それぞれの立場
アルル達が翼竜に襲われる寸前、なんとか間に合って救い出すことに成功したヨシュアだったが、アルルはまだ「助けて欲しい」という。彼女の目は真剣そのもので、これには何か深い事情がありそうだ。
ヨシュアはアルルに訳を聞こうとするが、その前に、一緒にボートに乗るケイトが恐る恐るヨシュアに尋ねる。
「あ、あの、ヨシュアさん…… その右手…… !」
ケイトはヨシュアの無い右腕の袖をじっと見つめる。その表情は幽霊でも見たかのように青ざめていた。
どうやらケイトはヨシュアが自分たちを助けたことで腕を無くしたのかと勘違いしているみたいなので、ヨシュアは誤解を解こうとする。
「ああ。これね。もともとないんだ、右腕。五年ほど前にちょっとね」
ケイトはヨシュアの言葉に安心して胸をなでおろす。だが、ケイトの疑問はそれだけではない。
「よかった。私てっきり…… それにしても、ヨシュアさんは一体どこから?」
「<浮雲の旅団>のギルドホーム。鐘が鳴ったから何事かと思って受付に行って事情を聞いて、そしたらエルベール大陸近くの無人島だって聞いたから、とりあえず走ってきて。そしたら襲われている人たちが見えたから…… 」
「うそ……。だって緊急コールからそんなに時間たってないのに! ここまで走ってこれるはずがない!」
「そう言われても……」
「それにここは湖の真ん中よ? ボートも使わずにどうやってここまで来たっていうの?」
信じられないというケイトに対し、ヨシュアは左手でボート右側から少し離れたところに見える、水面から突き出た岩や世界樹の根っこを指さした。
「あれさ。…… ところどころ水面からとび出てる岩とか木の根を転々と跳んで渡ってきたんだ。もちろんワイヤーも使いながらね。ボートが岸辺の近くまで来てくれていたおかげでなんとかなったよ……と言っても、信じてもらえないだろうけど」
なかなか話を信じてくれないので困っていると、今度は隣りで話を聞いていたアルルが尋ねてきた。
「ヨシュアさんって、もしかして実は聖騎士だったりしませんか?」
「いや、さっきも言った通り、俺は<浮雲の旅団>のメンバーだよ。昨日入団したばかりのね。でも、片腕だけど、これでも聖騎士を目指しているんだ。傭兵団に入ったのは聖騎士を目指すにあたって経験を積むためだよ」
「…… 通りで。ここまで来るのが早いことも、湖の中をボート無しで来れた理由も、もう服が渇いているのだって全部魔法の力なんですよね? 恐らくですが使ったのは<身体強化>と<瞬間乾燥>なのでは?」
アルルの言葉にヨシュアは頷くと、アルルは嬉しそうな表情を浮かべる。
そして何かを確信したように一人で頷き、両手でヨシュアの左手を取って真剣な表情でヨシュアに願う。
「うん…… やっぱり今私たちを助けてくれるのはヨシュアさんしかいません! あらためてお願いです! どうか私たちに力を貸してください!!」
キラキラと光るそのまなざしに少し戸惑いながらも、とりあえず何をどうしてほしいのか尋ねると、アルルはこれまでの経緯を簡単に話し始めた。
少し落ち着いたからか、きちんと筋道を立てて話してくれたおかげで、ヨシュアにも現状がようやく理解できた。
どうやらアルル達の村に住む小さな女の子のために、あの無人島に生えている『シラツユグサ』という珍しい植物を取りに来たということらしい。見つけることまではできたが、手に入れる前に魔物に襲われ逃げてくるしかなかったそうだ。
アルルの話を聞いていたケイトは、ボートで逃げていた時のことを振り返る。
「…… それにしても、ホントあの空飛ぶ翼竜はしつこかったなー。ずっと追ってこられて…… どうしようかと思った」
「それは…… まず間違いなくその剣にべっとりついた血の匂いだろう」
ケイトの疑問にヨシュアが答えると、ケイトとアルルは目を丸くした。
ヨシュアはあの翼竜について知っていることを詳しく話し始める。
「あの翼竜は<追跡する翼竜>といって、ああ見えてとても臭いに敏感なんだ。あの翼竜に限らず、音や臭い、それから魔力の高まりに敏感な魔物は多いから気を付けないと」
ケイトはヨシュアの話を聞くと、慌てて手にしていた剣を湖の水につけて血を洗い流し始めた。といっても皆傷だらけで、服にもべっとりと返り血がついているから、剣だけ洗っても意味が無いのだが。
一方のアルルもヨシュアの言葉に、自分がなぜ杖を奪われたのか、その理由を理解し、ヨシュアの魔物に対する知識に驚いた。
