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片腕の盾使い、騎士を志す  作者: ニシノヤショーゴ
入団編
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早朝の緊急コール


 マーセナルに来ての最初の夜は、三人での楽しい食事となった。



 初めて食べるエビチリはまさに衝撃的だった。

 食欲をそそる赤い色、そして香り。ピリ辛の味は非常に癖になる。プリプリの食感もたまらない。ここ最近でおそらく一番衝撃を受けた出来事だろう。

 それに店員がおススメしてくれた海鮮串揚げもかなり美味い。特に海老とホタテは絶品だ。

 向かいに座るニアも熱々のから揚げを頬張り満足そうな表情を浮かべている。




 食事を終えて予定していた宿に向かうヨシュア。

 遅い時間だったが、幸いまだ空室があってよかった。この宿は、受付にて先ほどギルドでもらったメンバーズカードを見せると、少し宿泊料金を割引してくれるのが嬉しいポイントだ。

 受付を済ませると、受付嬢がヨシュア宛に荷物が届いていることを教えてくれた。


(お、馬車のおじさんに預けてた荷物だ。ホントに届けてくれたんだな。昼間に海賊行為を見てから少しだけ心配だったけど、ちゃんと届いてよかった)


 受付にて荷物を受け取り、さっそく自分の部屋に向かう。

 部屋の中を覗くとそこには、白を基調とした壁紙に一人用のベットと、それからちょっとした物書きができる程度に広さのある机と椅子がある。シャワーが使えるのも地味にありがたい。

 決して広くはないが一人で暮らすには十分だろう。基本的に外に出て行動することが多くなるだろうから、勉強したり落ち着いて本を読むスペースがあるだけで満足なのだ。



 その日は荷物を整理して早めに眠ることにした。



 翌朝、いつものように早く目が覚める。しばらく見慣れない天井をぼんやりと眺めて、それから窓の外の景色を見る。空はうっすらと日が差す程度でまだまだ暗い。昨日は夕食が早かったこともあって少しお腹がすいているが、部屋には何も無いし、この時間は店も開いてはいないだろう。



(とりあえず、いつもみたいに走りに行こうかな。街の散策もかねて)



 さっそく着替えに取り掛かるヨシュア。薄手のシャツを頭から被り、上から深碧しんぺき色の厚手の上着を身につける。さらに上から胸当てと肩当など局所を守る防具を取り付ける。

 上着の長い袖は両側とも肘の辺りで折り曲げる。ヨシュアは片腕だが、衣服に仕込まれた術式に魔力を込めるだけで、くるくると独りでに袖がまくれていく。これなら片腕のヨシュアでも袖まくりは簡単だ。


 いつ何があっても良いようにと左腕には盾と、手首にはマジックワイヤーを装備する。これも術式に魔法を込めるだけで勝手に腕に巻き付く。


(術式が無い世界では一人旅など到底できなかっただろうな…… )


 ベージュ色のズボンに、腰には太めのベルトと小さめの鞄を。鞄には財布やメンバーズカード、あると便利な短剣、それに非常食用の干し肉と木の実をいくつか常備してある。



「────これで良し」



 前面に脛当すねあての付いた長めのブーツを履き、すっと立ち上がるヨシュア。ただ走るにしては明らかに重装備だが、戦闘時の服装に慣れておくのも大切なこと。それに、防具はマナの木を加工してできたもので、見た目よりはずっと軽い。


 ちなみに、外の世界には甲冑だの鎧だの、全身を覆うような重たい防具もあるそうだ。けどこの世界には存在しない。というより、魔法の世界において、対物理衝撃のみを極めた全身フルプレート装備はただの的になってしまうのだ。




 誰もいない受付を通り過ぎ外に出たヨシュア。朝の心地よい風が出迎えてくれる。気候はレントの村より少し暖かいだろうか。

 特に行くあても無いので、とりあえず街の中心地に向かって走り出してみることにした。


 さすがにこの時間に出歩いている人の姿は少なかった。朝の街を散歩する老夫婦とすれ違い、早くも開店の準備をするパン屋を横目に走っていると、街を南北に横切る大きな川が見えてきた。おそらくこの街を流れる有名な川で、確か名前はウルプス川と言ったか……



 ヨシュアの視界の先には川を渡るための大きな橋が見えたが、せっかくなので河川敷に降りてみる。砂利と緑の草が入り混じった河川敷にはマナの木が等間隔で植えられている。川の水も綺麗でいい眺めだ。


 辺りを見渡すと、少し遠くの方の河川敷のベンチで、本を読んでいる女の子が見える。見覚えのある、丸い眼鏡をかけた女の子。たぶんだけど昨日の酒屋で店員をしていた、同い年ぐらいの女の子だ。

 こんなに朝早くから河川敷で本を読む人も珍しい気がするが、確かに静かで景色もいいこの場所は読書に最適ともいえる。

 ヨシュアは声をかけようかと迷った。けれど、昨日少し話しただけの人間がせっかくの朝の読書の時間を邪魔しては悪い気がしてやめた。




 それから三十分ほど走って、酒場兼・傭兵ギルド<浮雲の旅団>がある大きな建物の前を通ったのが朝の七時ごろだった。

 ちょうど開店したところのようなので中に入ってみると、昨日あれほどにぎやかだった酒場には誰もおらず静まり返っている。だが右奥に見える厨房には人がいるので店はオープンしているようだ。

