旅団の傭兵たち
時刻は朝の十時になった。
ニアたちには仕事を断られてしまった。
ならば、他の者たちを中心に仕事を組むしかない。
この時間になって、ようやくギルドホームにも人が集まり始めたことだし、覚悟を決めて目についた人から順番に声をかけていくことにしよう。
「…… あの、すみません。俺、ヨシュアっていいます。少しお時間いいですか?」
最初に声をかけたのは、ヨシュアより少しだけ年上に見える若い男だった。
相手の表情を伺うように恐る恐る声をかけてみたのだが、声をかけるなり男は鋭い目つきで睨むように言った。
「あっ? なんだよ? 俺になんかようでもあんのか?」
男はなぜか最初からけんか腰だ。
初対面のはずなのだが、なにか気に障ることでも言ってしまっただろうか。
「…… 要件があるならさっさと言えよ」
「あっ…… えっと、あなたに仕事の依頼がしたくて…… 」
「は? お前も傭兵だってウワサじゃん。なのに、なんでわざわざ俺に? 自分で片付ければいいじゃん」
どうやらこの男は、ヨシュアのことをある程度知っているらしい。どこかで会ったことがあるのか、それともヨシュアに関するウワサが思っている以上に広まっているのか────
ともあれ、今はジークからの依頼を一緒に協力してくれるよう誠心誠意お願いするだけだ。
「実はジークさんに大量の依頼をちょっと押し付けられて困ってて、それで一緒に依頼をこなしてくれる人を探しているところで、よかったら…… 」
「イヤだね」
名前もまだ聞けていないこの男は、まだ話の途中にもかかわらず、こちらのお願いをきっぱりと拒否した。
「なんで俺がお前なんかと一緒に仕事しなきゃなんねーんだよ。というか、俺、お前のこと嫌いだから二度と話しかけんな。じゃーな」
男はそう言い残すと、くるりと背を向けては乱暴に扉を開け、来たばかりのはずのギルドホームをすぐに出ていってしまった。
────なんでいきなり知らない奴から嫌われなくちゃいけないんだ。
いきなりの拒絶に落ち込みそうになるも、こんなことでで挫けてはいけないと心を奮い立たる。
今のはたぶん事故みたいなものだと思うことにした。
ヨシュアが次に声をかけたのは、受付に向かおうとしていた三十代半ばぐらいの男女二人組だ。相手のことはよく知らないが、おそらくこの年齢なら青のカードぐらいのランクはあるだろう。
今度はいきなり嫌われるようなことがありませんように……
そんな淡い期待を込めて声をかけてみた。
声をかけられた二人はお互い顔を見合わせた。
そして確かめるようにヨシュアに言う。
「えっと…… もしかして俺たちになんかよう?」
「はい、お二人に仕事の依頼をしたくて……」
ヨシュアの言葉に二人はもう一度顔を見合わせる。
(やっぱり知らない人間からいきなり声をかけられても困るよな……)
二人の様子に「やはりいい返事はもらえそうにないな」と早くも諦めかけた時、意外にも相手の男性は「とりあえず話だけでも聞かせてもらおうか」と言ってくれた。
入り口近くのテーブル席に座り、とりあえずとばかりに自己紹介をする。
「まだ俺たち名乗ってなかったな。俺はアレン。見ての通り槍使いだ。それからこっちは相棒のリリーナ。こう見えて魔法使いだ」
「”こう見えて”は余計よ。よろしくね、ヨシュア君」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
アレンは真面目そうな印象を受ける体格のいい男性で、リリーナは長い銀の髪が美しい、落ち着いた雰囲気を持つ女性……… というのが、ヨシュアが二人に抱いた第一印象だ。
まだ会話を始めたばかりだが、声をかけたのがこの二人で良かった。少なくとも、最初に声をかけた男よりずっと親切に感じる。
「それで、依頼ってのはなんだ? 俺たちに何を頼みたいんだ?」
「はい…… ただ正確にはジークさんからの依頼なんです」
「ジークさん…… って、あのジークエンデさんのことかしら?」
リリーナの問いにヨシュアは頷きつつ、依頼内容の一覧をテーブルの中央に二人が見やすいように置いた。二人はその紙をじっと覗き込む。
