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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
浮雲の旅団編
36/154

術式師とヨシュアの可能性


 ヨシュアに見えた新たな可能性。

 それは相手の攻撃を反射する<全反射リフレクト>の魔法だった。


 魔法の詳細を聞くためにも、術式の開発者であるアルルの兄のもとへ急ぎ魔法文を送る。



「────これでよし。良い返事が返ってくるといいのですが…… 」



 暗い夜空に向かって、白い魔法文が一直線に飛んでいくのを、アルルは店先で見送りながら小さく呟く。

 隣でその言葉を聞いていたヨシュアも同じ気持ちだった。





 店内に戻り椅子に再び腰かける。



「それにしても、アルルにお兄さんがいたんだな。しかも術式師って凄いじゃないか」


「ありがとうございます! 二つ上の、とっても尊敬できる自慢の兄なんです!」



 アルルは自分の兄が褒められたのが嬉しかったのか、顔をほころばせた。



 術式師とはその名の通り『魔法の術式』を作る職業のことで、この世界で最も尊敬され、しかも稼げる職業の一つだ。

 また、<魔術式>はこの世界でもっとも偉大な発明ともいわれている。


 実はこの世界に魔法があるにもかかわらず<魔法使い>が少ない理由も、この魔術式にある。


 というのも、この魔術式は『魔力を込める』という操作だけで誰でも扱えてしまう。この『簡単さ』こそが術式魔法の最大の利点である。

 だた、術式魔法が広く普及したことが、一般の人々の生活を豊かにするとともに、杖による魔法の衰退を招いたのも事実であった。(もちろん今でも小型の杖を使って物を引き寄せたりと、杖を使った簡単な魔法も生活には欠かせない)



 例えばヨシュアが身に着けている盾。

 これはマナの木を削って作られたとても軽くて丈夫な盾なのだが、材質が木であるにもかかわらず丈夫なのも<魔術式>のおかげなのである。

 この盾には耐久性を上げる<硬化>の術式や、炎系統をはじめ、各種魔法による攻撃にも耐えられるように<対魔法>の魔術式が施されている。


 さらにこの盾は、片手でも簡単に腕に巻きつけられるようにと、魔力を込めるだけで腕にベルトが勝手に巻き付く優れものだ。

 盾だけでなくヨシュアの持ち物は、魔力を込めるだけで服のボタンが取り付けられたり、靴ひもが勝手に結ばれたりと、かなり術式の恩恵をうけている。



 余談だが、盾の材質がマナの木である理由は二つある。

 一つはマナの木は枯れると軽いわりにとても固く頑丈になるから。

 もう一つはもともと魔素を生み出す魔法の木ということもあって、術式と相性が抜群だから、である。

 ちなみに、マナの木は枯れると水に浮きやすくなる性質も持つ。そのため水中で溺れないよう体を浮かせることにも役立ったりする。(沈みたいときは魔術式を起動させるなどして、わざと重くする必要がある)




「────左手で使う魔法は<全反射リフレクト>でいいとして、他も考えたいな」


「そうですねぇ…… 手以外だと足とかはどうですか?」



 アルルの提案にヨシュアは首をひねる。


 確かに手の次に魔力を込めやすいのは足だ。

 そのため、実はこれまでにも<魔法人形マギアドール>相手に蹴りの練習をしたことがあったのだ。が、試してみた感想としては、蹴りは意外とバランスを崩しやすいということだ。

 ヨシュアの戦闘スタイルは、細かく動いて間合いをコントロールしながら戦うというもの。常に動けるようにしておきたいから、蹴り技はあまり相性がいいとは思えない。


 迷った挙句、申し訳ないと思いつつも、思ったことそのままにアルルに伝えてみる。

 すると、彼女は


「良いイメージが浮かばないのならダメですね! 魔法は何よりも成功を思い描くイメージが大切ですから! 次、切り替えて考えましょう!」


と、無理にヨシュアに自分の考えを押し付けず、次の方法を考えようと言ってくれた。



「成功を思い描くイメージか……」


「そうですね! これが何よりも大切だと言えます。イメージは具体的であればあるほど魔法は強く確かな存在になり、安定した効果が期待できますから!」


「攻撃と同じだな。相手の動きに合わせる防御と違って、相手に攻撃を当てるまでの過程を思い描くイメージが大切だと、俺の師匠も言ってたよ」


「なるほど、戦いについては分かりませんが、確かに考え方は似ていますね! とにかく、強い自分をイメージしたり、過去の成功体験を思い出してみるのもいいかもしれませんよ!」



(イメージを思い描く力…… か)


 それは今までヨシュアが挑戦してこなかった分野の技術だ。

 そして今よりもう一段階強くなるために必須のテクニックなのだろう。

 とはいえ、まだ魔法を使った強い自分を全く思い描けていない。

 せめてどこかにヒントとなる着想があればいいのだが……



 考えながら、一つの疑問が浮かぶヨシュア。



「けど、よく考えてみると、俺には右手が無くて、しかも足技にも良いイメージが無いから、つまりは、どうしても術式に頼らないといけないって話になるんだよな? それじゃあ魔法ではなく術式に頼るのだから、あんまりイメージの練習をしても意味無いのか?」



