任せる!!
ニアたちはいつのまにか囲まれていた。原因はハッキリしている。グリズリーの咆哮が森の魔物たちを呼び集めたからだ。
野生の動物たちと同じく、魔物の世界も食うか食われるかの弱肉強食で成り立っている。基本的に彼らは同じ仲間同士で群れることはあっても、種族の垣根を越えて協力し合うことは無い。
だが、島の外や縄張りの外から来たものに対しては別だ。
魔物たちは外から来た者が自分たちの敵だと分かると一切の容赦はしない。哺乳類も爬虫類も、鳥も魚も虫も関係なく、そのすべてが一体となって外来種を拒絶するのだ。
ニアたちの背後を取るように現れたのは<跳躍する首狩り狐>だ。緑色の尻尾がバネの様になっていて、高く跳んでは後ろから首目掛けてかみつく。目の前にいるのは三匹で体長は一メートルないぐらいだ。
また木の上から<踊り狂う逆さ猿>も降りてきた。この魔物は手を器用に使い、常に逆さまを向いて生活する猿で体長一メートルほど。敵を見つけると興奮するのか、踊るようにリズムをとりながら、カポエラのように蹴りで攻撃してくるので意外と強い。おしりの部分の緑色が特徴的だ。
さらに森の奥からやってきたのは<骨の鎧を着飾る犬>といって、茶色い体毛の上に白い骨が浮き出たように覆う大型犬の魔物だ。鼻の頭の部分は緑色で体長は大きいもので一メートルほど。まるで骨の鎧を着ていることから名付けられており、その石頭で突進するようにして戦う。鼻も良く利くので、もしかしたらこいつはグリズリーの血の匂いにつられてやってきたのかもしれない。
じわじわと囲まれていくニアたち。ヨシュアはグリズリーと戦っていて頼れない。アルルを守れるのはニアとライだけだが、判断を誤ると全員無事では済まない。
(三種族、全部で五匹。どいつも大きい魔物じゃないけど、これ以上敵が増えると二人じゃ守り切れない……! その前にこっちから仕掛けて数を減らさないと!!)
ニアはライに目配せすると、アルルを背後から襲おうと機会を伺う<跳躍する首狩り狐>に近づいて槍で横一閃に大きく斬りかかる。まずは一番速くて厄介な相手から数を減らしていこうという考えだった。
しかし、ニアの攻撃に素早く反応した三匹の<首狩り狐>は同時に後方に跳びのきつつ、尻尾で着地すると、そのまま尻尾をバネの様に使って高く跳び、放物線を描きながらアルル目掛けて突撃する。
ニアの攻撃はかわされた。
────だが、あくまでこれは予定通りだ。
ニアを跳び越え、頭上からアルルを狙う<首狩り狐>の前にライが立ち塞がる!
ライは弓から両手に短剣を持ち替えると、宙に浮く<首狩り狐>に向けて二本同時に短剣を投げつける。空中では避けることが叶わず<首狩り狐>はお腹の辺りを串刺しにされた。
さらに跳んで向かってくるもう一匹をライは、<首狩り狐>の鋭い爪と牙に気を付けつつ、なんと素手でそいつ叩き落す。受け身をとれず地面にたたきつけられた<首狩り狐>に対し、ライは追い打ちをかけるように持っていたもう一本の短剣を突き刺した!
<首狩り狐>を倒したライはアルルとの距離を保ちつつ、後方から<踊り狂う逆さ猿>と戦うニアのサポートを試みる。
ライの持つ短剣は特別製で、両腕の内側に取り付けたブレスレット型のマジックワイヤーと短剣の柄の部分とを接続することで、遠近両用の武器となる優れものだ。
前衛で戦うニアと、それを後ろからサポートするライ。二人のいつもの戦い方だった。
「このサル…… むかつくわね!」
長い黒髪をなびかせながら、ニアは槍で次々と攻撃を繰り出す。しかしそれを<踊り狂う逆さ猿>は後退しながら踊るように躱していく。笑うような鳴き声や、逆さまを向いたまま跳びはね手を叩いたりと、まるで挑発するかのような行為にイライラを募らせる。
「ニア様! どうか前に出過ぎぬように…… !」
「分かってる!」
後ろにどんどん下がっていくのなら、アルルを守る点では都合がいい。無理に<踊り狂う逆さ猿>に付き合う必要も無いのだ。
それにまだ他にも敵はいる。いつのまにか2匹に増えた<骨の鎧を着飾る犬>が、先ほどからずっとこちらの出方を伺っていた。それにまた木陰から<忍び寄る蜂>の姿も確認できた。
ニアは苛立つ感情を何とか抑えて、守りを固めるためにアルルとライのもとへ少しずつ後退する。
◆
一方で、ヨシュアと対峙する<巨大な両腕の大熊>は、再び右腕を大きく振り上げると、怒りに任せてヨシュアに向けて振り下ろす!