「…… もしかして、これ全部か?」
「そうなんです。もちろん二人にはできる範囲で一緒に依頼を手伝ってもらえたら、それだけで嬉しいのですが……」
「いや、それはそうなんだが…… キミも大変だな」
びっしりと予定が書かれた一覧表を見て、アレンはヨシュアに同情している様子だ。
「誰か他にもう依頼を受けてくれる人は見つかっているのか?」
「いえ、知り合いの二人には断られてしまって。さっきも年の近そうな若い男の人に声をかけてみたんですけど、拒否…… というか『お前のことは嫌いだ』と初対面のはずなのに拒絶されてしまって。だからまだどの依頼も誰一人として決まってないんです」
「そうか。ちなみにその拒絶された男って、もしかして『ロイ』のことか?」
「えっと…… 実は名前を聞くことすらできなくて。こうちょっと目つきの悪い、背中に剣を背負って、左手に盾を持った短髪の…… 」
「やっぱりそいつは『ロイ』だろうな。いや、さっきここに来る途中ですれ違ったから、話を聞いてもしやとは思ったんだが…… そいつは災難だったな。実はここだけの話、といってもこの街じゃけっこう有名な話なんだが、あいつ去年と一昨年の二度<聖騎士見習い試験>に落ちてるんだ。だから君のことを意識しているんだろうな。たしかヨシュア君も今年見習い試験を受けたんだろう?」
────なるほどそういうことだったのか。
ロイの考えている背景まではさすがに分からない。
それでも、いきなり嫌われた原因を知れて、少しだけモヤモヤした気持ちが晴れた。
「仕事の話に戻ろう。一応俺たちは青のカード持ちなんだが…… ヨシュア君としては、俺たちにどの仕事をお願いしたいんだ?」
アレンの前向きに検討してくれそうな言葉に、ヨシュアは感謝の気持ちでいっぱいになる。
今は協力してくれる人が一人でもいることはとても心強い。
ヨシュアは一覧表を指さしながら二人にお願いする。
「希望としては、明日にでも迫ったところから埋めていかないと不味いので、できるだけ直近の予定から引き受けてもらえるととても助かります」
「これでも俺たち、そろそろ緑のカードにランクアップしたいと考えているから、できれば難易度高めの討伐系の依頼がいいんだが…… 」
「ねぇアレン。それなら二日目のこの依頼はどう?」
リリーナが指さしたのは、最近になって近くの山の坑道住み着いたという魔物の討伐依頼だ。
必要人数はヨシュアとジーク含めて八人以上。直近の依頼の中ではもっとも人を集めにくいと予想される依頼だ。
ここで二人が依頼を引き受けてくれれば随分と楽になるのだが……
「<黒い二刀流の軍隊蟻>の討伐依頼か。たしかにこれはなかなか骨の折れそうな依頼だな……」
アレンはそう言いながら左手で顎をさわり唸る。
<黒い二刀流の軍隊蟻>は前足が二本の剣のようになっている大きなアリで、その姿は黒いカマキリに見えなくもない。
体長は大きいもので二メートルほど。隊列を組むかのように群れで行動する習性があり『一匹見かけると少なくとも百匹はいる』などと言われている。だからこちらも相応の人数を揃える必要があるので、ここで依頼を引き受けてもらえるならかなり有難い。
「大変な依頼だけど……今回はジークさんも来てくれるって話だから、安心して取り組めると思わない?」
「そうだな。ここで功績を立てれば次のランクにも近づくし、断る理由は無さそうだ」
「ありがとうございます!」
ヨシュアは心からの感謝を述べて頭を下げる。
あまりにもヨシュアが嬉しそうなのを見て、二人はまたしても顔を見合わせた。
アレンは「せっかくだから」と言って他の依頼にも目を通す。
「他の依頼だが…… うん?」
アレンがふと視線を上げるので、ヨシュアもつられて視線を上げると、二人組の男性がこちらに近づいてきた。
そのうちの一人、小太りの陽気な男性が片手を上げながら話しかけてきた。
「よお! アレンにリリーナ! …… と、それからもしかして今話題の片腕のボウズか!? なんだ、お前ら知り合いだったのか!?」
