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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
聖騎士見習い試験編
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聖騎士見習い試験

 

 ついに試験当日の朝が来た。



 この日もヨシュアは、いつもより少し早く起きて、軽く体を動かすためにまだ真っ暗な街の中へ走りに出る。

 墓地まで走って、いつものように墓参りをして、今日はそのまま走って家に戻る。試験当日と言えど、体に染みついた習慣は変えられない。あくまでいつも通り試験に臨むため、少しぐらいは体を動かしておかないと。



 試験会場は隣の島の<アリストメイア>にある。<アリストメイア>は国名を冠するこの国最大の都市であり、聖騎士たちの本部もここにある。レンガ造りの街並みが非常に美しい街だ。

 会場までは馬車と船を乗り継いでいく必要があり、たどり着くまでに三時間ほどかかる。

 前日に前乗りするほどではないが、少し早めに会場入りしようと思うと朝一番の船に乗る必要があった。




 いつもはまだ寝ている時間の両親と妹のネルも、今日は一緒に朝食をとる。ネルはまだ眠たそうに目をこすって小さなあくびをする。


 特に気負っているような様子もないヨシュアに両親は頼もしく思うと同時に、少し心配にも思う。なぜなら聖騎士を目指し生活の全てをかけ始めたあの日から、日を追うごとに笑顔が減っているような気がするからだ。

 ここ数年のヨシュアは同世代の子供が元気に外で遊ぶ中、遊びにも行かずひたすら鍛錬に励み、欲しいものもねだらず、走ることが好きな以外は趣味らしい趣味も無い。


 そんな息子がもし聖騎士に成れなかったとしたら…… 我が子に残るものは一体何だろうかと不安にもなる。それでも両親としては息子の夢を応援するだけだ。


 母親がヨシュアに話しかける。



「調子はどう?」


「ん? …… バッチリ。いつも通り快調さ」



 ヨシュアは母の言葉に答える。強がりではない、やるべきことは全てやってきたつもりだ。緊張はしているが、今更焦っても仕方がない。あとは試験でいつも通りの実力を発揮するだけだ。


 そんなヨシュアに父も心配そうに話しかける。



「こんなこと言うのはなんだが……もし今日がダメでも落ち込むなよ?」


「もちろん。そもそも一度の試験で受かるほうがまれなんだから、今日は気楽に試験を受けてくるよ」


「そうか。それならいいが」



 聖騎士見習い試験の受験資格は、十五歳から二十歳の五年間与えられる。その期間内で合格すれば見込みアリとして、翌月から晴れて見習いとして聖騎士を目指すことになる。見習いになった後、最低でも三年は修業したのち、今度は聖騎士になるための試験を受け、見事合格すればようやく聖騎士として認められる。

 とはいえ十五歳で見習いに、ましてや十八歳で聖騎士になるものなどまずいない。この国でもっとも難しいとされている試験であり、一度目は落ちて当たり前とされている。


 だが、ヨシュアが父に言った言葉は嘘だった。


 ヨシュアは今回の試験できっちり合格するつもりだ。そのために今まで鍛錬と勉学に励んだ。

 あくまでも客観的に判断して過去の試験と照らし合わせても、今回合格できる確率はかなり高いと思われる。特に実技試験の内容は毎年大きな変更はないからだ。

 それに、決して裕福ではないにもかかわらず、ヨシュアのために必死に働いて学費や装備を準備してくれる両親のためにも、ヨシュアは初めから一発合格しか目指していなかった。



「大丈夫だよ。いっぱい準備してきたんだから。ね、お兄ちゃん」



 父とヨシュアの会話にネルが答える。まだ眠たいネルの目は全然あいてない。それでもヨシュアのためにこうやって一緒に朝食をともにして、笑顔で励ましてくれる。

 …… やっぱり今回ちゃんと合格しないと。




 朝食を済ませ、ローブを羽織り、荷物を確認する。受験票に筆記用具に弁当、それから実技試験で使う盾やマジックワイヤー。

 試験は半日かけて行われるが、別に泊まり込みでは無いので荷物もそれほど多くは無い。

 準備をする後ろで母が声をかける。



「忘れ物ない?」


「大丈夫。じゃあ…… 行ってきます」


「ごちそう作って待ってるから、ちゃんと笑顔で帰ってきなさいね」



 ヨシュアは力強く頷く。

 両親と、小さく手を振るネルに見送られ、ヨシュアは家の扉を開けた。



 ヨシュアは家の近くの馬車乗り場から朝一番の馬車に乗り込む。

 約一時間ほど馬車に揺られ、それから小型の船に乗る。船でまた四十分ほど波に揺られ、本土に上陸したのち、またまた馬車で一時間。徒歩や待ち時間も合わせておよそ三時間のちょっとした旅を終えて、試験の一時間前にたどり着く。

