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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
入団編
18/154

魔法使いアルルの依頼


 ヨシュアが向かった緊急コールの出し手は、同じ傭兵ギルドに所属するハールとケイトという若い男女の二人組だった。二人の依頼人はアルル。三人ともマーセナルの隣町に住んでおり、アルルは魔法使いだ。



 アルルは金髪の長い髪に、黒を基調としたワンピースを身にまとい、黒い三角帽子をかぶっている魔法使いである。同時に薬師でもあり、普段は薬草を売って生計を立てている。

 いつも笑顔の絶えない彼女は、魔法使いとしても薬師としても非常に優秀で、街の人からいつも頼られていた。







 事の始まりはアルルに持ち寄られた依頼だった。

 まだ日も出ていない夜中の四時になろうかという頃、誰かがアルルの家の扉を何度も何度もたたく。アルルは眠い目をこすりながら何事かと扉を開けると、そこにいたのは同じ村に住むドミニクという中年の男性だった。少しふっくらとした体形の男性は、寝巻姿で髪もぼさぼさである。

 ドミニクは扉を開けるなりアルルにすがりついて、必死な声で助けを求め始めた。



「ああ! アルル!! お願いだ! すぐに家まで来てくれ!!」



 事情は分からないが薬師という仕事柄、アルルはすぐに、誰かが病気で苦しんでいるのだろうと察する。幸いドミニクの家はすぐ近くだ。混乱するドミニクに事情を聴くより直接確かめた方が早い。

 アルルは眠っていた時の恰好そのままに、玄関に置いてあった大きな魔法の杖だけ掴んで、ドミニクに引きずられるようにして家に向かう。



 連れられてきたアルルが見たのは、ドミニクの娘であるティアが苦しんでいる姿だった。体中から汗が吹き出し、手や足には緑色の斑点が無数に確認できる。顔を真っ赤にして苦しそうに息をするまだ幼いティアの小さな手を、母親のタニスがぎゅっと握りしめている。

 タニスはアルルが家に駆けつけると、今にも泣きだしそうな顔でアルルに娘を助けて欲しいと懇願する。



「分かりました。やれるだけのことはやります。とりあえずタニスさんは綺麗な飲み水とありったけの氷を用意してください!」



 アルルはタニスに指示を出す。ドミニクがアルルに、娘にいったい何が起きているのか説明してほしいとお願いする。



「ティアちゃんは恐らくですが、体の中に魔力を溜め込み過ぎたんだと思います。…… あの、昨日の夕食にでも、何かエルベール大陸付近でとれた肉や魚や木の実を食べませんでしたか?」



 アルルがドミニクに問いかけると、ドミニクはハッとした表情を浮かべる。思い当たる節があるようだ。



「実は昨日、知り合いの冒険家に久々にあって、エルベール大陸からのお土産だっていう珍しい山菜と魚をくれたんで、魚は刺身にして、山菜はご飯に混ぜて……」


「きっとそれですね。特に小さい子にあの付近でとれた生のままの魚の刺身は正直まずいんですよ……」


「でも、それだけで、毒でもないのにあんな風になっちまうのか!?」



 ドミニクがアルルの両肩を揺さぶる。焦る気持ちは分かるがそれだけで解決することでは無い。

 アルルはドミニクを落ち着かせようとする。



「落ち着いて下さい。まだ、死ぬとは決まってません。……いいですか? この病気は大陸近くの非常に魔力を多く含んだ食材を食べた時に発症するものなんです。特に小さな子供に多くて、多くの魔力を直接取り込んでしまうことによって体の魔力の調節が効かなくなり、今みたいに高熱が出ます。体は汗をかくことで水分と共に体外に魔力を出そうとするのですが、残念ながらその方法では助かりません」


「じゃあ、どうすればいいんだ!? 原因はいいからティアを助けてくれよ、先生!!」


「────ティアちゃんを助けるには<マナ枯らし>とよばれる鮮やかな緑色の花をつける植物が必要です。エルベール大陸やコルト諸島になら生育しているかもしれない植物なんですけど…… ティアちゃんの体力を考えると遅くても半日以内には手当をしないと…… 」



 アルルの話を聞いてドミニクがうなだれる。後ろで話を聞いていたタニスも水と氷を抱えたまま立ち尽くしていた。



「…… あと半日以内にその<マナ枯らし>って草を探しにエルベールやコルトの島々まで取りに行け……ってことか?」



 ドミニクの言葉にアルルは黙って頷くしかなかった。



 そもそも<マナ枯らし>とは正式名を<シラツユグサ>といって、マナの木の近くにごく稀に生息する緑の花で、その花の根はマナの木から直接『マナ=魔力』を吸い取って枯らしてしまうことから<マナ枯らし>という別名で呼ばれている。

 この特性を活かし、飲み薬としてではなく、ティアの手に直接根を張り巡らせることでシラツユグサに体の魔力を直接吸い取らせるというのが、唯一残された手段だった。


 マナ枯らしの生態はよくわかっていない。

 …… とはいえ、この近くには生息していないことだけは確かだ。


 シラツユグサの繁殖力は意外なほど弱く、それでいてマナの木を枯らしてしまうため栽培はされていない。加えて保存がきかないためアルルの店ですら取り扱っていない。しかもまだ成長しきっていない若いシラツユグサを探すのは素人には不可能に近い……



