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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
浮雲の旅団編
37/154

目指すはニューポート


 アルルと別れた翌日、ヨシュアはいつも通り朝の日課を終えると、環状根近くの馬車乗り場まで来ていた。

 それは、いよいよ今日から始まる依頼の日々の、最初の仕事に取り掛かるためだった。


 今日から二週間、ジークエンデに半ば無理やり押し付けられた依頼をこなしていくことになる。その最初の仕事は『荷物を積んだ馬車をニューポートまで護衛する』という内容だ。

 ニューポートは隣の島にある都市で、貿易が盛んな街だ。最近積み荷を狙った海賊行為が多いこともあり、重要度の高い仕事と言えるだろう。



「────おう、おはよう。早いな」


「おはようございます。えっと…… エルクさんにマリーさん」



 声をかけてきたのエルクという、今日初めて一緒に護衛の任に就く事になっている傭兵だ。その隣に同じく傭兵のマリーもいる。(名前は事前に依頼一覧表を見て頭に叩きこんでいた)

 二人とも青のカード持ちの三十歳前後ぐらいの傭兵で、昨日ワレスに強引に誘われてここにいる。


 エルクは少しばかり痩せ気味の男性で、短めの茶色い髪に、深緑のシャツと紺色のベージュ色のズボンというラフな服装を身に纏っている。手には弓を、背中には矢筒を背負っており、特に防具は身に付けていない。見たところ動きやすさ重視のようである。

 もう一人の傭兵であるマリーは、緩いウェーブがかかった青髪が印象的な女性である。腰に剣を携え、きちんと胸当てを身につけている一方で、白を基調とした服はいかにも女性らしく、オシャレに気を遣っているのが良く分かる。








(遅い…… ! ジークたちは何をやっているんだ?)


 二人と待ち合わせ場所で出会ってから早くも数分が経過した。

 とっくに予定していた集合時間を過ぎているのだが、ジークはおろか、依頼人の姿も見当たらない。


 しかもエルク達とヨシュアはほぼ初対面ということもあって、挨拶もほどほどに二人は黙り込んでしまう。

 エルクは静かに腕を組み、マリーも退屈そうに指で髪をいじっている。昨日ヨシュアとの間を取り持ってくれたワレスがこの場にいないのだから、当然と言えば当然。だが、会話がはずまないこの空間はなんとも居心地が悪い。


(はぁ…… 遅いな…… )


 ジークと依頼人はまだ姿を見せない。

 経緯はどうあれ、エルク達に依頼をお願いしたのはヨシュアだ。

 こちらから何も話しかけない訳にもいかないと感じたヨシュアは、必死に話題を探してマリーに話しかけてみる。



「あの、ここまで二人は一緒に来たみたいですけど、マリーさんとエルクさんは普段から仲いいんですか?」


「うーん、悪くは無いかな。仲悪かったら、いくら誰かさんの頼みでも依頼なんて引き受けないしね。一緒に来たのはたまたま来る途中に会ったから。もちろん私たちは付き合ったりしてないわよ」


「そうそう。俺たち二人ともそれぞれ家族がいるしな」



 ようやく会話が生まれ始めてほっとする。

 話を聞いてみると、二人はどちらもこのマーセナルで出会った地元の人と暮らしているらしい。またエルクと奥さんの間には三歳になる男の子がいるそうだ。



「マリーさんはお子さん欲しいなぁとか考えているんですか?」


「そうね、やっぱり子供は欲しいかな。今は色々とお金を貯めている最中なんだけど、できれば三十歳になるまでに…… って思ってるから、来年までには…… ねぇ」



 マリーはヨシュアの問いかけに答えながら照れ笑いを浮かべる。



「ヨシュア君は、子供は好き?」


「うーん…… どうだろう? あんまりそんな質問されたことないから…… 。けど、レント村ではよく近くの子供たちとも遊んでいましたよ」



 ヨシュアはレントの村での生活を思い出しながら答える。

 まだ結婚なんて考えたことが無いから子供が欲しいとかは考えたことは無いが、小さい子と遊ぶのは結構好きかもしれない。


 村での生活のほとんどは聖騎士になるための鍛錬に費やしていた。

 ただ、<魔法人形マギアドール>との訓練風景を見ていた村の子供たちからすれば、ヨシュアはちょっとした憧れであり、そのため鍛錬の空き時間に子供たちによくからまれていた。