 左を見るとギルドの受付嬢の姿が見える。昨日話を聞かせてくれたジルもいた。ヨシュアに気が付いたジルが元気に挨拶をくれたので、受付に立ち寄ってみる。



「おはようございます、ジルさん。ここも朝は静かなんですね」


「そうですね。傭兵の方々に限らず、この街の人はお酒を飲むのが好きな人が多いので、朝はみんなゆったりと過ごす人が多いんです」


「たしかに、朝の街を散策してみたけど、あまり人を見かけませんでしたね。あっ、でも昨日酒場で働いていた同じ歳ぐらいの女の子は河川敷で見ました。あの小柄で丸い眼鏡をかけた黒髪の……」


「ああ、きっとマトちゃんのことだと思います。黒髪ショートで内巻き髪の女の子のことですよね? 晴れた日の朝はよく本を読んだり絵を描いたりしているって、本人から聞いたことがあります」



 はじめて名前を知るヨシュア。

 いや、知ったからと言ってどうということも無いのだけど……



「それにしても、本当に人が少ないですね。てっきり朝一番に依頼を受けに来る人もいるかと思ったのですが…… 」


「そうですね。そういう人もいますけど、朝一に依頼を受ける人はたいてい昨日受付を済ましてますので、朝起きたらそのまま現地で依頼をこなしている方が多いと思います」


「なるほど、それはそうか。…… そういえば、向こうの厨房には人がいましたけど、店はオープンしてるんですか?」


「はい、もちろんですよ。昨日の夕方とは違って朝専用のメニューもあるので、よかったらぜひ食べていってください。特に『ポテトサラダ』が絶品なんです!」



 随分前からお腹もすいていたので、ヨシュアはここで朝食を食べていくことにした。

 先ほどおススメしてもらったポテトサラダと、それから卵サンドにソーセージ盛り合わせ、あと砂糖とミルク多めの温かいコーヒーを注文する。

 朝から少し贅沢に感じたが、その分しっかり働けばいい、ということにした。







 静かな店内でゆったりとコーヒーを飲みながら呑気に時間を過ごす。

 事件が起きたのはそんな時だった。

 後ろの方でなにか鐘のようなものが、大きな音を立ててけたたましく鳴り始める。


 何事かと思い振り向いたヨシュアの目が、受付嬢が立つ後ろの壁に取り付けられた大きな地図に灯る赤いマークを捉える。


(確かあの赤いマークは『緊急コール』だ!!)


 ヨシュアは確認するために急いで受付に駆け寄る。



「ジルさん! この音は!?」


「あっ、ヨシュアさん! これは昨日説明した緊急コールの音なんです。施設外からの緊急コールには音が鳴る仕組みなんですけど」



 どうやら音を出しているのは地図の上に取り付けられた鐘によるものらしい。

 いや、そんなことよりも今は緊急コールが発信された場所だ。ヨシュアは地図を見上げ赤いマークの位置を確認する。



「ここは、島?」


「そうです。世界地図には名もなき島として登録されている小さな無人島で、地元の人はコルト諸島と呼んでいる島の一つです」



 地図が指し示す位置は、世界樹があるエルベール大陸と、ここマーセナルの間の湖に浮かぶ小さな島の1つからだった。

 エルベール大陸に近いということにヨシュアは嫌な予感を感じる。



「もしかして……その島には魔物もいるんですか?」


「……その通りです」


「分かりました。今から向かいます!」



 事情をきいたヨシュアが店を出ようとする。そんなヨシュアをジルは慌てて呼び止める。



「待って下さい! あの島はエルベール大陸から距離があるとはいえ、危険な魔物もいるんです! 他に誰か待って……」


「こんな朝早く、他に誰もいませんよ? 確かに登録したての『片腕』を信じろという方が無理な話かもしれませんけど……」


「片腕だからとかは関係ありません! ……それにここからは遠すぎます! どんなに走ったって一時間は……」


「それなら急げば二十分ですね。頑張って間に合わせます! では!!!」



 後ろでまだヨシュアのことを制止しようとするジル。

 心配してくれる気持ちは有難いが、聖騎士を志す以上、助けを求める声にはどこからでも駆けつけなければならない。ヨシュアは店を出て急ぎコルト諸島へと向かう。





 まだ早朝の人通りの少ないマーセナルの街を、人々にぶつからないようヨシュアは細心の注意を払いながら全速力で駆け抜ける。誰もがその姿に驚き道を開ける。

 すれ違った人の中には振り向いてヨシュアのことを指さすものや、「危ない!」と怒鳴る者も当然いたが、ヨシュアは気にも留めず走り抜ける。


 長い長い下り坂を駆け抜けながら、遠くにうっすらと見え始めたコルト諸島まで、今は後先考えずに全力を尽くすだけだった。


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