軍隊蟻討伐戦④
ヨシュアがワレスたち前衛組に合流した時には、既にまともに動ける軍隊アリは女王アリを残すのみとなっていた。
ただ、女王アリは魔法を扱う魔物だ。先程背中越しに感じた突風も魔法によるものらしく、どうやらモレノが放った<加速する炎弾>を掻き消すほどに強力らしい。
また、ラスボスを前にしてリリーナの魔力が尽きたとジークから連絡が来た。後ろを振り返ると、ケイトに支えられて立つリリーナの姿が見える。呼吸するのも苦しそうに胸の辺りを手で押さえている。
(無理もない…… か。もうずいぶんと長い間戦い続けているもんな)
それは魔力切れ特有の症状で、心臓を握りつぶされるような激痛が走るらしい。普通の人が魔力切れを起こしても別に問題はないが、魔法使いのような、元の魔力が豊富な人間ほど痛みが増すらしい。
だが、魔法による援護が期待できないとなると、接近戦を挑む必要が有りそうだが、そうなると突風のような魔法がなんとも厄介である。
ヨシュアはジークに<念話>で【ここからどうします?】と次の作戦を尋ねる。
すると、【キミ達に任せるよ】という、ここにきて意外な返事が返ってきた。突然のことに戸惑いながらも近くにいる二人にこのことを伝える。
「なんでぇい、急にジークの野郎どうしたんだ?」
「きっと俺たちのことを試してるんだろう。今日全体を通してずっと仕留め役は俺たちに任せていたしな」
「ラクしたいだけじゃねーのか?」
(その可能性も十分あり得るから困る…… )
アレンの言う通りだと思いつつも、ワレスの言葉も否定しきれず苦笑いを浮かべる。
さてどうしようか、と思っていると、足元に異変を感じる。
────蟻地獄の魔法だ!
しかも大きい!
「…… 下だ!」
ヨシュアは叫びつつ咄嗟に後ろに跳ぶ。
アレンも素早く反応するが、ワレスは足をとられてしまう。
ワレスは必死にもがいて脱出しようとするが、両足の自由を失ったワレスはみるみるうちに流砂に飲み込まれていく…… !!
────油断した!
しかし後悔は後回しだ!
「マジックワイヤー、<ローピング>!!」
ヨシュアは素早くマジックワイヤーを伸ばしては、ワレスの腰辺りに括り付けて引き上げようとする。
アレスもすぐにヨシュアに続いてマジックワイヤー(のポイントショット)を伸ばす。
だが、蟻地獄の魔法が獲物を引き込もうとする力は予想を遥かに超えて強力だった。<身体強化>とアレンのマジックワイヤーを合わせてようやく互角。
────いやまだ負けている!!
手こずっている間にも、ワレスは腰の辺りまで完全に砂に飲み込まれてしまっていた。
ヨシュアは咄嗟に、ジークに助けを求めようと振り向いてた。
だが、彼はこの危機的状況にも関わらず動かない。
(どうする? 俺に何ができる? 盾使いの俺にこの状況を覆す力はあるのか…… ?)
必死になって頭をフル回転させる。
今まで経験を、そして出会った人々の言葉を思い返す……
「────モレノさん!! 今です!! 攻撃を!!」
ヨシュアがたどり着いた答え。
それは『仲間を頼る』ということだった。
一人の人間ができることなんて限られている。それも片腕の人間ができることなんて、ちっぽけなことに過ぎない。そのことをヨシュアは昔から悲しいまでによく知っていた。
「今なら風魔法は来ない!! 今がチャンスなんです!!」
ヨシュアはもう一度大声で叫ぶ。
<念話>よりも叫ぶ方が想いが伝わると思ったからだ。
そしておそらくその判断は正しかった。
モレノは相棒が流砂に飲み込まれるこの状況に気が動転していた。だが、ヨシュアの叫びに我に返ると、杖を大きく前へ突き出し女王アリに向けて魔法を唱える。
「く、くらえ………… <加速する炎弾>!!」
今日一番の一際大きな火炎弾が、轟音と共に空を切り裂き一直線に飛んでいく。
────命中! オレンジの炎が女王アリの全身を覆う!
