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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
入団編
19/154

魔物の住む島


 アルルと傭兵のハールとケイトたち三人は、コルト諸島の一番近くの島の裏側に目当てとなる<マナ枯らし>があると睨み、ボートを停めて魔物が住む無人島へと足を踏み入れる。



 島の外側、ボートに乗っていた時に見た白いマナの木を目指し、不用意に魔物と会わないように慎重に進んでいくアルル達。三人の戦力で魔物と戦うのは非常に心もとない。張り詰めた緊張感の中、多少時間がかかったとしても、魔物の姿を見た時は迂回して進もうと決めていた。


 そうして何度か魔物の姿を見ては迂回しつつ、小走りで森を駆けていくと、ようやく目当ての白いマナの木を見つける。

 …… どうやら近くを見渡す限りは魔物の姿も無さそうだ。

 ここまでそれほど時間は経っていないはずだが、緊張のせいか疲労を感じずにはいられない。



「あった。白いマナの木。ということは、この近くに目当ての<マナ枯らし>が…… 。たしか鮮やかな緑の花をつけるんでしたよね?」



 ケイトが奥に見える白いマナの木を見ながらアルルに尋ねる。アルルはなぜか奥の枯れたマナの木の辺りでは無く、足元の辺りを探している。



「そう…… なんですけど、めったに花を見ることはないですね。シラツユグサはマナの木を枯らしてしまうほど栄養を溜め込むだけあって、花は魔力の塊なんです。だから、咲いたらすぐに魔物は花をまるごと食べてしまうのです。……まぁ、それがマナの木の天敵でありながらシラツユグサが増えない理由になるんですけど。でも探しているのは花が咲きそうなものでは無くて、もっと若い新芽のやつなんですよね……」



 そう言いながら低い姿勢できょろきょろと足元の辺りを見渡すアルル。

 狙うシラツユグサはまだ成長しきっていない小さな芽が出始めた頃のものだ。なぜなら、もうすぐ花が咲きそうなものは十分に成長した証で、すでに魔力を吸う力が弱っているからだ。だから、白いマナの木の下では無く、白いマナの木の近くの、緑のマナの木の下を探す必要がある。



「なにか特徴とかあります? せっかくなら俺たちも探したいなって……」



 ハールも一緒になって低い姿勢で辺りを見渡す。だが、草木に詳しくないハールにはどれが何だかわかっていない。



「ありがと。気持ちだけ受け取っておきます……けど……凄く見分けるのが難しいから、間違って芽をつぶしてしまわないようじっとして……辺りの警戒だけお願いしたい……です」



 アルルはもうすでに四つん這いに近い体勢になっていた。手のひらや黒いスカートに泥が付いても気にせず探し回っている。はじめからアルルの頭にはティアを助けることしか考えていなかった。

 そんなアルルの頼みに応えたい二人は全神経を研ぎ澄まして、アルルに危険が迫っていないか注意深く辺りの様子を伺う。



「…… あった!!」



 小さいながらも嬉しさを抑えきれない声がアルルから聞こえてきて、ハールとケイトはアルルの近くに急いで駆け寄る。



「この小さな芽がそうですか?」


「うわー、これは確かに教えられても俺たちじゃ探せない」


「ふふーん。やっと見つけたよーシラツユグサちゃん! …… これで八割方は依頼達成だけど、ここからも大変だから二人とも警戒お願いしますね」


「えっ、どういうことですか?」



 もう採取して終わりだと思っていたケイトが思わずアルルに尋ねる。



「このシラツユグサって、こーんな小さな芽をしている割には、とーっても根っこが長いんです。できる限り根っこをちぎらないように、最低でも二十センチぐらいは確保したいから、慎重に……掘り出さないと……ね……」



 アルルは質問に答えながらその場に杖を置き、手で優しく土をかいて根をあらわにしていく。




 ────しかしその時だった。


 茂みが揺れる音がして三人は身構える。



 数秒の沈黙……



 気のせいだったかと思い始めた次の瞬間、三人の前に現れたのは巨大な熊のような魔物だった。

 熊にしては腕から手の先、さらに爪まで異様に発達している。毛並みは黒いが、手から腕にかけては深緑に変色しているのが不気味さを一層感じさせる。

 初めて大型の魔物と向かい合ったハールとケイトは思わず足がすくんでしまった。アルルもさすがにこの状況はまずいと感じる。



(確か名前は<巨大な両腕の大熊ジャイアントアームグリズリー>……どうしよう。せっかくここまで来たのに…… 。あと少し…… 魔法でなんとか追い返せる…… かな?)



