盾使いと魔法人形
「盾使い……ですか?」
────剣ではなく盾。
ラスティのまさかの提案にヨシュアは思わず聞き返す。左手しかない人間が、その左手に盾を持つということは、つまりは「剣を捨てろ」と言っているに等しい。
「ああ、そうだ。盾使いだ」
「えっと、言ってる意味がよく────」
「分からないか?」
「……はい」
ラスティはヨシュアの喉元から木刀を降ろすと、なぜ盾使いを目指さないかと言ったか、その理由を述べ始める。
「まぁいくつか理由はあるんだが、一番大きな理由は、剣一本では攻撃も防御も中途半端だってことだ。そして斬り合いになると間違いなく手数で負ける。それならいっそ『盾使い』として守りを極めてみるのもいいんじゃないか?」
「根拠は分かります。けれど、それじゃあ攻撃手段は放棄するということですか?」
「いや、盾でも相手の守りを崩せば攻撃はできる。お前が盾で完璧な守りを見せれば相手は焦る。焦った相手はこちらを崩そうと、大きな隙ができるような攻撃でもかまわず仕掛けてくる。そこを叩けばいい。ちょうど俺が最初に木刀で攻撃した時のようにな」
ラスティの言う通り、たしかに最初の一撃は右手を使っていなかった。
それもラスティの守りを崩せずに焦って、助走をつけて突きを仕掛けたばかりに攻撃を読まれたから受けた攻撃だった。要するにあれはヨシュアの自滅だったのだ。
ラスティの言うことはなんとなく理解できる。だが、いつも上手く相手が自滅してくれるとは限らないように思う。
それにヨシュアが思い描く聖騎士というのは、この国で最強の騎士である。相手の自滅を待つような盾使いというのは、さすがにイメージとは違い過ぎて戸惑う。
そんなヨシュアの気持ちを察してか、ラスティは話を続ける。
「たしかに一人で戦うには盾一つじゃ心許ないかもしれない。けれどもみんなで戦うならどうだ? もし俺が部隊長なら、攻めも守りもできるけれど中途半端な奴と、盾の扱いだけは抜群にうまい奴がいたとすれば、俺は後者を採用する。守りを安心して任せられるなら役割を与えやすいからな」
────盾使いとしての役割
ヨシュアはラスティの言葉を胸に『盾使い』としての自分を想像してみる。一人じゃ何もできないかもしれないが、確かに誰かと共に戦うのなら…… そこに自分だけの役割があるのなら、それはとてもやりがいがあるのではないかと思う。
それに、普通に皆と同じように剣を極めるだけでは、先を行く人たちに追いつくことなど到底できない。それならヨシュアの答えは一つだった。
「まぁ、それでもやっぱり剣をメインに戦いたいというなら、何か別の案が無いわけでもないが…… 」
「いえ、盾使い、良いと思いました。俺に盾使いとしての戦い方を教えてもらえますか?」
ヨシュアはこうして残された左腕に盾を持つと決めた。
ヨシュアの決意を確認したラスティは「ちょっと待っててくれ」と言って一旦エルザの家に戻ると、何か大きなものを連れて戻ってきた。
「これは…… 魔法人形?」
「ああ、その通りだ。といっても普通のものとはちょっと違うがな」
ラスティが連れてきたのは二体の<魔法人形>だった。
<魔法人形>とは決められた術式に沿って動く人形のことで、マナという魔力を動力にして動く。
連れてこられたうちの一体はとても大きい。背の高いラスティよりも更に大きい。おそらく百八十センチメートルは超えていると思われる。当然肩幅もめちゃくちゃ広い。見るからに強そうな人形は、右手に竹刀を、左腕には盾を取り付けた騎士風の男性型だ。
もう一体はローブを羽織った女性の魔法使いを模した人形で、背丈はヨシュアよりも少し大きいぐらいだが、黒い三角帽子の分だけ、実際の身長よりも大きく見える。