アルルは魔法使いと言っても基本的には薬師を目指しているだけで戦うのは苦手だ。あくまでも自己防衛のために最低限の魔法は使えるし、才能もあるので魔法の威力だけはバカにできないものがあるが、戦闘に関しては素人に近い。
そもそもアルルに限らず魔法使いの多くは戦いを好まない。それよりも知識の探求であったり、己の魔法を人々の生活に役立てることを好む。実際彼女は薬師である。つまり『魔法使い=戦闘職』ではなく、もちろん『魔法使い=魔物に詳しい』も成り立たないのだ。
◆
アルルが経緯を説明してくれている間に、ハールが備え付けられていたオールで漕いでくれたおかげで、なんとかボートは無事に岸までたどり着くことができた。
「よし、それじゃあボートを貸してくれた人に代わりになる<魔法結晶>をもらいに行くとして、その<シラツユグサ>がが生育している場所と、その植物の特徴を教えてくれ」
「いえ、もちろん私も行きますよ。とても見分けがつかない植物ですし」
「いや、でも…… 」
「私はたしかに魔物には詳しくありませんが、薬師を目指しているのもあって植物には詳しいつもりです。私が行かなきゃダメなんです」
アルルの言葉を聞いても、ヨシュアとしてはできる限り危ない場所にアルルを連れていきたくはない。自分一人だと何とでもなるが、彼女を連れてとなるとヨシュア一人で守り切れる自信がないからだ。
だが、アルルの言葉に同調するようにハールがヨシュアに向かって言う。
「たしかに、実際に俺たちも<シラツユグサ>を見ましたが、あの植物はアルルさんがいないと見つけられないと思う。それに長い根っこの部分を土から掘り出して採取しないといけないらしいから、その……そればかりは片腕じゃどうしようもないと思います」
ハールの言葉にヨシュアは考え込む。
アルル達の力にはなりたいが、二人で島に向かうとなると話は変わってくる。
「けど、俺一人ならまだしも、アルルを連れてとなると、魔物の巣窟へは向かえない」
「そんなっ! これしか方法は無いんです!! お願いします、どうか…… !!」
「言いたいことも、焦る気持ちもわかる! …… けど、だからといって危険に合わせるわけには…… 」
「ティアちゃんを見殺しにするわけにはいかないんです!!」
「俺だってアルルを死なせるわけにはいかない!!」
ヨシュアの強い口調にアルルは一瞬たじろぐ。しかし、アルルにはティアを助けたいという強い想いがある。
「私はかまいません!! 一人なら大丈夫だというなら、最悪危なくなったらヨシュアさんだけでも逃げてください。それに、あの島に行く以上は絶対に危険がつきまといます。避けては通れないのだから、危険だからとやめる選択肢はありません!!」
「そういう問題じゃないだろう!? 確かにどんなに準備しても危険はつきまとうが、このまま行っても無駄死にしに行くようなものだ!! 俺は騎士を目指すものとして、アルルを俺と同じような目に合わせるわけにはいかないんだ!!」
ヨシュアは腕の無い垂れ下がった右の袖を掴みながらアルルに訴えかける。魔物の危険性をその身をもって知っているヨシュアだからこそ、アルルの無謀な行為を止めなければならない。
譲れない想いがある二人は平行線のままだ。
アルルは感情が高ぶったせいか目に涙を浮かべ、今にも泣きだしそうになっていた。
「わかりました。私一人で行きます」
くるりと背を向けるアルル。
その手をヨシュアは後ろから引く。
「待ってくれ!」
「嫌です。ヨシュアさんの言うことは正しいと思います。ですが、それでも私は行かなくては…… 」
「だから、もう少し落ち着いてくれ。他に誰か応援を呼ぼう!」
「私たちに…… ティアちゃんに一番足りないのは『時間』なんです。待つという選択肢はありえません。こうしている間にも…… 」
「そうかもしれないけど…… それでアルルが死んだら、誰がその子の病気を治せるというんだ!?」
ヨシュアの言葉にアルルは何も言い返せない。
ヨシュアもアルルの誰かを守りたいという気持ちはよくわかる。逆の立場だったなら同じように一人でも無人島へ向かっただろう。せめてヨシュアに両腕があったなら、盾で守りながら剣で魔物の数も減らすことができたなら、アルルの望み通り二人で島へ行くという選択肢も生まれたかもしれない……
ヨシュアは涙で震える小さな後ろ姿をじっと見たまま自分の無力さを痛感していた。
そんな時だった。誰かが近づいてくる気配がする。
気配に気が付き振り向いた先にいたのは、ここにいるはずの無い人物だった。
「まったく…… なに女の子泣かしてんのよ、ヨシュア!」
そこにはなぜかニアとライが立っていたのだった。