 ヨシュアも自分に憧れてくれる子供たちを可愛がり、男の子には剣や盾の使い方を教えてあげたりもしていた。



 暇つぶし程度の会話を始めておよそ二十分後。ようやくジークエンデと、それから今回の依頼人が姿を見せた。集合時間からはかなり遅れている。

 自分はともかく、エルクとマリーを待たせたのだから、謝ってもらわないと。



「遅いですよ、ジークさん。二十分も遅刻です」


「細かいなー、キミは。…… まさかミスト君に似てきたんじゃないだろうね? まぁそれはともかく、依頼人はボクの隣にいるんだから何も問題は無いよ!」



 ジークは、さも自分は何も悪くないと言いたげに語る。隣に立つ依頼人も笑顔で「そうそう。ちょっとぐらいいいじゃないか!」と言うから困る。

 談笑する二人の話を聞いていると、どうやら二人は近くの喫茶店でティータイムを楽しんでいて、それで夢中になって時間に遅れたらしい。



「────それにキミ達だって見たところ、ここで楽しくお喋りしていたみたいだからさ、何も問題は無いよね! さぁ、ここで無駄話もなんだし、とりあえず馬車に乗ってお話しの続きといこうじゃないか!」



 そんな調子で我先にと馬車に乗り込むジーク。彼の手綱を唯一握れるミストのいないこの空間は、完全にジークのペースだった。依頼人の後に続いてヨシュアたち三人も乗り込むことにする。




 よく晴れた空の下、二頭の馬に引かれた馬車はゆっくりと環状根の上を走り始める。



 今回の依頼人である『トム』は織物業の社長さんだった。

 恰幅の良い五十代ぐらいの男性で、頻りに手にしたハンカチで汗を拭っている様子から、少し暑がりなのかもしれない。(ちなみに手にしたハンカチもトムが所有する工場で織られたものらしい)


 この馬車の積み荷もマーセナルの街で織られた衣服である。

 エルベールを中心としたこの世界の蚕が作り出す生糸は、外の世界の生糸と比べてもかなり品質がいいらしく、その生糸で作る織物もまた非常に高値で取引されるそうだ。

 トムの会社では養蚕から生糸づくり、そして生糸を使った衣服づくりを一手に引き受けており、街の女性の一番の働き口にもなっている。その意味ではマーセナルの街への貢献度は計り知れない。


 今回はそんな高品質の絹製品を海外に売り込むために、見本となる品々をニューポートへと運びつつ、衣類業界ではトップクラスの有名人である社長のトムを護衛する…… というのが今回の依頼内容だ。



「僕もトムさんのところが作るシルク製品にはとってもお世話になっていてね! 肌触りがね、他のとまったく違うんだ! 夜もそれ無しではぐっすり眠れないんだよ!」



 この街でも有数のお偉いさん相手にジークはなんとも上機嫌だ。

 だが下手に出ているという様子はなく、あくまで対等な関係を築いているように見える。それほど赤のギルドカード持ちは影響力があるのか、それともこれもジークの人柄がなせるものなのだろうか……




 ジークを中心として馬車は賑やかな雰囲気に包まれながら進んでいく。

 しかし、出発から約一時間ほどしたころ、馬車は何もないところで急に停車した。


 ────この時間に止まる予定は特にないはずだ。

 気になったヨシュアはさっと運転席へと移動して何が起きたかを尋ねる。



「何かありましたか?」


「いや、それが……」



 運転手の言葉を聞く前にヨシュアは目の前の光景を見て事態を察した。

 ここより百メートルほど前方にて、向かい合った二台の馬車が立ち往生している。

 二台の馬車の位置関係から、別に接触事故を起こしている訳ではなさそうだが…… 何か喧嘩でも起きたのだろうか?




