで壮大というか何というか…… 」



 目の前に広がっているのは巨大な縦穴だった。足を滑らせないように気を付けつつ、暗い縦穴の中を<照明イルミネイト>を使って覗いてみるが、なかなか底が見えない。

 どれくらい深いのか気になったアルルが依頼人に尋ねてみると、深さ五十メートル近く、直径も同じく五十メートルほどあるとのことだった。通りでちょっとした明かりじゃ奥の方まで覗けない訳だ。



「あの、縦穴の側面にまたいくつかトンネルがあるのが見えるでしょうか? 魔物はあの奥にいるみたいでして────」


「トンネルの数はいくつぐらいあるんだい?」


「全部で十二です」



 依頼人とジークの会話を整理すると、この縦穴には全部で十二の横穴が掘られているそうだ。螺旋状のゆるい坂道がずっと下まで続いていて、十二の横穴も坂道沿いに掘られている。

 いずれもマナジストを採掘するために掘られた穴なのだが、ちょうど居心地がよかったのか、半年ほど前からその横穴に魔物が住み着いてしまった。初めは数もそれほど多くなく、炭鉱マンたちでも十分に対処できたのだが、ここ一月ほどで一気に数も多くなったらしい。



「さて、それじゃあ今回の作戦を説明しようか」



 ジークがいつものように自信に満ちた笑みを浮かべてる。そしてこういう時は決まってヨシュアに無茶な役割を押し付けるのだが────


 ジークがまたいつものようにヨシュアの左肩に手を置く。

 今回はどんな無茶を言われるのだろう。ヨシュアは少しばかり身構えた。



「────うん! 今回キミ、あんまり出番無いかも!」



 ────衝撃の事実!



 唖然とするヨシュア。あんぐりと口をあけて立ち尽くすヨシュアを見て、後ろでマシューが腹を抱えて笑っていた。


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