互いにできることを
コルト諸島にたどり着いた一行はボートを海岸の砂浜に停めて島に上陸する。
島の様子を見て、言葉で言い表せない何かを感じ取ったヨシュアがポツリと呟くように言う。
「思っていたより警戒されているな…… 」
先ほどアルル達が派手な戦闘を繰り広げたことで島全体が警戒心に包まれていた。危機的状況を回避するためとはいえ、炎魔法を惜しみなく使ったのが特に問題だった。
アルルの案内のもと、ヨシュアたちは慎重に、それでいて足早に目的地まで進んでいく。
ヨシュアたちは魔物の急な襲撃に備え、アルルを逆三角形に囲んだ。アルルから見て左前に盾を持つヨシュアが、右前に長い槍を華麗に操るニアが、そして後方を弓と二本の短剣を使い分けるライが守る。
一度、背後を三匹の巨大な蜂の魔物である『忍び寄る蜂』にとられかけるが、微かな羽音に素早く反応した傭兵の三人が、ニアとライを中心にわずか数秒で素早く処理をする。
そして二人が戦うあいだも、ヨシュアは他の魔物に襲われてもいいように周囲を警戒していた。
その手際の良さに、魔物の島にいながら先ほどまでとは違う確かな安心感をアルルは感じていた。
(…… 凄い。これが高ランクの傭兵の戦い。ハール君たちには悪いけど、安心感が全然違う)
自分たちとの違いを感じると同時に、先ほどまでの戦いがいかに危うかったのかが分かって、アルルは今になって恐怖を感じる。
(ダメだ、集中しないと。今は<シラツユグサ>を手に入れることだけを考えて…… )
目指すは先ほど見つけた、白く枯れたマナの木の、その周囲に生える<シラツユグサ>だ。別名<マナ枯らし>とも呼ばれるその植物のもとまで、多少迂回しつつも確かな足取りで近づいていく。
そうしてようやく先ほど<シラツユグサ>を見つけたという場所まで辿り着いた。
ヨシュアたちの目の前にはたしかに白く枯れたマナの木が一本だけ不自然に生えている。辿り着いたはいいものの、目的の<シラツユグサ>はアルルにしか見分けられない。ヨシュアは振り返ってアルルを見るが、彼女は辛そうに大きく肩で息をしていた。
「大丈夫か、アルル?」
「…… 平気です」
アルルはもう既にクタクタのヘロヘロ。朝から駆けまわっていたせいで疲れ果てていたが、ここからは自分の仕事だと言い聞かせる。
三人が周囲を警戒する中、アルルは額の汗を拭うと、四つん這いになって先ほど見つけた<シラツユグサ>を必死に探し始めた。
「あった!」
アルルが小さく感嘆の声を上げる。
どうやら先ほどの戦闘に巻き込まれることもなかったようで、無事に綺麗な状態で生えている<シラツユグサ>を見つけることができた。すでに踏み荒らされて枯れてしまったのではないかと少し嫌な予感もしていたのだが、こうして無事な姿を見てひとまずほっとした。
あとは長く伸びる細い根っこをちぎってしまわないよう、土を丁寧にかきわけ慎重に採取しなければ……
そうしてさっそく作業にとりかかるアルル。
ヨシュアはここまで順調に思えたが、やはりこの島は決して甘くは無かった。
茂みから物音がして嫌な予感がした。
そしてその嫌な予感は見事に的中する。
先ほど同様、大型の魔物である<巨大な両腕の大熊>が現れたのだった。
茂みの向こうからゆっくりと近づいてくるグリズリーの姿に思わず手を止めてしまうアルル。ニアもその予想以上に大きい魔物に一瞬たじろぐ。
だが、ヨシュアは違った。
「ニア! それにライさんも、周囲の警戒よろしくお願いします!」
そういってヨシュアはアルル達とグリズリーの間に立つ。ヨシュアの言葉にニアは我に返って槍を構える。ライも二人をすぐに援護できるよう弓を構えた。
アルルの視線に気づいたからか、ヨシュアはグリズリーと向き合いながら、後ろで心配そうに見つめるアルルに向け声をかける。
「アルル! 俺にはキミを守ることしかできない! そしてアルルはシラツユグサを採取することしかできない! …… けど、それでいいんだ! お互いできることをやろう!」
「…… はいっ!」
アルルはその言葉に力強く頷くと、目の前の作業に集中する。アルルにしかできないことをやり遂げるために、今はできる限り早く、そして丁寧に────
(魔物たちはヨシュアさんたちに任せて大丈夫。だから私も、私にできることを!)