 馬車の周りには人だかりができていて、その中心で何が起きているのかよく見えない。


 ここからでも確認できることで目を引くものと言えば、向かい側から来る馬車は、ヨシュアたちが乗る通常サイズの馬車と比べ随分と大きいということだ。たぶん乗せているのは人では無く、何かの重たい積み荷でも運んでいるのだろう。

 とはいえ十分すれ違うことができるだけの道幅はあるはずなのだが、やはり人垣が邪魔で状況がよく分からない。

 ヨシュアは馬車の屋根の上に登って、それから上から様子を見下ろしてみて、ようやく状況が理解できた。



「────少年! いったい何が起きている?」



 下からジークの声がする。



「少し先に<巨大な岩肌の野牛モノリスバイソン>が見えます! しかも角が光っています! …… おそらく荷台を引っ張っていた<巨大な岩肌の野牛モノリスバイソン>が何かの理由があって暴走しているのかと」



 ────<巨大な岩肌の野牛モノリスバイソン

 それは岩肌のような固い皮膚を持つ野牛で、大きな黒い顔と、顔の割には小さな角、それから背中にかけて隆起した骨格が特徴的だ。

 一般的な個体の体長は四メートル前後。顔は黒いが他の部分はこげ茶色。角は普段は白いが興奮すると緑色に淡く光り大きくなる。

 普段は大人しいので、重たい荷物を運ぶ牛車を引くために飼われていることも多く、おそらく今回暴走している<巨大な岩肌の野牛モノリスバイソン>も、もともとは牛車を引いていたと思われる。



「そこに騎士の姿は確認できるかい!?」


「います! 二人…… いや三人。でも<巨大な岩肌の野牛モノリスバイソン>は随分と大きく、騎士たちも手出しができないようです!」



 ヨシュアの言葉に依頼人のトムは「それは困ったな……」とボヤいている。商談の時間があるからだ。はじめに二十分遅れ、しかもここで三十分も足止めをくらってしまったなら、さすがに時間に間に合わない。そうなれば取引先に怒られてしまう。



 頭を抱えるトムに、ジークは明るい調子で「なにもご心配はいりませんよ。我々は浮雲の旅団の傭兵なのですから」と根拠も無く言い切った。

 そして今度は馬車の屋根の上にいるヨシュアに向かって声をはり上げる。



「そういうことだ少年!」


「どういうことですか!?」


「依頼人が困っていると言っているのだよ! エルク君も同行させてあげるから二人でなんとかしてきたまえ! 僕と麗しきマリー嬢とで依頼人はきっちりと守るから心配いらないよ!」



 無茶ぶりに呆れるヨシュア。

 馬車の車内では名指しで指名されたエルクが「俺も行くのか?」と口に出して言ったが、ジークは聞こえないふりをして話し続ける。



「ほら! 二人とも早く行きたまえ!」



 こうなると何を言っても無駄だというのは、出会って二日目だが十分過ぎるほど理解していた。

 ヨシュアは抗議することを諦め、馬車の上から降りてエルクに声をかける。エルクも渋々馬車を降りてきた。



「はぁ…… それじゃあ行ってきます」


「うむ。僕たちは依頼人と三人でキミがしたように馬車の上にはしたなくよじ登って、それから野次馬のごとく君たちの活躍をここから眺めておくよ!」


「はいはい……」



 ジークは愉快そうに笑っている。しかもいつのまにかマリーの肩に腕を回していた。ほんといいご身分だことだ。



「ああ、それからキミ。マジックワイヤーは禁止ね。<巨大な岩肌の野牛モノリスバイソン>を傷つけるのも当然禁止」


「それってどういう意味ですか?」


「楽しようとするなってことだよ。そのうえで<巨大な岩肌の野牛モノリスバイソン>を取り囲む下々の者たちに、キミの盾使いとしての実力を魅せつけて来いってことさ! 最後はこの僕がなんとかするから、それまで前座として場を温めておいてくれよ!」



 ジークはいつもの調子のいい口ぶりとは裏腹に、ヨシュアのことを試すような視線を投げかける。ジークの言葉は『命令』というよりは『ミッション』ととらえる方が近いか。



(はぁ…… 。まっ、そこまで望まれているのなら仕方がない。ジークの言う通りに動くのは少ししゃくだけど、ここはひとつ魅せつけてやりますか!)


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