 ここまでは全て予定通りだ。







 会場に着いたヨシュアは係員に受験票を見せ、自分の席を探す。


 まだ一時間前にも関わらず多くの受験者が会場にいた。

 さすがに聖騎士を目指すだけあって、みすぼらしいものは一人もおらず、身に着けているものからは皆それなりの身分であることが感じ取れる。


 試験前ということもあって、会場全体に緊張感が漂っている。あるものは必死にノートを見返し、あるものは落ち着きなく、あるものは緊張した面持ちでただただ机をじっと見つめる。


 ウワサによると例年通り、今年も国中から三百人ほどが受験するらしい。

 十年ほど前に初めて女性の聖騎士が誕生してからは、毎年少しずつ女性の受験者が増えているとも聞く。



 ヨシュアは席に着くと荷物を降ろし、かばんから筆記用具と一冊の本を取り出す。


 やはり緊張はしている。けれど今更焦って勉強し直す気も無いヨシュアが取り出したのは試験には何も関係ない、ただの騎士を題材にした物語が書かれた本だった。今までに何度となく読み返したお気に入りの本で、試験に関する参考書以外で唯一読む本と言ってもいい。



 実はこの本はガトリーが読んでいた本であり、後にエルザから譲り受けていたものだ。



 馬車や船の中で読んでいたこともあって残りのページもあとわずか。おそらくちょうど試験が始まる直前に読み切れるだろう。




 緊張をほぐすように落ち着いて、ゆっくりと文字を指でなぞりながら本を読むヨシュア。

 しばらくすると近くで話し声が聞こえきた。その声の主はわざとヨシュアに聞こえるよう大きな声で話す。



「なあ、見てごらんハンス君。今年はなんと『片腕』の受験者がいるようだよ!」


「なになに…… 本当だ! レオ君。まさかとは思うが、彼は本当に『片腕』なんかで合格するつもりなのか?」


「そんなわけないだろう? ただの記念受験だよ。見たところ決して裕福では無かろうに。わざわざ高い金を払ってご苦労なことだ」


「なるほど、記念受験か! それなら納得だよ。だって彼からは気品もオーラも何も感じないからね。なにより『片腕』で聖騎士が務まるわけがない」


「まったくだ。僕なら『片腕』の聖騎士などあまりにも頼りなくて、助けて欲しいとは思えないな。まぁ、万が一にも彼が合格などありえないが!」



 そういって二人は大声で笑う。その笑い声を合図に受験会場のいたるところで、ひそひそとヨシュアを見ながら何か話しているような声が聞こえてきた。

 皆今まで声には出さなかっただけで、やはり『片腕』の受験者などと馬鹿にしていたのだ。



(ちっ…… こいつらみんなしてバカにしやがって…… こういうのは無視だ無視)



 馬鹿にされているとはわかっていたが、ヨシュアは無視して本を読み進める。

 もちろん二人の失礼な発言を気にしていないわけでは無いし、当然ながら不愉快ではある。

 だが、言葉でいくら反論しても片腕だという事実は変わりない。こういうや奴らは試験結果という分かりやすい事実を突きつけてやらないと……



 ヨシュアが無視を決め込んだのが面白くなかったのか、レオと呼ばれていた金髪の男がヨシュアの右肩に手を置く。



「なぁ、『片腕』。僕たちは君に忠告しているのだよ? 時間の無駄だから荷物をまとめて帰れと」



 ヨシュアは本を抑えていた左手でレオの左手を無言で払いのける。抑えを無くした本のページがパラパラとめくれる。



「この僕に許しも請わず無言で払いのけるとは。なんとも愚かだな」


「仕方がないよ、レオ君。彼、右腕だけじゃなく舌も無いようだから」


「なるほど! 話したくても話せなかったのか! そこに気が付くとはさすがだな、ハンス君」


(……我慢しろよ俺。けど、今に見てろ。絶対試験で恥かかせてやる……!)