<魔法人形>は高度な魔術式が使われているだけあって、庶民には手が出ないほど高価なものだ。それが二体も目の前にいる。
しかもラスティが言うには普通とは違う『特別製』らしい。
初めて見る<魔法人形>に興味津々のヨシュア。
いったいどのあたりが特別なのだろうと、ひとまず直立する人形の周りをぐるっと一周まわってみる。だが、これだけではもちろん分からないのでラスティに尋ねてみる。
「あの、これ、どのあたりが特別なんですか?」
「見た目は普通だが、特別なのは『魔術式』だ。この人形の魔術式の最大の特徴は『学習する』ということ。ただ、もう既にこの二体は学習済みの人形なんだが…… この騎士の人形はいったい誰を学習したと思う?」
「────誰でしょうか?」
「答えはガトリーさんだよ」
ラスティの言葉にヨシュアは大きく目を見開いて驚く。
まさかこんな形でガトリーと対面することになるとは思いもしなかったからだ。
「ちなみにこっちは魔法使いのマリアさん。俺は直接会ったことは無いが、ガトリーさんのライバルであり、ガトリーさんが盾を使うようになった理由を作った人らしい」
「えっ、それってどういうことですか?」
「なんでも、ガトリーさんはもともと両手に大剣一本で戦う攻撃重視のスタイルで、接近戦では無類の強さを誇ったらしい。そんなガトリーさんを負かしたのが、このマリアっていう魔法使いだそうだ。まぁ簡単に言うと接近される前に魔法で攻撃したんだ。『点』や『線』で攻撃する斬撃と違って、魔法は『面』で攻撃してくるから、どうしても剣一本では防ぐことができなくて、それでガトリーさんは盾を使うようになったらしい。さぁ、使い方を教えるからしっかり覚えてくれ」
ラスティはそう言うと、<魔法人形>の起動方法から命令の与え方、レベル設定など、何も知らないヨシュアにも分かるようにと、使い方を一から丁寧に教えてくれた。
「とりあえず明日からこれを使って練習しよう思う。あと三日間は俺もこっちにいるから色々と教えてやれる。当然俺はそのうち向こうに戻らなきゃいけないが、<魔法人形>があれば退屈せずに済むだろう。とりあえず四年以内にレベル7の攻撃を凌げるようになるのが目標だ」
ラスティの言うレベル7とは、十段階のうちの七番目に高いレベルのことだ。ガトリーの本気を十割とすると七割の力ということになる。このレベル7の攻撃を凌げるようになるまで守りを固めることだけを意識するようにと、ラスティはヨシュアに攻めに出るのを禁じた。
そうして翌日から<魔法人形>を使った鍛錬が開始された。
とりあえず聖騎士見習い試験に合格を目指すということで、ガトリーを模した騎士風の<魔法人形>を相手に鍛錬をすることになった。
「とりあえずレベル3に設定した。まずはこいつを相手に一分間無傷で凌いでみせろ。ただし────」
ラスティはそう言いながら持っていた木刀で、地面に直線を平行に二本引いた。それぞれの線の間隔は約三メートルほどだろうか。
「お前にはこの線と線の間でのみ戦ってもらう。<魔法人形>相手に回り込むことも、大きく後ろに下がることも禁止だ」
「それはどうしてですか?」
「お前は盾使いを目指すんだろう? なら、常に後ろにいる『大切な誰か』を守っていると想定しながら戦うべきだ。準備がいいなら始めるぞ?」
(大切な誰か────)
ヨシュアはラスティの言葉に、咄嗟に妹のネルが後ろで見守っていることを思い浮かべる。そして相手はヨシュアが片腕になる原因を作ったあの金髪の男。絶対にネルには手出しさせない……!