「私が今から<マナ枯らし>を取りに行きます」


「な、それはさすがに無茶が過ぎるだろう!? しかもこんな夜中に…… 」


「他に方法が無いんです!! …… 大丈夫、こんな時間でも誰かきっと優しい人が手伝ってくれるはず。準備してすぐに行って帰ってきますから、その間ティアちゃんをお願いします。どんどん汗かくと思うので、脱水症状にならないようお水をちゃんと飲ませてあげてください。氷は体を冷やすのに使って下さいね」



 アルルはそういってドミニクとタニスに心配させないようにあえて笑って見せる。その優しい気づかいにタニスは思わず涙を流す。



「アルルちゃん…… どうかお願いします……!!」


「…… アルルが準備している間に、傭兵やってる知り合いの若いのに声かけてみる」


「お願いします、ドミニクさん!」




 アルルは家に帰ると大急ぎで支度をする。


 いつものお気に入りの黒の長いワンピースを身にまとい、それから黒い三角帽子をかぶる。

 キッチンからシラツユグサを保存する少し大きめの空き瓶を取り出して綺麗な水を入れ、小さな鞄に詰める。

 アルルはマナの木を削って作られた大きな杖を握りしめる。先端には深緑の<魔法結晶マナクリスタル>が照明に照らされて淡い光を放っている。


 

(きっとあの島では少なからず魔物と戦うことになる……)



 アルルは魔法使いだが、戦闘経験はほとんどない。むしろ戦いを生業にする魔法使いは少数派だ。アルルが目指しているのはあくまで薬師だから、何も戦闘経験が無いのはおかしなことでは無いのだ。


 …… けれど、今回ばかりは戦いに巻き込まれることも覚悟しなければならない。そうなったときにアルルが頼れるのはこの魔法の杖だけだった。




 そうして準備を終えて、すぐにドミニクを手伝ってハールとケイトの二人の傭兵と、あと馬車の運転手を何とか説得して街を出たのが朝の五時過ぎだった。


 傭兵として来てくれることになったハールは痩せた二十歳の青年で、茶色いくせ毛が特徴的な剣士だ。ケイトは広いおでことそばかすがチャーミングな十九歳の女の子で同じく剣士。勝気な性格でハールをいつも引っ張っている。

 二人は幼馴染で、ちょうど半年前に一緒に<浮雲の旅団>に入団するほど仲がいい。




 馬車に乗り込んで約一時間足らず。ようやくコルト諸島が見える湖の浜辺までやってきた。

 無理を言って馬車の運転手を待たせ、近くに住む人に頼んでボートを借りることを試みる。早朝に押し掛けたとあってかなり嫌そうな顔をされたが、事情を話して何とかボートを借りることに成功した。



「危ないとこに行くんだろ? 運転は自分たちでやるのなら、仕方なく貸してやってもいいが、ボートを壊したら弁償してもらうからな」


「もちろんです! ありがとうございます!!」




 三人はさっそく用意してもらったボートに乗り込む。ボートと一緒に所有者から借りた<魔法結晶マナクリスタル>と呼ばれる、六角柱の小さな緑色の動力源をボートに挿し込むと、スクリューは回転をはじめ音を立てて進みだす。


 ちなみにマジックワイヤーにも使われている<魔法結晶マナクリスタル>とは、様々な物の動力源となる魔力を溜め込むことができる代物だ。それだけでなく術式によって様々な効果を追加することができ、このボートに使う<魔法結晶マナクリスタル>には鍵の役目も果たす。<魔法結晶マナクリスタル>はこの世界特有の加工品なのだ。




 ボートで進むことおよそ三十分。ようやく三人はコルト諸島の近くまで来ていた。

 ゆったりと宙を飛び交う魔物を刺激しないようできる限り静かに移動するために、ここからはスクリューを止めてオールを漕いで島の周りを移動する。

 アルルたちはボートで島の周りを移動しながら、まずは枯れて白くなったマナの木を探す。周りが緑豊かで元気いっぱいなマナの木に囲まれるなか、一本だけ白く枯れていたならば、その原因は<マナ枯らし>が近くにあると考えられるからだ。



 コルト諸島の島は全部で五つ。できれば一番近い島から探したい。

 単純に距離が近いというのもあるが、エルベール大陸に近づくほど魔物の危険度も増す。急増の三人チームで対処できることなんて限られているし、なによりハールとケイトは、実を言うと魔物との戦闘経験が無いのだ。これはまだ駆け出しの二人が<浮雲の旅団>が定める免許のランクレベルを満たしていないからなのだが、あの街にいて、夜中の短い期間で準備して一緒に来てくれる傭兵が二人しかいなかったのだから仕方がない。



 そうして一つ目の島の裏側に回った時に見つけた白く枯れたマナの木。もしかしたらあの近くに探し求めた<マナ枯らし>があるかもしれない。

 三人はボートを近くの岸辺につけ、魔物が巣食う無人島へと足を踏み入れるのだった。



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