軍隊蟻討伐戦②
「見えるかい? あれが女王アリさ!」
「…… なんか、デカくないですか?」
ヨシュアたち八人の討伐隊は、茂みに隠れながら、百メートルほど先に見える女王アリの姿を確認していた。
女王アリは想像していたよりもずっと大きい。通常の軍隊アリたちですらヨシュアよりも大きいが、視線の先にいる女王アリは三メートルを確実に超えている。
それに色も全然違う。他の軍隊アリが全身黒色なのに対し、女王アリはその特徴的な羽根も含め、全身が緑色なのだ。
そんな女王アリの異様さに、一同は多少なりと動揺していた。けれど、ジークだけは女王アリを目の当たりにしても自信ありげだ。くるりと振り返り、得意げに作戦の説明を始める。
「これからの作戦を伝える前に、簡単にあの女王アリについておさらいしようか。あの女王アリの最大の特徴は大きさなんかじゃなくて『知能の高さ』にある。ここからじゃあんまり見えないかもだけど、実はあの女王アリは、剣の代わりに杖を持っているんだ。もちろん人間たちみたいに立派な杖じゃなくて、ただのマナの木の枝なんだけどさ。それでも魔法で蟻地獄を作って敵を流砂で呑み込んでしまうんだから恐ろしいよね。…… もしかしたらハール君より賢いんじゃないかな!?」
「なんですって!?」
ジークの悪ふざけにハールよりも過剰に反応するケイト。すっかり場に馴染んだようで、持ち味の元気の良さが顔を出し始めていた。
そんなケイトをなぜかハールが「まぁまぁ、落ち着いて」と言って宥めるのがどこかおかしい。
再び女王アリに視線を戻す。周りにはまだ軍隊アリの姿が見える。確認できるだけで十三匹はいるようだ。
アレンがジークに確認する。
「周りの奴らもヨシュアに引きつけてもらって罠に嵌める感じですか?」
「うーん…… その方法も試そうとは思うけど、たぶん女王アリはあの場から動かないと思うんだよねー。基本的に女王アリは狩りを他のグループに任せるから、ヨシュア君が必死にエサを演じても釣られないと思うんだ。もちろん女王アリが動かないと周りの軍隊アリもあの場を動かないだろうしね」
「よっしゃ、それなら正面突破だな!! ガハハハッ!」
ワレスが大きく開けて笑う。
木漏れ日がワレスの頭を照らしている。
「まったくキミは相変わらずだねー。まぁキミやヨシュア君はそれでもいいだろうけど、ハール君にケイト君もいるわけだしね、今回はもうちょっと慎重にいこうか。幸いこっちには魔法使いが二人いるからね。遠巻きに魔法で削りながら、近寄ってきたら前衛が下がり気味に相手する、という方向で行こうと思うけど、どう?」
「下がりながらっつうことは…… 基本的に魔法使いに攻撃は任せて、俺たちはのらりくらりとしながら守りに専念するってことか?」
「そうそう、いつもの彼みたいにね!」
ワレスの問いかけにジークは笑って答え、ヨシュアの肩に勝手に手を置く。
皮肉のこもった言葉にも既に慣れ始めていた。
「防衛戦は俺の趣味じゃあねぇんだが…… まぁ、今回ばかりはボウズの気持ちになって戦ってみるのも悪くねぇかもな。それにしても驚いたぜ。ウワサ以上の活躍じゃねーか! なぁ、モレノ!」
「あ、ああ…… ほんとに頼りになるよ…… 。か、簡単な仕事じゃないはずなのに、ずいぶんとラクさせてもらってる…… よ」
モレノがあんまりにもぼそぼそと話すので、ワレスが背中を思いっきり叩く。
「うぅっ! ゴホッゴホッ…… な、いきなりなにするんだ!?」
「”なにするんだ”じゃあねーよ、もっとはっきりしゃべれよ。緊張してんのか?」
「お、俺が人見知りなの知ってるだろ、お前は…… 」
モレノは自分を卑下しながら恥ずかしそうに俯いてしまう。
せっかく魔法の才能があるのにこの性格はもったいない。もっと堂々としてもいいだけの実力があるのに……
ヨシュアは少し考えて、言葉を選びながらモレノに話しかける
「あの、モレノさん。さっきは後ろから色々と魔法で支援してもらって助かりました」
「い、いや…… キミの方こそ凄かった…… 囮としても、盾使いとしても…… まさに縦横無尽だった…… 」
「ありがとうございます。でも、ジークさんの作戦では、ここからのキーマンはモレノさんとリリーナさんの二人の魔法使いです。だから、その杖でまた俺たちを助けてください」
「あ、ああ…… 任せろ…… 」
モレノは不意に頼られて恥ずかしそうに後頭部をなでる。
ヨシュアはあらためてパーティメンバーを見渡した。
今回集まってくれた人たちはみんな性格が全く違う。誰一人として似ていない。でもそれが一つの目標に向かって団結して、こうして軍隊アリの大群を追い詰めているのだから面白い。
ワレスは見た目通り豪快な性格のおじさんで、その剛腕と大きな斧でもっていつも先陣を切ってくれる。面倒見もよくヨシュアやハールのことを特に気にかけてくれた。
ただ感覚派とでもいうのか、ハールを指導するときうまく口で説明できずに葛藤するワレスはちょっとおかしくて見ていて笑える。同時にラスティさんの教え方がいかに上手だったのか実感できた。