「大丈夫です。お願いします!」
ラスティはヨシュアの返事を受けて <魔法人形>を起動させる。するとすぐさま<魔法人形>の力強い一撃がヨシュアに襲い掛かる。だが、ヨシュアも負けじと左腕に巻き付けるように固定した盾で防御する。
最初の一撃は見事に防ぐことが出来た。
しかし喜んだのも束の間、すぐさま次の攻撃がヨシュアを襲う!
<魔法人形>の攻撃は予想以上に激しい。
<魔法人形>は右手に持つ竹刀だけではなく、盾を振り回したり、時には足で蹴りも繰り出してくる。最初の一戦目はなんと十秒も持たなかった。
(これがガトリーさんの力。しかもこれでまだ三割なのか…… !)
「どうだ、戦ってみて。レベル3でも十分強いだろ?」
「はい!」
ヨシュアは悔しさ以上に、自分の憧れの騎士が想像以上に強いことに嬉しくなる。
本人と<魔法人形>が別人だということは重々承知しているが、それでもガトリーと戦えることは、ヨシュアにとって物凄く意味のあることだった。
その後もヨシュアは何度もレベル3に挑む。ラスティも本国に帰るまでの三日でレベル4まで到達できるよう、戦いを見ながら厳しく指導していく。
「下がりすぎんな! 下げられたら必ず押し返せ!」
「冷静に、相手の動きをよく見ろ! 次の攻撃を予測しなきゃ片腕じゃ対処しきれないぞ!」
「もっと足を使え! 細かく動いて間合いを制するんだ。一歩の動きで相手に自由を与えるな!」
「位置取りに気を付けろ! 後ろに守るべき人がいることを常に意識しろよ!」
「離れすぎんな! もっと至近距離でまとわりつけ!」
そうしてラスティの指導もあって、なんとか三日のうちにレベル3の攻撃に対処できるようになったヨシュア。
ラスティがアリストメイアに戻った後も<魔法人形>を使って毎日鍛錬を重ねる。もちろん朝の走り込みも、筆記試験に向けた勉強も忘れなかった。
ラスティとの別れ際、ヨシュアは週間のトレーニングメニューを組んでもらっていた。
彼のメニューはヨシュアのレベルに合わせつつ、主に筋力アップを目的にしたものが多い。
また週に一日だけ、あえて練習メニューが少ない日があるのだが、この日は『一週間の反省と、次の一週間の目標を自分なりに設定する日』として定められていた。
その後ヨシュアは、ラスティからもらったメニューを忠実にこなしたこともあって順調に力をつけていき、一か月後にはレベル4も相手にできるようになった。だがレベル5は、これがまたなかなかに手ごわい。
ガトリーを模して造られた<魔法人形>は、まだ十一歳になったばかりのヨシュア相手に、三十センチ近くある体格差を活かして力押しで来るので、どうしても押し返すことができなかった。
◆
ラスティと別れてから二か月後、再び休暇を取得してレント村まで来てくれたラスティに、ヨシュアは鍛錬の成果を見せる。
レベル4までは順調に一分間攻撃を凌ぎきれるが、レベル5になると途端にヨシュアの防御が崩壊している様子を見てもらった後、ヨシュアはラスティの言葉を待った。
「────驚いたな。もうレベル4を危なげなく凌げるようになったのか。ヨシュア、レベル5をクリアするために自分に何が足りないか分かるか?」
「体格差に負けないような、押し返せるだけの力…… でしょうか?」
「そうだな。それが一つの正解だ。つまり答えは<身体強化>というわけだ」
────<身体強化>
それは身体能力を強化する魔法だ。
この魔法は簡単に言うと『体中を巡る<魔力>を必要に応じて必要な個所に供給する魔法』である。