 二人はまたしても大声で笑う。

 周りの者たちのざわつきが一層大きくなる

 静かに怒りがこみあげてくる。


 だがヨシュアはこれも無視した。

 試験前に言い争っても仕方がない。ただ今は我慢するだけだと、ヨシュアは自分自身に言い聞かせる。

 

 そんな時、ヨシュアの左隣に座っていた女がすっと立ち上がってレオとハンスに向かって抗議する。



「ねぇ、少しうるさいんだけど。試験前ぐらい少し静かにしたらどうかしら?」


「ほう? 生意気な女だな」



 レオはそういって左手をわざとらしくあごに当てる。左手には紋様の入った指輪がはめられている。よくわからないが、たぶん身分とかを表すお高いものなんだろう。



「なに? 身分なんて関係ないわ。ここには今から試験を受ける、まだ『聖騎士見習い以下』の人間しかいないの。そんなに偉そうにしたいなら、試験に受かってからにしたら?」



 女性は意外と気が強かった。

 見た目や声だけなら優しそうな印象を受けるのだが、肩ほどまで伸びるふんわりとした金の髪が美しいその人は、今度はヨシュアに視線を向けて言う。



「ねぇ、いいの? 何も言い返さなくても。それとも…… 本当に話せないの?」



 彼女の青い瞳が覗き込むようにしてヨシュアを見つめていた。

 会場中の注目が集まっているのも感じる。


 無視してもいい場面だが、それではヨシュアのために怒ってくれている彼女に申し訳ないような気もした。

 ヨシュアはこちらを見下ろすレオの目をまっすぐ見ると、深呼吸してできるだけ心を落ち着けて言った。



「片腕なのは事実だ。別にそこは気にはしてない。ただ…… 俺は聖騎士を目指す。誰に何と言われようとそれだけは譲れない。聖騎士になれる素質があるかどうかの判断は試験官に任せるさ」


「これはまた生意気だな、『片腕』。…… 知っているか、この実技試験には『決闘』も含まれていることを。もし直接対決が叶うなら、この私が試験官に代わっておまえに聖騎士はムリだと証明してやろう!」


「そうだな、それもいいな。『貴族』の坊ちゃんと『片腕』の俺、どっちが聖騎士に相応しいか分かりやすくて」



 ヨシュアとしてはできる限り冷静に答えたつもりだった。だが、最後には結局挑発してしまった。

 やはりどうやらレオは気に入らなかったらしく、レオは吐き捨てるように「平民が! 地獄へ叩き落してやる!」と言い残すとハンスと共に去っていった。




 二人が去っていくと隣の女は一つ大きく息を吐いて、先ほどまでとは別人のように柔らかな笑顔を浮かべて話しかけてきた。



「ふぅ……。ごめんね、もしかして…… 迷惑だった?」



 女がヨシュアの表情を伺うように訊ねる。別に迷惑では無かったし、言い返してみると意外と心がすっきりしている。だからヨシュアは素直に感謝の気持ちを述べることにした。



「いや、そんなことないよ。あいつら意外としつこかったから、助け舟を出してくれて助かった」


「よかった。そういってくれると嬉しいわ。私、クノンっていうの。あなたは?」



 クノンと名乗る少女はそう言って笑った。彼女の笑顔からは優しさがあふれている。おそらく先ほどの強気な姿勢は、あくまでヨシュアを思ってのことだろう。

 たぶんクノンは良い人だ。ただ、ヨシュアは必要以上に仲良くなる気は無かった。お互い試験に受かるかなんて分からないし、そもそも今は数少ない合格の枠を奪いあうライバルだ。とりあえずこちらも名前だけは名乗って、あとはゆっくりと本を読もう……



「俺の名はヨシュア。短い付き合いかもしれないけどよろしく」


「いいえ。私たち2人とも試験に受かるから、きっと長い付き合いになるよ」


「……確かに。そうかもな」



 やっぱりヨシュアは机の上の本を鞄の中に戻すことにした。まだ読みかけだったが、あえて最後まで読まずに試験に臨むのもいいだろう。


 それより今は彼女と少し話がしたい。

 理由はクノンの『きっと長い付き合いになる』という言葉。今まで片腕のヨシュアが聖騎士を目指していると知ると、誰もかれもレオやハンスのように『片腕で聖騎士なんかになれない』とヨシュアのことをバカにした。

 だがクノンは違った。クノンは『二人とも試験に受かる』と、だから長い付き合いになると言ってくれた。

 この言葉を聞いてヨシュアは、この出会いはきっとこれからの人生にプラスになると予感したのだった。


ここまで読んで下さりありがとうございます。

明日、3月30日も夕方の17時ごろより、1時間おきに3話更新予定です。

続き読んでくれると嬉しいです。お願いします。


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