 普段なら絶対に相手にせず逃げることを選ぶ魔物。

 だが、ここでもたもたしていてはティアの命も危ない。ドミニクに告げた『昼頃までは大丈夫』という話はあくまで希望的観測に過ぎないのだから、一刻も早くこのシラツユグサを届けたい……



 アルルは杖を握ると立ち上がり、とりあえずゆっくりとシラツユグサから歩いて離れる。そして杖を真っすぐグリズリーに向ける。倒す気は無い。ちょっと大きめの炎で追い返そうと思っただけだった。


 けれどそれが判断の誤りだった。



 アルルが杖を向けた途端、なにか敵意を感じ取ったのかグリズリーはアルルに狙いを定めると、四つ足の低い姿勢から一直線に向かってきた!

 そしてアルルの目の前ですっと立ち上がると、歪で巨大な右手を大きく振りかぶる!



「危ない!!!」



 ハールの叫びに我に返ったアルルは咄嗟に逃げる!

 足がもつれながらも間一髪、地面に身を投げ出すようにして倒れ込みながら、なんとか鋭い爪から逃れるアルル。


 すぐさまハールとケイトが駆け寄ってきてアルルを担いで逃げることができた。

 だが、探し求めていたシラツユグサからは離れてしまった。



 シラツユグサは今、グリズリーの足元にある。なんとか踏まれずに無事なことを確認して、少しだけ安堵するアルル。

 だが、完全に怒らせてしまっているようで、毛を逆立たせ、大きな両腕をだらんと下げながらもまっすぐにこちらを見ている。明らかにこちらを警戒している動きだ。さすがに二人に囮になってもらうわけにもいかない……



「……逃げましょう。残念ですが、ここのシラツユグサは諦めて、別の島を探しましょう。ゆっくりと背を向けずに下がって…… 」



 苦渋の決断だった。

 しかし今のアルル達に目の前の魔物を倒すすべはない。


 二人は無言でアルルの言葉に従って少しずつ距離をとるように下がる。

グリズリーも必要以上に追う気は無いのか、こちらをじっと見たまま腕をだらっと下げて、その場で様子を伺っている。




しかし、こんな時に限って、不意に後ろから虫の羽音のような嫌な音が微かにした。




 同時に振り向くアルル達。

 三人が見たのは巨大な蜂のような虫だった。


 それは<忍び寄る蜂ハインドビー>という魔物で、巨大な虫でありながら驚くほど静かに飛び回り、そして背後から近づいて襲い掛かることで知られる魔物だ。



「うわ! 虫!? 蜂!?」



 ケイトはあまりの距離の近さに驚き、持っていた剣をデタラメに振り回す。ハールもつられるように慌てて剣を抜くが……



「ダメ、落ち着いて!」



 アルルが叫んだ時には遅かった。

 ケイトとハールの叫び声か、それとも剣を振り回すのに過剰に反応したのか、グリズリーが立ち上がりこちらに向かってくる。蜂たちもこの騒ぎに集まってきている。


 もはやゆっくりと立ち去れる状況じゃなくなっていた。アルルは杖を構えると、地面にラインを引くように杖を振って、蜂たちとハール達の間に<遮断する炎の壁ファイアウォール>を形成して引き離す。



「こっち! 走って!」



 <忍び寄る蜂ハインドビー>と<巨大な両腕の大熊ジャイアントアームグリズリー>に警戒しながら、なんとか魔物たちの囲みを振り切って森を抜けようとする。後ろを振り返るとグリズリーはもう追ってきてはいない。

 

 だが、炎の魔法は島の魔物たちの警戒を一気に強めた。あの場面では他に仕方がなかったとはいえ、蛇や食虫植物のような魔物からも襲われそうになる。まるで種族を超えて余所者を排除しよう強力しているかのようだった。


 三人は魔物を避けながらシラツユグサを探すのは不可能だと諦め、最短ルートで走ってボートを目指す。アルルも左手で長いワンピースの裾をたくし上げながら懸命に走る。


 ハール達が懸命に剣で道を切り開いてくれようとしている。

 二人の剣はもう魔物を斬りすぎて持ち手の部分まで血にまみれてるほどだ。


 そうして二人が必死になって道を作っても、あちこちから湧き出るようにして現れる森の魔物が行く手を立ち塞ぐ。そのたびに追ってきた後ろの魔物に追い付かれそうになったが、それもなんとかアルルが魔法で焼き払う……



「……きゃあ!!」


「アルルさん!! 大丈夫ですか!?」



 後ろを走るアルルは足がもつれて前のめりに倒れてしまう。ケイトがすぐに振り返りアルルのもとに駆け寄る。先を行くハールは魔物の相手をしてくれているが、早く立ち上がらないと……!!