 ヨシュアは自分で言いながら、ちょっと話が振出しに戻った気がして残念に思う。

 せっかくいい流れで魔法を使う自分を思い描けそうだったのに……


 そんなヨシュアにアルルが身を乗り出し、右手の人差し指を立てて言う。



「実は…… もう一つ、みんなはあまり使わない方法があるんです」


「えっ、どういうこと? …… もしかして手とか足以外で発動する魔法って意味?」



 ヨシュアも少しテーブルに身を乗り出して興味を示す。

 アルルの言葉に、何か秘策があると見たからだ。



「さすがヨシュアさん! 察しが良いですね! その通りなんですっ!」



 アルルはそういって右手の人差し指を立てたまま、そのままゆっくりと上にあげ、自分の額を指さした。



「…… 頭?」


「そうなんです! あまり知られていない<発現魔法>という種類の魔法なんです!」


「それは…… 普通の魔法とどう違うんだ?」


「はい、普通の魔法は一旦『手や指先』に集めた魔力を形を変えることで魔法にして放つのが一般的です。例えるなら塊の粘土をこねて形にするように────」



 アルルは説明しながら、右手の手のひらの少し上に、宙に浮かぶ、淡く光る白い球体を作り出す。

 そこから手の指を微妙に動かすと、その光は直接手に触れていないにもかかわらずぐにゃぐにゃと形を変え、そして最後に見事な蝶の形となる。

 さらにその蝶は鮮やかな緑色に変わり、ひらひらと宙を舞い始めた。



「これが手で魔法を作るイメージですね。手に集めた魔力に形や色や役目を与えていく、一般的な魔法のやり方であり、これこそ器用に動く手があればこそ成せる魔法の技です。が────」



 アルルはそういうと、少し目を細め、なぜか急に険しい表情になった。

 何かを為そうとするアルルをヨシュアは黙って見守る。



 ────すると、何ということだろう。

 アルルの目の前にパッと魔法の蝶が現れた! 

 それは何も無い空間から、何の前触れもなくいきなり現れたのだった。



「もしかしてこれが……!」


「そうです! いまのが<発現魔法>といって、何もない空間に、『頭の中で思い描くイメージだけ』で、しかも形作るというプロセス抜きで、いきなり魔法を行使する魔法です。…… ただ、ちょっと見てください」



 アルルはゆったりと飛び交う二匹の蝶を指さす。

 アルルが初めに手を使って出した魔法の蝶は元気に宙を舞うが、あとから出した蝶の羽ばたきはあまりにもゆっくりで、やがてテーブルの上に止まって動かなくなった。



「このように、複雑な動きを与えるのは少し苦手な魔法でもあります。それに慣れないうちは手で魔力をこねて放出するタイプの魔法の方が圧倒的に簡単ですし、たぶん威力もこっちのほうが上です。けれどもデメリットばかりじゃなくて、たとえば一般的な魔法は手の近くから放出するのに対し、<発現魔法>は必ずしも手の近くから出さなくてもいいですし、何より魔力をこねこねしなくていいので、慣れればこちらの方が発動が早いかもしれません。うまくいけば相手の死角から魔法で攻撃できるかも……」



「……聞けば聞くほど凄いな! けど、デメリットもあるとはいえ、そんな便利な魔法どうしてみんな使わないんだ? 多少難しくっても皆が取得するだけの価値ある魔法に思えるんだが」


「それは…… あっ、マトちゃん! こっちこっち!」



 話の途中にもかかわらず、アルルは店員として働いていたマトを手招きしてこちらのテーブルに呼ぶ。

 なぜマトを呼ぶのだろうと不思議に思ったが、無意味なことをするタイプには思えないので、少しアルルの行動を見守ることにした。



「マトちゃん、お仕事中にごめんね。えっと、ちょっと簡単なお願いがあるんだけどいいかな?」


「はい、なんでしょうか?」


「えっとね、右手で大きく三角形を、左手で大きく四角形を、私がいいと言うまで同時に作り続けてみてくれるかな?」



 アルルは説明しながら自らもやって見せる。

 三角形と四角形では一画ごとに手がずれるので、これは意外と難しそうだと見ているだけでも感じた。



 案の定マトは、最初は混乱して、どちらも三角形になってしまったりと、うまくアルルの指示通りに手を動かすことができない。


 それでも次第に慣れてきたのか、徐々に左右それぞれで綺麗な図形を描けるようになってきた。



「────うん。だんだん上手になってきたね。それではここでマトちゃんに簡単な足し算のクイズです! 『66+55』はいくらでしょうか?」


「えっ! えっと…… 121…… でしょうか?」


「うん、正解だね! けど腕がまた滅茶苦茶な動きになってるね」


「あ…… 」



 マトは先ほどまで左右それぞれで三角形と四角形をうまく描いていた。

 が、簡単な足し算一つでそれが見事に乱されていた。


 アルルはマトに礼を言うと、ヨシュアの方に向き直り、再び話し始める。



「ヨシュアさん、これが<発現魔法>が広まらない訳です。マトちゃんに試してもらったように、人間が同時にできることって限られています。だから左右の手で魔法を使うことに慣れている人たちでも、同時に<発現魔法>を唱えることができないのです。<発現魔法>は先ほどの算数の問題よりずっと難しいですからね」



 ヨシュアはアルルの言葉に「なるほど」と頷き少し考え込む。


 両腕がある人たちは、それぞれ左右の手で発動する通常魔法を扱うことに精いっぱいだ。そのため発現魔法を扱うことに文字通り頭が回らない。



 ────しかしヨシュアは右手がないため他の人に比べてまだ余裕がある。



 普通に考えれば片腕は魔法を使う上でもデメリットでしかないが、もし発現魔法を習得できれば、先程アルルが言った『片腕ならではの可能性の塊』という言葉が、いよいよ現実味を帯びてくる!


 この時ヨシュアは、確かに自分の可能性が見えた気がしたのだった。


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