「いや、今日初めて話した。それよりワレスさん、これを見てくれよ」
アレンはそう言って今来たばかりの男二人に依頼が書かれた紙を渡す。
二人は首を捻りながらまじまじと紙を見つめる。
「こいつはなんだ? 依頼の予定表に見えるが…… いっぺんにこんな沢山の依頼を受けたバカは一体誰なんだ? …… まさかそこのボウズか?」
ワレスと呼ばれた陽気なスキンヘッドの男の問いかけに、リリーナは微笑みを浮かべつつ「半分正解よ」と答える。彼女の落ち着いた声と微笑みは、何でもない返答を、途端に意味深に感じさせるから不思議だ。
「彼、ヨシュア君って名前なんだけど、ジークエンデさんに振り回されて困ってるらしいの。なんでも明日から一緒に依頼を受けてくれる人を探さないといけないのに、まだ全然人が集まってないらしくて。もし協力できそうなところがあるなら、彼に力を貸してあげてくれる?」
「まぁ、割と暇だからいいけどよぉ」
「…… いいんですか?」
あまりにもとんとん拍子に話が進んでいく。
嬉しい反面、少し戸惑いを隠せないでいた。
そんなヨシュアのきょとんとした表情を見て、男は大声で笑う。
「ガハハ! なんだその顔は!? そんなに今まで人が集まらなくて困ってたのか? 心配すんなよ! ボウズといっぺん仕事してみたかったからな。他の連中は…… まぁあんまりボウズのこと知らねーから、どんな反応するか分かんねーけどよ、まぁでも声を掛けたらすぐにでも集まるだろうよ」
「そういうものなんですか?」
「おおよ! なんたって片腕で傭兵やろうって奴だ。そりゃみんなボウズがどんな奴か、どんな戦いを見せるのか気になるだろうよ。なんたってこの街に来た初日に海賊を捕まえた後、翌日にはコルト諸島に乗り込んでデケー魔物相手に立ちまわって、そのあとアルルの嬢ちゃん背負って街をもの凄い速さで駆けまわったって聞いたぜ、受付のねーちゃんから。でもってミストの嬢ちゃんにこっぴどく叱られたってな」
男はそういってまたしても大きな声で笑う。
男に聞かされるまで、自分がそこまで話題になっているとは知らなかった。でも、気になるというのなら、もっと話しかけてくれてもいいのにと思い、疑問をそのまま男にぶつけてみる。
「その割には、皆あんまり話しかけてこなかったような……」
「まぁ確かにな。でもなー、やっぱりきっかけも無しに興味本位で話しかけるってのもなぁ。こっちだってその腕のことは気ぃ使うしな」
ヨシュアは男の話に納得する。
ヨシュア自身『片腕』であることを理由に同じような気持ちだったからだ。ようはお互い様というやつだった。
ジークに振り回されていることを良しとする気は全く無い。それでも、今朝マトと話して、もっと色んな人と関わってみたいと思っていたことも含めて、結果的にちょうどいいきっかけになったのかもしれない。
「────それにニアとライも近くにいたからなぁ」
いいように納得しようと考え込んでいたヨシュアの横で、男がぽつりと言った。
思わずそれはどういう意味かと聞き返す。
「ん? ああ、ボウズはニアとライが、ボウズと同じように最近この街に来たってこと知ってるのか?」
「はい、本人から聞きましたけど、それが?」
「いや、アイツらとは仕事の関係で少し話したことがあるんだが…… どうにもとっつきにくくてな。ボウズとはそうでもないのかもしれないが、特にニアはどこか人を寄せ付けないオーラがあるというか…… とにかく近寄りがたいんだよ。ああ、でも別に誰もアイツらのこと嫌ってるわけじゃないぜ。頼もしいとすら思ってるぐらいだ」
男は少し言葉を選びながらヨシュアの疑問に答えた。どうやら自分があまり話しかけられなかったのは、ニアたちと行動を共にすることが多かったのも原因だったようだ。
ヨシュアの知るニアと、男たちが語るニアの印象が違うことが少し気にかかる……
だが、今は目の前の依頼の予定表を埋めるのが先決だ。
ヨシュアはアレンとリリーナ、そして後から来た二人に「どうか依頼の予定表を埋めることに協力してください」と今一度頭を下げるのだった。