だが、この攻撃もヨシュアはタイミングを計って<衝撃吸収>で衝撃を吸収して防御していた。
相手の威力にも慣れてきたヨシュアの完璧な<衝撃吸収>によって、グリズリーの拳は一瞬時が止まったかのようにふわっと浮く。
その隙にヨシュアはさっと後方へ下がって息を調える。
しかし周りには騒ぎを引き寄せられるように魔物が集まってきている。ニアたちが数を減らしてくれているが、ここは魔物の巣窟だ。四方からいくらでも湧いて出てくる。
(はぁ……はぁ……。こいつを止めてるだけじゃアルルを守り切れない。早く俺もこいつを何とかしてニアたちの加勢に行かないとっ!!)
魔物の数はヨシュアの予想以上に多かった。このままでは数で押し切られてしまう。どこかでグリズリーに反撃したいところだが────
(………… しまった!!!)
一瞬だけ周りの様子を見渡しただけだった。
だが、その一瞬を狙われた。
ヨシュアは十分安全な距離をとっていたと思ったが、そこはまだ<巨大な両腕の大熊>の間合いだった。
<巨大な両腕の大熊>は左手を地面につくと、その剛腕を最大限に利用し、両足と同時に左手で地面を蹴って強引に加速。身を投げ出すようにして一瞬でヨシュアに近づくと、倒れ込むようにしながら強烈な右の剛腕の一撃をヨシュアに見舞う!!
何とかヨシュアは盾で防御して見せるが、予想外の捨て身の一撃に<衝撃吸収>を発動できなかった……!
盾と拳がぶつかる鈍い音がする……!!
衝撃を受け止めることができなかったヨシュアは、勢いそのままに後ろへと吹き飛ぶ!!
さらに砂煙を上げながら引きずられるように地面を転がる!!
(痛ってぇ……!)
「ヨシュア!!!」
ニアが叫ぶ。なんとか立ち上がろうと片膝をつくヨシュア。痛みで左腕の感覚が無い。それでも早く立ち上がって、アルルを守って、それから…………
「…… 大丈夫だ!! こいつは必ず俺が倒す! そしてすぐにそっちに加勢するからそれまで……」
「何言ってんの!! アンタ最初に言ったよね!? できないことは私たちに任せてくれるって!! だからこっちは私たちに任せて、アンタはそっちに集中しなさい!! 悔しいけど、私たちにアイツは止められないんだから、アンタに任せる! いいわね!?」
「……!! ……わかった!!」
そうだ。
ニアの言う通りだ
自分にできることは限られていると分かっていたはずなのに、この状況に焦りを感じて役割を見失っていた。
ヨシュアは左腕を見つめる。
…… 見たところ骨は折れていないようだが、ヒビは入っているかもしれない。少なくとも次に<衝撃吸収>をしくじれば今度は無事では済まない。
グリズリーも立ち上がった。バランスを崩しながらの捨て身の一撃によって不意を突かれたヨシュアだったが、同時にグリズリーも地面に身を投げ出していたおかげで素早い追撃は受けずに済んだ。しかし大きく後ろに飛ばされてしまったせいでアルルはすぐ後ろだ。
またグリズリーは低い姿勢から駆け寄ってくる。
先ほどの強烈な一撃が脳裏によぎる────
だが、ヨシュアは一歩を踏み出す!
そしてグリズリーの強烈な右ストレートを<衝撃吸収>で今度はきっちり防ぐ!!
それでもグリズリーはその特徴的な大きな両腕でとめどない波状攻撃を仕掛けてくる。ヨシュアも足を止めてその両腕を<衝撃吸収>で受け止め続ける!!
(三メートル後ろにアルル。これ以上は下がれない…… !)
この状況はまさに<魔法人形>で訓練していた時と同じだった。ヨシュアは守るべき存在…… アルルを明確に意識することで自分自身を追い込む!
(必ずアルルを守って見せる! そのためにもコイツは俺が止める!!)
最終局面。
戦いの行方はヨシュアの左手に握られていた……!