その一方で、ゆっくりと前後の両足の四本を使って歩いてきたグリズリーは、もう既にヨシュアの目の前まで迫っていた。その距離、およそ三メートルといったところか。
あくまでもヨシュアの憶測にすぎないが、恐らくここは目の前に立つグリズリーの縄張りなのだろう。もしくは小さい子供が側にいるのかもしれない。いずれにせよ、無事に<シラツユグサ>を手に入れるにはどうしても避けては通れない相手である。
このことは最初にアルルから話を聞いていた時からなんとなく予感していた。だから覚悟は島に辿り着くより前からできていた。
(大きな腕だけじゃなく、それを支える上半身の皮膚も相当分厚いと聞く。たぶん俺一人じゃ倒せないだろう……。だが、今大切なのはこいつをアルル達のところに行かせないことだ。ニアとライさんは問題ないかもしれない。けど、そのうちきっと他の魔物もやってくるだろう。もしそうなったとき、二人にはアルルを守ってもらうことを考えると…… なるだけ二人のところにも行かせないようにしないとな)
ヨシュアは静かに盾を体の正面に構える。そんなヨシュアを警戒するように、グリズリーは少しずつ回り込むように距離を詰めてくる。
ヨシュアも後ろの三人のところへは行かせないよう、それでいてグリズリーを刺激しすぎないよう、位置取りに細心の注意を払う。
対応に恐らく間違いは無かった。
だが、相手は野生の魔物だ。
グリズリーは不意に立ち上がると、ヨシュア目掛けてその大きな右腕を振りかざし右ストレートをヨシュアに見舞う!
(……来た!)
その巨体から繰り出される右の一撃は、離れて見ていたニアが思わず息を呑むほどだった。
だがヨシュアはその一撃に臆することなく、むしろ踏み込むように盾を押し出すと、コンマ1秒というわずかな発動時間しかない<衝撃吸収>を完璧なタイミングで発動させてグリズリーの攻撃の無力化をはかる!
さすがの一撃に威力を殺しきれず少し後退するヨシュアだったが、なんとかタイミングを合わせ受けきることに成功する。
もともと<衝撃吸収>はこういった大型の魔物と正面から戦うために編み出された技だ。ヨシュアはこれほど大きな魔物と戦うことは初めてだったが、今の一撃を防いだことで少し自信が出てきた。
しかしグリズリーはそんなヨシュアの自信を打ち砕こうと、倒れることの無いヨシュアを見てすぐさま今度は左腕を振り上げる!
何度も何度も攻撃を繰り返すグリズリー相手にヨシュアはなんとか<衝撃吸収>を成功させることで凌ごうとするが、完璧には威力を抑えることができない。相手の攻撃力が高すぎて、ヨシュアが盾に込める魔力をわずかながら上回っているからだ。
ヨシュアは抵抗するものの徐々に押し込まれるように後ろに下がり始める。盾を通してくる衝撃に、左腕が悲鳴を上げ始める。
(このままじゃ押し込まれる! こちらからもプレッシャーをかけないと!)
グリズリーが絶えず攻撃を繰り返す原因の一つは、ヨシュアがまともに反撃してこないということだった。
いくら殴っても殴り返してこないヨシュアに対しグリズリーが恐れを抱くはずがない。
ニアもそのことに気が付いたのか、それとも単にヨシュアがピンチだと思ったからなのかは分からないが、すぐさまライに命じる。
「ライ! アイツの足を狙ってヨシュアを援護して!」
ニアの言葉を聞き終えるとほぼ同時にライは矢を放つ。放たれた矢はまっすぐグリズリーのもとまで飛んでいくと、見事に左足の甲に命中した!
不意の一撃をくらったグリズリーが思わず大きな叫び声を上げる。
それは思わず耳を塞ぎたくなるほどの大きな叫びだった。
ヨシュアはグリズリーから少しだけ距離をとって、息を調えながら後ろの二人に声をかけた。
「ありがとう! 助かった! けど、今の奴の叫び声で森が一層ざわつき始めたみたいだ。二人とも警戒を頼む!」
低い唸り声のようなものを上げるグリズリー。
さすがに矢の一発で終わるはずがない。
先ほどの叫びも痛みからというよりは怒りに近いのだろう。その証に、グリズリー目はまっすぐヨシュアを捉えていた。ヨシュアも再び盾を体の正面に構えて警戒する。
アルルから声がかかるまで、ここは絶対に守り通さなければ────