だが驚くことに、奴は激しい炎に包まれながらも動いている!
────しかし!
すぐさま女王アリに向かってもう一発炎弾が命中する!
それは魔力切れだったはずのリリーナの渾身の一発だった。
彼女は仲間のピンチにも驚くほど冷静であった。
そして呼吸を整えて反撃の機会を待っていたのである。
さすがの女王アリも二発の炎弾に動きを止める。
激しい炎は女王アリが持つ杖替わりのマナの木の枝も燃やし尽くすと、ようやく蟻地獄の魔法が止まった。
この隙にと、ハールとケイトも駆けつけ、四人のマジックワイヤーでワレスを一斉に引き上げる!
「う…… うおぉー…… !? はぁ…… はぁ…… 、助かったぜ!!」
なんとか引き上げに成功した。
引き上げた勢いそのままに地面に倒れ込むワレスとハール。
とりあえず窮地を脱して一同はほっとした表情を浮かべる。
「────早く立ちあがって!! まだ奴は動いている!!」
声を上げたのはヨシュア。
もう油断してはならない。
「おっと…… へへ、そうでなくちゃな!! アイツには一発お返ししてやらねーと気が済まないぜ!! どうする、ボウズ!?」
「セオリー通り両足側面の足から斬り落としましょう!! 俺が正面から引きつけますから、みんなは回り込んで!!」
炎に身を包まれた女王アリがこれ以上戦えるとは思えない。
それでも万全の体制を整える。
ヨシュアに向かってゆっくりと近づいてくる女王アリ。
まだ奴は動く。
それだけで驚愕に値するが、もう決して油断はしない。
茂みを抜け回り込んだワレス達四人が側面から足を斬り落とす!!
そうして動くことすら叶わなくなった女王アリ。
その後、燃え盛る炎によって完全に沈黙した。
────やっと倒した。
その安堵から一同は顔を見合わせながら力なく笑う。達成感もあるが、それ以上にみんな疲れていた。どこか素直に喜べないのは、最後のミスもあって完勝という気持ちにもなれなかったからだろう。
「やあやあ、みんなお疲れー!!」
後ろにいたジークと、それからリリーナとモレノもやってきて合流する。みんな疲れた表情を浮かべるなかで、ただ一人ジークだけは元気だ。まぁ、作戦を伝えるだけで戦闘には全く参加していなかったのだから当然と言えるが。
そんなジークがいつものようにヨシュアの肩を軽く叩きながら言う。
「今日は…… まぁ『75点』ってところかな? 途中までと、それから最後もなかなか良かったけど。でも、あのミスは致命的だね。一瞬の油断は死につながるよ? まぁキミ自身よくわかってると思うから、これ以上は言わないけどね」
ジークはそう言い残すと皆の方を向き直り「さぁ、じゃあ後処理だけパッと済ませて帰ろうか!!」と言って、手を叩きながら皆をせかし始めた。
そんなジークの後ろ姿を見ながら、ヨシュアは先ほど指摘された言葉を噛みしめる。
何も言い返せなかった。
みんなを守るとあれだけ意気込んでいたはずなのに。
────バシッッ!!
「痛って!!」
ヨシュアは急に背中を思いっきり強く叩かれて、思わず声に出して痛いと叫ぶ。
誰が叩いたかは振り返るまでも無い。
「ボウズ!! 俺はお前のおかげで助かった! これが事実だ! 何もしなかった奴の言うこといちいち真に受けてんじゃねーよ! ほら、さっさと終わらせて帰って飯食うぞ!! なっ!!」
ワレスは何度もヨシュアの背中を叩きながら「ガハハハッ」と大声で笑う。
この細かいことを考えない強引さが彼の一番の強みかもしれないと、自分も少しは見習うべきかもしれないと、ヨシュアはキラリと光るワレスの後頭部を見ながら思ったのだった。