モレノはダボダボの服にくしゃくしゃな髪の冴えない中年男性なのだが、見た目とは裏腹に魔法の実力は本物だ。
特に杖を構えてから実際に魔法を発動するまでの時間がとても短い。それでいて恐らく今日はまだ一発も魔法を外していない。にも拘わらず、実力に反して人見知りなのだ。
ただ、モレノから話しかけることはほぼないものの、話しかけるときちんと返事が返ってくる。話が下手という訳では無いのだ。
アレンはとても寡黙でストイックだ。いつも先陣を切って突撃するワレスばかり目立つのだが、アレンの槍捌きも充分凄い。さすが緑のカードを目指しているだけある。ちゃんと周りを見ながら戦ってくれるので、ハールやケイトも心強いはずだ。
それに、こうして戦いの空き時間は前衛組を集め、先ほどの戦闘の復習を何度も重ねる姿は勉強になる。
リリーナはアレンとよくペアを組む魔法使いだ。銀の髪をなびかせて魔法を放つ彼女の姿は本当に美しい。少しモレノには失礼だが、彼の隣にリリーナが立つこの組み合わせは、なかなかお目にかかれない光景だろう。
ただリリーナは、モレノを自分よりも高ランクの魔法使いとして尊敬しているみたいだ。人見知りの彼に対し、リリーナの方から何度も話しかけては連携の相談を行っている。その甲斐あって、戦い始めた時と今では明らかに攻撃の密度が違って頼もしい。
ハールとケイトの二人の剣士はまだまだ駆け出しで、正直なところ見ていて危なっかしい部分も多い。それでも二人は自分にできることをそれぞれ必死になって探している。
聞けばコルト諸島の一件で自分たちの未熟さを痛感したようで、こうして高ランクと一緒に仕事できる機会を本当にありがたがっていた。優しく控えめなハールと、勝ち気で男勝りなケイト。デコボココンビの会話は聞いていて楽しい。
────そしてジークエンデ。
ジークはいつも飄々(ひょうひょう)としていて何を考えているのかよく分からない。
けれどジークの話す言葉には妙な説得力があるのか、ついつい彼の話を聞き入ってしまうし、ひとたび彼が方針を示せばだれも反対しない。それに、何があっても最後はジークが何とかしてくれる、という謎の安心感がある。
今日も作戦を立てるだけで本人はまだ一匹も倒していない。それなのに文句を言う者はいなかった。本当に不思議な男だ。
「────どうしたの? もしかして緊張してる?」
パーティメンバーを見ながら物思いにふけっていたヨシュアに、ハールが声をかける。
「いや、緊張は特に。…… ただ、俺たち始めは寄せ集めだったのに、今ではいいチームだなって、みんなを見てちょっと思ってた。口にするのは恥ずかしいし、ジークさんに言ったら調子に乗りそうだから絶対に言わないけどね」
ヨシュアは思ったことをそのまま口にした。
同時に、単独行動の多い自分がチームプレイの輪に入れていないような気がして、少しばかり寂しく思った。
けれど、そんなヨシュアの想いを知ってか知らずか、ハールがヨシュアに向けて言う。
「そっか。けどそれは、他でもないヨシュア君のおかげだよ」
「俺のおかげ?」
「うん、そう、キミのおかげ。少なくとも前衛組はみんなそう思ってる。ヨシュア君が危険な役目を引き受けてあれだけ山を駆け回ってるんだから、絶対に作戦を成功させようって話してたんだ。ワレスさんもアレンさんも、もちろん僕ら二人も、ヨシュア君の頑張りに応えたいって思ってる。だからここまで一つにまとまれたのはヨシュア君のおかげなんだよ」
ハールの言葉に合わせて、彼の隣りに立つケイトがその通りと何度も頷く。
「後衛組もあなたのこと頼りにしてるわよ」
ハール達の後ろから声をかけてきたのはリリーナだった。
「はっきり言って、初めはあなたのことあんまり信じてなかったの。片腕だし、武器も盾だけだし。なんだか頼りなく思ってたんだけど…… 正面から魔物を相手しても全く動じないあなたを見て、”あっ、彼に任せておけばきっと大丈夫だな。ちゃんと足止めしてくれるな”って思ったの。だから今では安心して攻撃に集中できて助かるわ」
「リリーナさん…… 」
「────べた褒めだな、少年」
いつのまにかジークが隣に立っていた。
そして腕を肩に回して耳元で問いかけてくる。
「ここまで期待してもらうのはきっと初めてだろう? 今の気分はどうだい?」
「そうですね。悪くない…… いや、正直に言ってとても嬉しいです」
「フフ、やけに素直じゃないか。けど、いいものだろう、『期待される』っていうのは。この期待を裏切らないためにも、そしてこれまでの高評価を確かなものにするためにも、これからどうするべきか、分かるね?」
「────はい!」
ヨシュアはジークの言葉に力強く頷く。
みんなの期待を裏切らないためにヨシュアができること。
それは、この身をもってみんなの盾となることだ。
片腕のヨシュアにできることは限られている。
だからこそ皆に役割を与えてもらえていることを、とても幸せだと感じていた。