「……はぁ……はぁ……ケイトさん、その手の剣を少し貸してくれませんか?」


「えっ?」


「…… 早く!」



 戸惑いながらもケイトはアルルに剣を渡す。するとアルルは右手の杖をその場に置き、代わりに右手に剣を握って立ち上がる。そしてなんと自らのワンピースのすそをびりびりと切り裂いた!



「ありがとうございます……これで走りやすくなりました……!」



 くるぶしより少し上ぐらいまであったワンピースの裾は、アルルの手によって膝上あたりまでバッサリとカットされた。明らかにいびつな形になってしまったが、この状況でそんなこと気にしてはいられない。


 ぽかんとした表情を浮かべるケイトに剣を返しながらお礼を述べると、アルルは杖を拾ってすぐさま前を向いて走り出す。長く鬱陶しいワンピースも膝上辺りまで切り裂いたおかげで随分と走りやすくなった。



 三人はひたすら走った。

 剣を振り回し、障害は炎で焼き尽くした。


 最短距離を走っているはずだが、魔物の襲撃が激しくて、来た時よりもずっと時間がかかっているような気がしてならない。すでに三人とも傷だらけた。それでも走って逃げてる最中に大型の魔物と出くわさなかっただけ、まだ幸運だった。



「はぁ、はぁ、この島はホントにもうダメ…… ! 早くボートに…… !」 



 なんとか命からがらボートにたどり着いた三人は、アルルが炎の魔法で応戦する間に、ハールとケイトの二人は隙を見てボートに乗り込むと<魔法結晶マナクリスタル>を挿して素早くボートを出発させる。アルルも遅れてボートに乗り込む。



 ────これで魔物も追ってこれないはず



 …… という認識が甘いことにすぐ気づかされた三人。



 今度は大きな翼を持った翼竜がぴったりとボートの後ろについて来ている。アルルもたまに島の上をゆったりと飛んでいるのを見る程度でよく知らない魔物だ。

 ボートの速度はなんとか翼竜よりも速いぐらいで、いつ何かの拍子に追い付かれても不思議ではない。アルルは迎撃しようと杖を構えるが……



 不意に音も無く急降下してきたもう一匹の翼竜。

 そいつがアルルの杖を奪い去って、そのまま上空へと飛んでいく!


 さらにアルルは杖を奪われた瞬間バランスを崩してボートから落ちそうになる。


 …… だが、これはなんとかケイトがアルルの危機に気がつき体を支える。

 助け起こされたアルルは茫然と杖を奪っていった翼竜を見送るしかできないでいた。



(そんな…… これじゃ隣の島に探しに行けない…… !)




 アルルはボートを運転するハールを見る。もうすでに肩で息をしていてかなり辛そうだ。ケイトの方も先ほどの戦いの最中に利き手である右の肩辺りを何かで負傷したのか、大きな切り傷によって血が滲んでいた。



「大丈夫ですか、ケイトさん!? 今、持ってきてる薬草を塗りますから!」


「大丈夫です! それより後ろ…… !」



 ボートを追う翼竜はいつのまにか三匹に増えていた。ケイトは剣を両手で握りしめたまま、恐怖で視線を逸らすことができずにいた。ケイトは後ろでボートを操縦するハールに叫ぶ。



「なんであいつらずっと追ってくるのよ。ハール! ねぇ、もっとスピード出せないの!?」


「やってるよ! けど、これ以上無理だよ!」



 ケイトもハールもパニックになっていた。頼みの綱のアルルも杖を奪われたんじゃどうしようもない。杖無しでもできる簡単な魔法では魔物を迎撃するのは不可能だ。



 その時、ボートを運転するハールが突然叫ぶ。



「そうだ! メンバーズカード! この時間なら!」



 ハールの言葉を理解できずにケイトは数秒固まっていたが、やがてその言葉の意味に気が付くと、ケイトは青いカードを取り出して、親指に魔法を集中する。

 アルルはこのカードを持ってはいないが存在は知っていた。


(あれは<浮雲の旅団>のメンバーズカード! そうか、もし誰か近くの人が<緊急コール>に答えてくれたなら……!!)


 あまりの魔物の連続に<緊急コール>の存在を忘れていた。だが、できれば遅くともグリズリーと蜂の両方に襲われた時点で気が付くべきだった。すでに三人とも戦えるだけの力は残っていない。後ろをぴったりとついてくる翼竜に追い付かれた時点でもう終わりだ。



(お願いします。誰でもいい…… 私たちに力を貸してください!)



 緊急コールはただただ呼び出すだけで、誰かを指名することもできなければ、本当に誰かが駆けつけてくれる保証もない。しかもこんな朝方の早い時間では望みも薄い。仮に呼びかけに応えてくれても間に合うかどうかは別問題だ。



 それでも何もできないアルルは、本当に誰でもいいからと、わらにもすがる思いで祈るように手を合わせた。


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