マジックワイヤー
ヨシュアがラスティから<身体強化>と<衝撃吸収>を教わってから、早くも一年以上が経過した。ヨシュアは十二歳になり、身長も百五十五センチを超えた。
盾の修練だけをひたすら積んできたこともあって、<魔法人形>のレベル5を相手にしていても、タイミングが非常に難しい<衝撃吸収>をかなりの高確率で成功させることができるようになっていた。
ここまでできるようになるのに一年もかかってしまったとヨシュア自身は思っていたが、ラスティはヨシュアの成長を十分だと称えてくれた。
(ほんとラスティさんには感謝だな)
こうして魔法を使いながら戦ってみると、ラスティがなぜ盾使いとしての道を示したのか、今なら少し分かる気がする。
今、ヨシュアは戦うときに『守ること』を最優先に考えている。だからこそ<身体強化>を使いながら<衝撃吸収>も高確率で成功させることができる。
もしこれが剣使いとして攻撃にまで意識を割くことになったら、きっと<衝撃吸収>の成功率は今の半分以下だっただろう。『片腕だから』、『できることが限られているから』こそ物事をシンプルに考えられる。これこそ今のヨシュアの強さを支えている一番の秘訣だった。
ある程度接近戦が安定してきたヨシュアの成長を見て、ラスティは『聖騎士見習い試験』の試験項目にもなっている<マジックワイヤー>の使い方を教えてくれることになった。
マジックワイヤーとは両腕に取り付けるブレスレット状の魔法道具のことで、ブレスレットには深緑色をした六角柱のクリスタル、通称<魔法結晶>が取り付けられており、そこから魔法で作られたワイヤー状のものを射出するマジックアイテムだ。
<マジックワイヤー>の最大の特徴は、先端部分を自由にカスタマイズできることにある。
実はこのマジックワイヤーは聖騎士専用というわけではなく、さらに言うと武器としてだけでなく人々の日常生活でよく使われるマジックアイテムなのだ。
<魔法結晶>の部分を色々と入れ替える(結晶に刻む魔術式を組み替える)ことで、ワイヤーの先端を<矢じり型>や<鉤爪型>など用途に合わせて変えることができる。
ただ、ラスティが今から使おうとしているマジックワイヤーは少し特別だ。
ラスティは実際にマジックワイヤーを使って見せるため、鞄からマジックワイヤーの訓練でよく使われる<魔法盤>と呼ばれる直径三十センチほどの丈夫な円盤を十枚取り出す。そして空に向けて飛ばすと<魔法盤>は宙に浮かんでゆっくりと漂い始めた。
ラスティはヨシュアの目の前でそのディスクを様々な方法で撃ち落としていく。
「まずは矢じり型の<アローショット>。次はナイフ形の<ジャックナイフ>に、こうして鞭のようにしならせて叩き落すように使うのが<ハードウィップ>だ。あとは────」
解説しながらも両手のマジックワイヤーを器用に使って<魔法盤>を確実に撃ち落としていく。
ラスティをはじめ聖騎士たちが使うマジックワイヤーの<魔法結晶>の特徴は『形がない』ということ。つまり、毎回その用途に合わせ、先端部分を自分の好きなように作り替えることができる。
ただ、この射出してから目標に到達するまでの一瞬の間に、先端部分をイメージして形作るというのが実はとても難しい。少なくとも一般人には無理なレベルの技であり、このタイプの<魔法結晶>は実質聖騎士専用のマジックアイテムとなっていた。
「…… この鉤爪型が<クローショット>で、それからくっつく光る球が<ポイントショット>、最後にこうやって輪っかを作って相手を捕えるのが<ローピング>だ。いま見せた中では一番難しいが…… 正直な話<ポイントショット>が使えれば<ローピング>はあんまり必要ないな」
マジックワイヤーはヨシュアにとってありがたいことに、盾と同時に装備することもできる。
盾は腕の外側に、肘の辺りから手首付近まで取り付けるのに対し、マジックワイヤーは手首に取り付ける。こうすることで、マジックワイヤーを使用するときは、ちょうど盾と手の甲の間から射出するようにすればいい。
見事にすべての<魔法盤>を撃ち落としたラスティは涼しい顔をしながら、先ほどの技を解説する。
「マジックワイヤーで一番大切なのは『イメージ』だ。これを極めれば鞭のようにしならせて攻撃することも、<クローショット>や<ポイントショット>を崖に引っ掛けたあとワイヤーを巻き取って体を引き上げることも、離れた場所への移動にも使うことができる。攻撃手段が少ないヨシュアは特に重要な手札になるだろう」
「ラスティさんは実戦だとどの技をよく使うんですか?」
「そうだな、一番使うのは<ポイントショット>だな。移動にも便利だし、何より人を傷つけずに済む。敵を捕まえた後マジックワイヤーに電流を流す<痺れる電流>という技を組み合わせれば、賊相手でも無傷で拘束できるからな。あとは<アローショット>と<ハードウィップ>も使うな。他はあまり使う機会は無いが、たしか全て試験で試されるはずだから練習は必要だぞ?」
「わかっています。俺の唯一まともな攻撃手段なんですから、必ずものにしてみせます!」
◆
そうして、墓前に誓いを立てたあの日から早くも五年がたった。
十五歳になったヨシュアは『聖騎士見習い試験』を受けることができる年齢になっていた。
身長もさらに伸びて、百七十センチを少しだけ超えていた。
来る日も来る日も修練を共にした<魔法人形>も今ではレベルを9に設定できるようにまでなっていた。当初のラスティの計画を大きく上回る成果に、ヨシュア自身も手ごたえを感じる。
たしかに、ついにガトリーの本気であるレベル10に設定することは叶わなかったし、レベル9どころかレベルを7や6に落としても攻撃に転じることはヨシュアにとって非常に難しい。そういう攻めの鍛錬を行うには少し時間が足りな過ぎたからだ。
だがその分、ひとたび守ることに専念すれば、たとえ相手が聖騎士であっても十分立ち回れるだろうとラスティは言ってくれた。
もし試験に合格し、試験官に将来性を見込まれれば聖騎士への道が開かれる。
早朝、ヨシュアは一週間後に迫った試験のことを思いながら、家の玄関の扉をあける。冷たい朝の風がヨシュアの体を包んだ。
そしていつものようにまだ日の出ていない暗い街を走り抜けて、軽快な足取りで墓地までやってきた。
「ガトリーさん。いよいよあと一週間だよ。かならず合格して見せるから、ここで見守っていてくれ」
ヨシュアを助けたために亡くなったガトリーの恩に報いるためにも、今度の試験には絶対に合格しなければならない。ヨシュアは決意を新たにまた走り始める。