文字通り身体能力を強化する魔法なので、もともとの身体能力が高くないと効果があまり発揮されない。とはいえ、この魔法を意識してうまく使うことができれば、たとえ体格差で劣っていても十分勝機はある、とラスティは教えてくれた。同時にヨシュアは筋力アップ系のトレーニングメニューが多かったのはこの魔法のためかと納得した。
ちなみに人間は人体の構造がそうなっているのか、魔力は手や足といった体の先端部分に集めやすいといった特徴がある。だから<身体強化>も腕や足周りを強化するのに適している。
「もう一つは<衝撃吸収>という魔法だが、ヨシュアも名前ぐらいは知っているな?」
ラスティの言葉にヨシュアは頷く。
聖騎士が必ず取得しなければならない基礎魔法の一つで、見習い試験でも試される魔法だ。(<身体強化>も基礎魔法の一つ)
基礎魔法に分類されるが、この魔法を実際に使うのは非常に難しいとされている。<衝撃吸収>は剣や盾に付与するタイプの魔法で、相手の物理的な攻撃から受ける衝撃を『一瞬だけ』無力化できる技だ。
問題なのは『魔法の発動受付時間が一瞬しかない』ということ。
その発動受付時間は<衝撃吸収>ならコンマ一秒(=0.1秒)しかない。
盾で攻撃を防ぐ場合、相手が繰り出す攻撃が盾に当たる寸前に、相手の攻撃力を上回る魔力を盾に込める必要がある。要は『タイミング』が難しいのだ。もちろん相手も<衝撃吸収>を警戒しながら攻めてくるので、なおさら成功させにくい。
しかし、体格で劣るヨシュアが盾使いとして生きていくには<衝撃吸収>を確実に成功させなければならない。
ラスティはヨシュアに向けて言う。
「ちょっとその盾を貸してみろ。魔術式を一つ追加で組み込んでやる」
ラスティはそう言ってヨシュアから盾を受け取ると、魔法の自動速記ペンで盾の裏側に魔術式を追加する。その文字列はすぐさま透明になって、見た目は何も変わらない。けれど、確かに追加されたその魔術式は、ラスティ達も訓練でよく使うものだそうだ。
「────これでよし。魔術式を組み込んだことで<衝撃吸収>や<魔法無効化>を発動すれば、効果時間の間だけ盾が白く光る。その間に攻撃を受けて<衝撃吸収>などが上手く成功すれば、今度は緑に光る。とりあえずこの『光る盾』を使って、魔法の発動時間をその身に刻み込め」
「はい!」
ラスティの言う<魔法無効化>とは、触れた魔法を一瞬だけ無効化する魔法で、<衝撃吸収>と同じような使い方をする基礎魔法の一つだ。
この魔法も剣や盾に付与することで効果を発揮するが、<衝撃吸収>ほどではないものの、この魔法も一瞬(約コンマ2秒)しか発動しないのでタイミングが非常に難しい。
これら二つの魔法は、もともと成功すれば一瞬だけ淡い緑の光に包まれるのだが、発動させるだけでは白く光ることは無い。だからラスティはこの<衝撃吸収>と<魔法無効化>の効果時間を視覚化することで、難しい発動タイミングを覚えさせようというのだった。
ラスティはこの機会に七つ基礎魔法を一通り教える。
そして、戦闘でもっともよく使う<身体強化>と、盾使いに必須である<衝撃吸収>を重点的に鍛えるために、ラスティは提案する。
「レベル5をクリアするためにも基礎魔法を身につける必要があることは分かったと思う。だからここは一旦レベルを3に戻して魔法の感覚を掴む鍛錬をしよう」
ヨシュアはラスティの言う通り一度<魔法人形>のレベルを3に戻し、<身体強化>と<衝撃吸収>を駆使して戦おうとするのだが────
(あれ…… ?)
魔法は集中力をかなり消耗する。
魔法を使うことに気をとられていると <魔法人形>に簡単に蹴りを入れられてヨシュアは倒れ込んだ。
その様子を見ていたラスティがヨシュアに言う。
「もう一度レベルの上げ直しだな。だが、この二つの魔法が完璧になればできることは格段に増える。しっかり鍛えろよ、ヨシュア」